5月上旬の世界の株式・為替市場は、ギリシャのソブリンリスク問題で大きく動揺した。ソブリンリスクとは、歳出の中で最も優先して支払われねばならない国債の利子と元本が、約束通りに行われなくなるという危険のことである。
日本は、国債の9割余が国内の投資家に保有されているので、国債の約4分の3を外国の投資家に保有されているギリシャのような事態にならないのではないか、と見られているようだ。しかし、国と地方を合わせた政府債務残高を経済規模(GDP)との対比で見ると、OECDの推計では、日本は197%(2010年末)で、ギリシャの123%(同)を大きく上回っている。また、日本の政府債務は、家計の金融純資産(負債を除いた資産残高)のすでに91%(2008年末)にも達しており、ギリシャの問題を対岸の火事として、楽観できる状態にはない。
2010年度予算では、明治維新期、第二次世界大戦直後というきわめて特異な年と同様に、新規国債の発行額(44.3兆円)が税収(37.4兆円)を上回っている。しかし、これよりも深刻な構造変化が1998年度に生じていた。国債残高が増大し、国債の満期が到来しても償還する現金がないので、借換債の発行が巨額になった。このため、新規国債に借換国債の発行を加えた毎年度の国債発行総額が、1998年度以降税収を大きく上回っている。2010年度の借換債は102.6兆円にも達する。
この状況の下では、財政は金利上昇に極めて脆弱である。たとえ景気が回復し税収が増えても、それに伴って金利が上昇すれば利払費が増加し、かえって新規国債の発行が増大することになりかねない。言い換えると、日本経済はデフレが続くと多くの国民や世界の投資家が予想しているので、金利が上がらず、財政危機に遭遇しないですんできた。実際、国債残高は1998年度末295兆円から、2010年度末637兆円へと著しく増大するにもかかわらず、利払費は10.8兆円から9.8兆円へと減少が見込まれている。
ここまで日本財政が悪化するまでに、政府は何度も財政健全化計画を策定してきた。たとえば、1997年12月には『財政構造改革法』が公布された。それは、2003年度までに国と地方の財政赤字をGDP比3%以下にするために、大括りに分類された歳出分野ごとに上限を設けていた。また、2006年7月には2011年度に国と地方のプライマリー収支黒字を実現するための『骨太2006』が閣議決定された。なお、プライマリー収支とは、国債、地方債を除く歳入から、政府債務の元利償還金を除いた歳出を差し引いて計算される値(2010年度33.5兆円の赤字見込み)で、その黒字化は財政健全化の第一歩を意味する。
これまでの財政健全化計画では、必要な歳出削減と増税の規模を小さく見せるためであろうが、楽観的な経済見通しを前提にしてきた。本2010年度の名目GDPは、『骨太2006』策定時には579兆円と予想されたが、それは現在の見通しに比べ20%以上も過大推計であった。また、金利を成長率よりも低く設定して、利払費を小さく見せ、税収を多く見込み、新規国債の発行を少なく見せようとしてきた。政治家も国民も、見たいものしか見えなくなっているのかもしれない。
日本の財政健全化計画は、2009年6月の「基本方針2009」が最後で、政権交代後はまだ策定されていない。そこで、政府は6月までに、財政健全化の数値目標を織り込んだ向こう10年程度の財政運営戦略と、それを前提とする向う3年間の歳出入の大枠を定める中期財政フレームを策定する方針である。
その際、まず、第1に、過去の経験を踏まえプルーデントな経済見通しを前提にしなければならない。国家戦略局の検討会の論点整理にも、「正直を第一として慎重な経済見通しを前提に」と記されている。第2に、財政健全化の一里塚である国・地方を合わせたプライマリー収支黒字を実現する目標年度を明記する必要がある。それは、団塊の世代が特定年齢に達して歳出が急拡大をはじめる時期(2012年、2022年)までとすることが必要である。第3に、来年度からの3ヵ年の国・地方の歳出入の大枠が「中期財政フレーム」として策定されるが、歳出入の分類が網羅かつ背反的になされ、これにそって概算要求や予算編成が行われるなど、ある程度の拘束力を備えることが望ましい。