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トップ>オピニオン>重大再犯事犯の発生と再犯防止対策について

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藤本 哲也

藤本 哲也 【略歴

重大再犯事犯の発生と再犯防止対策について

藤本 哲也/中央大学法学部教授
専門分野 犯罪学・刑事政策

千葉・女子大生殺害放火事件

 最近の我が国の刑事政策において早急に解決しなければならない重要な課題の1つとして、重大再犯事犯対策が挙げられる。2004年11月17日に「前科者による再犯事件」として「奈良女児誘拐殺害事件」が発生し、2005年2月4日には、「仮釈放者による再犯事件」として「愛知県安城市幼児通り魔事件」が、そして、2005年5月11日には「執行猶予者による再犯事件」として「連続女性監禁事件」が発生している。これはまだ確定しているわけではないが、「千葉・女子大生殺害放火事件」の犯人は、2009年9月に刑務所を出所してから、10月3日に強盗致傷事件、10月7日に強盗強姦事件、そして、10月21日に千葉・女子大生殺害放火事件、11月2日に、強盗強姦未遂事件を起こしているのである。

 法務省は、こうした重大再犯事犯の頻発という事態を憂慮して、平成19年版の『犯罪白書』において、「再犯者の実態と対策」を特集し、平成21年版の『犯罪白書』においても、再び、「再犯防止施策の充実」を取り上げて特集を組んでいる。

 現状の犯罪情勢に照らして再犯防止対策を考える場合、われわれ刑事政策学者は、帰住先のない満期釈放者の社会復帰をいかにして図っていくかを考えることが、再犯率を減少させる最も有効な手段であると考えている。そこで、以下においては、私の最近の研究テーマである帰住先のない満期釈放者対策、それも、高齢・障害者に対する対策に絞って、どのような対策が考えられるかを検討してみることにしたい。

触法高齢・障害者問題

 平成18年を基準として概算すると、年間約30,000人の刑務所出所者のうち、満期釈放者は約15,000人であり、そのうちの帰住先のない満期釈放者は、約7,200人である。

 この約7,200人のうちの保護を求めてこない者、約1,700人と、暴力団員、約1,800人についても、有効な対策が必要なことはいうまでもないが、ここでは、保護を求めてこないのはどうしてかという実態調査の必要性と、暴力団員には、別途の対応を考えなければならないということを指摘するに止め、緊急の対策を考えなければならないのは、「触法高齢・障害者の問題」である。

 結論から先にいえば、高齢者(65歳以上)約780人、疾病・身体障害者約120人、知的障害者約100人に対しては、福祉での対応を優先すべきであろう。福祉的措置が必要でありながら、従来それが円滑に実現されてこなかった高齢・障害犯罪者等に対しては、刑事施設入所中から、保護観察所による生活環境の調整を強化しつつ、福祉機関等と連携するための具体的な枠組みを確立することが肝要である。

 高齢・障害等の問題を抱える受刑者については、帰住先のないまま出所した場合、生活に困窮して再犯に至るリスクが大きく、現に、高齢・障害等の問題を抱える受刑者が、出所後、福祉的援助を得られなかったことにより発生したといわれている「下関駅放火事件」や今回の「千葉・女子大生殺害放火事件」にその例をみるごとく、短期間で再犯に至る事例が多いことから考えると、特に高齢・障害犯罪者に対して、出所後の社会的受け皿を確保することが望まれる。

法務省、厚生労働省の施策

 そのために、法務省矯正局においては、平成18年の特別調査に基づき、高齢・障害犯罪者に対する処遇を充実させて社会復帰を促進するという視点から、刑事施設内に社会福祉士等の福祉関係者を配置して、入所中から積極的に福祉との連携を図る施策が展開されているし、保護局でも、平成21年度から各都道府県の保護観察所の保護観察官が、刑事施設や地域生活定着支援センターをはじめとする福祉関係機関と協働して、出所後の福祉サービスの確保に向けて計画的に調整を行い、高齢・障害犯罪者に対応していくこととしている。また、本年度より、全国57か所の更生保護施設に、社会福祉士等の資格を有する職員を採用することとなっている。また、厚生労働省では、地域生活定着支援センターを都道府県事業として立ち上げ、知的障害者を中心に、高齢者等の出所者を支援する体制を確立しているのである。

再犯問題と更生保護施設の多様化

 そして、こうした帰住先のない満期釈放者に対する対策として検討すべきことは、更生保護事業への新規参入の促進策であろう。言葉を変えれば、更生保護施設の多様化の問題ともいえる。考えられるのは、(1)社会福祉法人が触法障害者を受け入れるという方策、(2)医療法人が刑務所出所の障害者を受け入れるという方策、(3)企業が福祉を活用しながらも知的障害のある出所者を雇用するという方策、(4)民間のホームレス支援団体が出所者の自立を支援するという方策、(5)地方自治体が地域振興のために出所者等を受け入れる方策であろう。

 しかしながら、「千葉・女子大生殺害放火事件」にその例をみるごとく、事はそう簡単ではない。重大再犯事犯対策は、刑事政策の根幹にかかわる問題であるだけに、容易に解決策が見いだせないというのが偽らざる真実である。われわれ刑事政策研究者をはじめ政府の政策決定者は、今こそ、再犯問題に真剣に取り組むべき時であるといえるのではあるまいか。

藤本 哲也(ふじもと・てつや)/中央大学法学部教授
専門分野 犯罪学・刑事政策
1940年愛媛県生まれ。1975年カリフォルニア大学大学院博士課程修了。1975年犯罪学博士(カリフォルニア大学)取得。現在、中央大学法学部教授、内閣府少年非行事例等調査研究企画分析会議委員長、日本刑事政策研究会理事、社会福祉士試験委員等を兼ねる。現在の研究課題は「知的障害犯罪者の研究」で、法務省、厚生労働省との共同研究に携わる。主な著書として、『犯罪学原論』中央大学出版部(2003年)、『刑事政策概論(全訂第六版)』青林書院(2008年)、『性犯罪研究』中央大学出版部(2008年)等。