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横湯 園子

横湯 園子 【略歴

学校におけるいじめ、暴力、諸困難解決を願って

横湯 園子/中央大学文学部教授
専門分野 臨床心理学

「中央大学式ピアカウンセラー養成プログラム」と「カウンセリングマインド尺度」が完成

 心理学専攻の教育臨床グループは、中央大学杉並高等学校の協力を得て、ようやくピアカウンセラー養成プログラム(中大式PCP)とそれをチェックするピアカウンセリングマインド尺度(中大式PCM尺度)を完成させました。

ピアカウンセリングが求められる子どもの状況

 以下は、ピアカウンセリングが求められる日本の子どもの状況です。ピアカウンセリングの“ピア”とは、“仲間”を意味します。ピアカウンセリングの考え方は、似通った年齢の、同じ背景を持つ人同志が、対等な立場で、相互に相談・支援し、相手の話に耳を傾けることです。

 現在は、子どもたちの危機を象徴するようないじめ・暴力、自殺その他が学校を中心に激増しています。多様な症状を呈して臨床の場を訪れる子ども、青年が一様に訴える「恐い」、「人間が信じられない」の怯えは、普通に生活している子どもたちの共通した心情でもあります。

 カウンセリングを求めてくる加害者もいます。かつて被害者であったとか、被虐待児であったということがわかることもあります。攻撃性、支配欲求への快感の理解なしには子どもたちとはつき合えないのではないか、そう実感するこの頃です。心的外傷がいかにその人を苦しめるものなのか、いかに尊厳を貶めるものなのか、生涯苦しみ続けるほどのものなのだということは意外と知られていません。もちろん、被害者の全てが症状化や行動化し、PTSDに苦しみながら生涯を終わるわけではありません。過去化しあるいは記憶の彼方に封印している人の方が多いことも確かです。

 とは言え、心的外傷風景が突如としてフラッシュッバックすることもあります。幼稚園や小学校でのいじめ関係が高校での再会をきっかけにフラッシュバックし、被害者、加害者の関係が再燃あるいは立場が逆転して、再びいじめがはじまっていくこともあります。症状だけが独り歩きしている神経症圏内の青年のなかにもいじめなどの暴力被害者、体験者が多いのです。教師の呻吟する声、姿もあります。

 悲鳴、助けを求める声は社会との“窓”であり、そこから見える近未来は決して明るいものではありませんでした。社会への警告でもありました。

子どもの参加を呼びかけた「子ども世界サミット」

 子どもの権利条約が国連総会で採択された翌年の90年、各国首脳が「子どものための世界サミット」に集まって、「子どもの生存、保護および発達に関する世界宣言」を採択しました。そして、事態解決の努力に子どもの参加を呼びかけました。

 感慨ひとしおの中で考えたのは、信頼と回復の関係性を再生、構築ができないだろうかということでした。「形」のイメージ化のきっかけはカリフォルニアのスクールカウンセラーの仕事を実際に体験したときでした。

 しかし、当時は日本ではスクールカウンセラーの学校派遣は未だなされておらず、ましてやイギリス、アメリカのようなピアヘルピング・ピアカウンセリングプログラムもありません。また、真似すればできるというものでもありません。日本固有の社会的文化的背景があり、異なる教育システムのもとでの子どもたちが対象となるからです。抱え込む困難や問題もちがいます。まず、日本型プログラムの実験的試行段階だと思いました。

なぜ、ピアカウンセリングなのか

 スクールカウンセラーの学校派遣は95年からはじまりました。その役割と仕事はカウンセリング、コーディネーション、コンサルテーションになっています。スクールカウンセラーの勤務時間は週2日、1日4時間、計8時間、年35週となっています。問題多発の昨今を考えると、3つの仕事をこなすのに精一杯であり、子ども参加型のピアカウンセリングに時間をかける余裕はありません。常勤あるいは複数日配置が望まれる所以です。

 プログラムづくりでは幾重にも張られているバリア、癒されないままの心的外傷、内面の葛藤、家族問題の複雑さとそれらとの直面化の危うさを配慮しました。

 危うさへの配慮と同時に、思春期から青年期という発達段階固有の成長力、自然治癒力、精神の深奥の神秘への信頼を大事にしたいと考えました。

 こうして、「自分がわかる」「人の話が聞ける」を核にしたプログラムができていきました。ミニレクチュアーと基礎トレーニングには欠かせないロールプレイも多すぎると面白くなく、アートセラピーやお話づくり、イメージトレーニング他も入れるなどの工夫もしました。次第に「聞く」(聴く)姿勢や態度、発話などができるようになりました。他者とのちがいに怯えるのではなく、ちがいを個性として認めることができるようになると自尊感情がアップしていく様に感銘する私たちでした。

 併せて、実施した養成プログラムが何に効果があったのかを明らかにする中大式PCM尺度作成にも取り組みました。

 近い将来、ピアカウンセリングが実施される日がくるはずです。当養成プログラムが広く活用されること、未来の世代の主体性を願って「中央大学式」と命名しました。

横湯 園子(よこゆ・そのこ)/中央大学文学部教授
専門分野 臨床心理学
静岡県生まれ(1939年) 日本社会事業大学社会福祉学部卒業
国立国府台病院児童精神科病棟生徒対象学級教師、千葉県市川市教育センター指導主事、女子美術大学、北海道大学を経て、現在中央大学文学部教授。臨床心理士
専門領域は教育臨床心理学。増大する子ども・青年の困難状況に対処するための包括的な研究を行うとともに、教育学と臨床心理学、児童青年精神医学との架橋、教育臨床に関わる専門家養成に力を注いでいる。
著書『アーベル指輪のおまじない』(岩波書店)、『子どもの心の不思議』(柏書房)、『ひきこもりからの出発』(岩波書店)『教育臨床心理学』(東京大学出版会)他