トップ>オピニオン>本格化する自由化に向けての航空再建の課題とは
塩見 英治 【略歴】
塩見 英治/中央大学経済学部教授
専門分野 交通経済学 公共経済学 物的流通・ロジスティクス
日本航空の再生計画案の最終的な決定は、まだついていない。経営破綻した日本航空には、従来の会社更正手続きではなく、我が国で初めての事前調整(プレパッケージ)型早期再生手続きが適用される経過を辿った。これについては、抜本的な再生につながらないとの意見はあるが、速やかな代替対応ができないだけに、公共サービスの維持、運航等の継続性の観点からは、やむをえない手続きであったと判断される。日本航空が会社更正法適用を東京地裁に申請し、企業再生支援機構の支援が決定されて、既に、3ヶ月を経過している。当初、再生計画案は、6月に裁判所へ提出することになっていた。だが、日本航空と管財人の企業再生支援機構が、経営規模の縮小と組織改革をとりまとめた再建案に対し、取引銀行団や国交省はそれを上回るリストラを主張、関係者の駆け引きが続いている。さらに、経営収支の好転につながらない不安定な事業構造が残されている現状から、提出は、2ヶ月間延長される事態になっている。
こうした状況をとらえ、今回の日本航空の破綻の原因を整理し、あるべき再建策のポイントと方向性、迫りくるアジアの航空自由化促進の市場環境の中での課題について、検討してみたい。
今回の日本航空の破綻の要因については経営組織上の複合的な要因が絡むが、(1)ボラティリティ(変動性)が高く収益性が不安定な国際線に全体の路線の多くを依存していたこと、(2)これを凌ぐことができない生産性改善と組織構造改革の制約、(3)市場競争環境にマッチしないビジネスモデルの残存と企業体質、の3点につきるように思われる。近年の国際航空市場は、中・短期的にみると、リスク要因に大きく左右されている。SARS、同時多発テロの際には、世界の大手の国際航空企業は例外なく大きな減益を被った。今回のリーマンショックを契機とする世界金融危機も、減益を拡大する影響を与えた。航空サービスは、在庫による生産調整がきかない即時財であるため、この面でストレートな影響をうける。これに、競争戦略の手段ともいえるネットワーク展開のための固定費の過重な負担が重なる。国際市場での勝ち残りのためには、こうしたリスクに対抗しうる戦略性、企業構造を備えていなければならない。もとより、日本航空には、こうした企業構造と企業組織は備わっておらず、生産性水準も劣っていたといえる。
日本航空は、1987年に民営化されたが、それ以降、民間企業としてのガバナンスが完結できず、意思決定も分散的であったといえる。内向きの組織対応のために、市場対応が遅れ、負の連鎖が生じた。収益向上につながる投資の集中ができず、不採算部分の見極めと整理が回避された。この象徴は、多くのコスト要素が連動する航空機の機材更新の遅れなどに示される。これによって、トラブルが多発し、コストの加重負担とサービス水準が低下し、最終的に、収益の一層の低下が結果的にもたらされたといえる。
総額約1兆円にもなる公的支援等がある以上、適正規模による収益性を見極め、路線別での採算性を確保することが求められる。生産性の向上が鍵であり、このためには、具体的な数値目標を設定し、現場を含め全社的にその可視的な情報を共有できる環境が必要となるが、現状では充分にできていない。日本の大手航空会社の運航にかかる単位コスト水準は、アジアの大手航空会社と比較して、約1.5倍、LCC(低コスト企業)の代表格のエア・アジアの約5倍と極めて高いことが指摘される。アジア域内でのオープンスカイ交渉の推進といった高まりつつある航空自由化環境のなかで、その格差を極力、縮小することが課題といえる。企業構造については、経営環境の急激な変化に対処できる柔軟性を備えることがなによりも必要となる。運航計画では、先行のデータが乏しいなかで、機材のダウンサイシングに対応した旅客収入を最適化するシステム管理や最適機材を配置する管理について実効性のある実施に努めねばならない。厳しい経営環境にある国際線運営について、将来的に全日空との統合が妥当との見方があるが、競争効果の維持の観点から本邦航空企業による国際線の複占、2社の体制は維持すべきと筆者は考える。まして、この方向での公的な介入は、80年代半ばの国際線の複数社化への転換の経過と競争秩序維持の観点を踏まえると、論外であり回避すべきである。
政策面では、空港制度の改革が肝要となる。着陸料などの空港使用料、航空燃料税を含む公租公課の水準が高く、これらは競争力を阻害する要因になっている。空港使用料については、これから一般化する機材のダウンサイシングに適合する弾力的な料金体系への変更実施が求められる。航空燃料税については、主たる目的が空港整備にある以上、ネットワークが出来上がった現状では、見直す必要があろう。さらに、これらの使用料は最終的に利用者の運賃に転嫁されるのであるが、現状では、利用者にとってはどの程度、空港使用料の負担になっているのか確かめることが出来ない。受益と負担の一致をはかり、この関係の透明性を高める料金制度の工夫が必要と考える。この関連では、空港施設使用料等の導入促進が一考される。なによりも、空港の全体の運営・財源システムについては、特別会計にあたる「空港整備勘定」のもとでプール制によって維持されており、この下で空港運営のガバナンスの低さと非効率といった問題が生じている。
わが国では、成田空港、中部国際空港、関西国際空港の3空港を除き、「空港整備勘定」の下にある全国の空港は、空港本体・空港ターミナルビル・駐車場それぞれが別々に分離運営されているのを特徴としている。これらの施設の一体的運営は、諸外国では一般的である。分離運営は、これらの施設がもつ外部効果と範囲の経済性を考えると非合理ともいえる。全国レベルでのこれらの施設運営の一体的な空港別収支については、昨年、筆者が委員長をつとめる航空政策研究会特別プロジェクトで推計を行い、その結果を記者会見、シンポジウム、報告書を通して公表した。それ以前には、全国レベルでの施設運営の三位一体による空港別収支の推計と報告はなされていなかった。今後とも、この点での精査を進め、このうえで、空港を年間利用者数による規模や採算性などをベンチマークとして種別し、民営化、民活方式を含む運営形態への転換などの施策を講じる必要がある。生活路線、公共的な性格をもつ空港の場合には、別途、公的支援等による施策が求められる。これらの空港との線引きを見極めたうえで、利用率と採算性が著しく低い空港の場合には、廃港・清算も視野に入れなければならない。空港の制度と運営形態の改革も抜本的に、かつスピーディに行わないと、日本の航空会社は、世界の航空自由化の波のなかで取り残され、競争力をさらに失うことになる。