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松橋 透

松橋 透 【略歴

社会・経済危機の根底にあるもの

-「資本と労働との体制的過剰傾向」にどう対処するか-

松橋 透/中央大学商学部教授
専門分野 経済学・景気変動

日本の社会・経済は依然として危機的状況の中にある

 一昨年のいわゆるリーマン・ショック後、世界経済は大収縮に陥り、日本の実質GDP成長率も2008年10-12月期と翌2009年1-3月期にマイナス12%台の戦後最大の落ち込みを記録した。現在、四半期ごとの成長率はプラスで推移しているとはいえ、依然として危機的状況にあることに変わりはない。危機の諸側面を具体的に列挙してみよう。

 まず若者の雇用問題。今春の大卒者の就職内定率は80%(高卒は81.1%)で、これは就職氷河期といわれた2000年の値よりも低く、しかも来年度の求人状況はもっと悪化するという予測が立てられている。次に税収の大幅な落ち込みと社会保障費の増大によって財政赤字はかつてないほど膨らみ、年金・医療の現行制度の存続が危ぶまれている。また少子高齢化の進展に一層拍車がかかり、格差と貧困は固定化しつつある。さらにトヨタ車のリコール問題に象徴されるように、産業の国際競争力衰退の兆しも顕著である。

危機打開の鍵は国民福祉の増大か企業活力の強化か

 こうした危機的状況の中で、日本国民は昨年、戦前・戦後を通じて初めて選挙による政権交代を実現させた。政権与党となった民主党が掲げたのは、子ども手当の支給、高校授業料の無償化、農家の戸別所得補償、最低賃金の引き上げ、労働者派遣の規制再強化、CO2排出量の大幅削減など、国民福祉を増大させ地球環境を守ろうとする路線であった。

 しかしこれに対しては、こうした政策は企業負担を増大させ、企業の国際競争力を弱めると同時に生産の海外移転を促進するので、結局、日本国内の雇用と所得を減少させるものであるとしてこれに反対し、経済成長を促すためには、企業を優遇する「『太陽政策』が必要ではないか」という提言がなされている。すなわち派遣労働の禁止や最低賃金引き上げは先送りし、今は逆に法人税率を引き下げることによって、外国企業を誘致しやすい環境を整え、同時に企業により多くの余裕資金を持たせてその活力を強化する必要があるというのである(2009年12月7日、日本経済新聞朝刊、「日本に成長を(1)」)。要するに、企業が潤えば、そのおこぼれに与って国民全体も潤うという論理である。

 しかしこの主張は、2002年から07年にかけてのいわゆる「実感なき景気回復過程」において、一部上場企業の多くが史上最高益を更新し続けていく一方で、勤労者所得と個人消費はむしろ減少し、その内需の低迷がその後の歯止めのない経済収縮の一要因になったという事実を全く顧慮しておらず、また反省もしていないという点において、厚顔無恥な提言と言わざるをえない。企業体質はその時と何も変わっていないのだから、「おこぼれ滴下trickle-down」はまずおこらないとみていい。

 また政権与党の主張には一理あるものの、そもそも今回の社会・経済危機を招いた根本的な要因がどこにあるのかを明確に示していない点で政策論として説得力に欠ける。

 危機を根本的に克服するためには、危機の根底的要因を知らなければならないのである。

危機の根底的要因は何か

 少数巨大企業が市場支配力を握るようになった資本主義の独占段階では、巨大産業企業は、独占価格を維持するためやアウトサイダーの参入を阻止するために、「意図した」過剰能力を保有し、また市場の突然の拡大に即応するために余裕能力を保有することが常態化する。そしてそれは市場の収縮に伴う「意図せざる」過剰能力の発生と相俟って、構造的に定着した過剰能力を形成し、現実資本は過剰化する傾向にある。またこれに対応的して、大量の相対的過剰人口(失業者と不規則就労者)が社会の底辺に滞留し続けることになる。また少数巨大企業のもとに集積する大量の利潤は、投資誘因の全般的弱化によって投資部面を見出しえず遊休して過多となり、過剰な貨幣資本を形成する。

 独占段階に特有のこの事態を、「資本と労働との体制的過剰傾向」というが、この停滞化傾向が現代資本主義の基調をなしており、これが危機の根底的要因なのである。

危機発現のメカニズム

 2008年に勃発した世界経済危機は、次のようなメカニズムを通じて醸成され、そして爆発した。まず危機勃発の前段において、「資本と労働との体制的過剰傾向」のもとで形成された過剰な貨幣資本(「マネー」と呼ばれる)は、1980年代以降急激に進展した金融の自由化と国際化のもとで独自の運動を展開した。第1に、それはハイリスク・ハイリターンな金融投機を次々に生み出し、世界的規模での金融破綻連鎖の危険性を高めた。

 第2に、(サブプライムローンに象徴される)「マネー」の投資対象として生み出された様々な金融商品は、「(実質的な支払い能力の裏付けがないという意味で)架空の消費需要」を形成し、それは2000年代初めの世界的な好景気をもたらしたが、それはまた現実資本の過剰蓄積を誘発し促進するものだった。

 第3に、「マネー」は有望とみられる企業の株式購入に向かい、その企業に最大限の株主利益を要求した(こうした事態を「法人資本主義」と呼ぶ)。その結果、産業企業は極大利潤獲得のために、一方で生産力基盤を一層増強すると同時に、他方でコスト削減のための正社員のリストラ、非正規雇用の増大、賃金削減を推し進めた。そしてそれは個人消費の基盤を著しく脆弱化させた。すなわち「法人資本主義」化の進展は、「生産の無制限的拡大への傾向(これをα要因とする)と勤労者大衆の狭隘な消費限界(これをβ要因とする)との間の矛盾」という、資本主義に本来的なこの「生産と消費の矛盾」を極限まで深化させたのである。

 「2008年世界恐慌」と呼ばれた事態は、以上のような実体経済の危機的基盤のもとで、サブプライムローン問題の顕在化という金融破綻・金融危機を契機に発生したのである。したがってそれをたんなる天から降って湧いた災厄のようにとらえてはならない。

社会・経済危機にどう対処するか

 以上のことから、現在の社会・経済危機を根本的に克服するためには何が必要かは、自ずと明らかであろう。第1に求められるべきは、「資本と労働との体制的過剰傾向」から生み出される実体経済から遊離した過剰な貨幣資本の投機的運動を抑制するための新たな国際的金融規制体制の整備と、その遊離貨幣資本の有益な公共目的利用への誘導であろう。

 そして第2に、「生産と消費の矛盾」を克服するために、一方では、α要因を人類に有益な方向へと向かわせていくために様々な産業政策が必要であり、また他方では、β要因を緩和し勤労者の消費基盤を強固なものにしていくために雇用・賃金制度の整備と、将来不安を取り除くためのセーフティネットの拡充が必要であろう。その具体的な内容についての提言は別の機会にゆだねよう。

松橋 透(まつはし・とおる)/中央大学商学部教授
専門分野 経済学・景気変動
1952年北海道生まれ。中央大学大学院商学研究科博士後期課程退学(1982年)。博士(経済学)。著書に、「恐慌の必然性の論定をめぐる諸論点」、「両極的矛盾の現実的発現態様」、「産業循環に関する諸学説」(いずれも『資本論体系第9巻』有斐閣に所収)、「現代資本主義の蓄積様式とグローバル資本主義の危機」(『グローバル資本主義の構造分 析』中央大学出版部に所収)などがある。