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鈴木 一功

鈴木 一功 【略歴

「金融危機の震源地米国では今」

鈴木 一功/中央大学アカウンティングスクール(専門職大学院国際会計研究科)教授
専門分野 ファイナンス(企業金融・企業価値評価)

頻発する世界的金融危機とその背景

 大学の研究出張で米国ハーバード大学に来て早4ヶ月、米国経済は2008年の金融危機を乗り越えて新たな出発へ向けて歩み出していることを実感する。失業率は高く消費回復も道半ばであり、マクロ経済的にいえば米国経済の2010年の見通しに不安要因は少なくないのだが、株価は高値を更新し、企業業績は回復基調を辿っている。

 サブプライムローンの支払不能とその後のリーマンブラザーズの破綻を契機に起こった世界的な金融危機は、「100年に一度の危機」と形容されたが、筆者はその認識が正しかったとは思わない。むしろ金融システムが高度にグローバル化・複雑化した結果、「世界的金融危機」はかなりの頻度で起こるようになっている。この十余年だけでも、1997年のアジア通貨危機、1998年のロシア危機、2000~2001年のITバブル崩壊、そして今回2007~2008年のサブプライム、リーマンショックと危機が繰り返されてきた。

 今回の「100年に一度の危機」がこの程度の影響で済んでいるのは、世界的に協調して各国政府が危機対応を実施したことにあるといわれる。確かにその通りかもしれない。ただ、こうして各国が協調して金融危機の悪影響を目先抑えようとすればするほど、金融危機を起こす元凶(病気でいえば病巣)である過剰な資金の流れが抑制されることなく温存され、次の儲け話(病気でいえば転移先)が虎視眈々と狙われるという状況は、むしろ悪化していくように思える。実際2007~2008年のサブプライム危機は、ITバブル崩壊による悪影響を軽減しようとして米国が金融緩和を続けたことが主因だったとする論者は少なくない。とすれば、現在の世界協調体制の下、各国が過剰な資金供給を続けることで、近い将来より大規模な資産価格の乱高下が起こり、次の金融危機を引き起こす可能性が増大しているとも考えられる。

米国の経済系テレビチャネルから読み解く危機の兆候

 筆者は毎年定期的に米国を訪問しているが、その際に経済系のテレビチャネルでどのような投資に関心が集まっているかに興味を持って記録している。特に注目しているのは、番組の合間に流される投資関連のコマーシャルである。本稿を寄稿するにあたり、ここ10年ほどに流されたコマーシャルを振り返ってみると、不思議に金融危機の歴史とオーバーラップする。2000年頃まではオンライン証券会社とインターネット関連企業のCMが主流であった。オンライン証券会社は手数料の安さを競い、ネット関連企業は彼らが従来のビジネスをいかに変えるか(いわゆるニューエコノミー論)を喧伝していた。ITバブル崩壊後の2002年以降は不動産投資のCMが増加した。今でも印象に残っているのは、「頭金ゼロで不動産を購入し、数年後に大金持ちになるノウハウを教えます」と謳ったCD-ROMベースの通信教育の広告だった。当時、筆者自身もなぜこのような投資が可能なのかいぶかったものの、あまり深くは考えなかった。数年後に、実はこれがサブプライムローンの典型的な利用例だったことを理解することとなる。元々住宅は転売目的で、全額借入(元手ゼロ)で住宅を購入し、数年後に高値で転売して借入を返済し、値上がり益を狙うという濡れ手に粟の儲け話だった。(実はこの手の投資は、日本でも1980年代後半のバブル期に行われた。)

米ドル建て金価格(月次)

米ドル建て金価格(月次)
Bloomberg等の資料を基に筆者作成

 現在米国でどのようなCMが流されているかと注意してみると、目立つのは金投資である。「ここ数年、金に投資していれば100%の超のリターンが上げられました。米ドルの価値は下がるばかりです。あなたの資産を守るために金に投資しましょう。」1時間に数回、複数の投資会社のCMが流れている。グラフに見るように、金融危機後も金の米ドルベースの価格は上昇を続けており、歴史的な高値圏にある。ある資産の価格が(理不尽なまでに)高騰するためには、直近の危機に価格が影響を受けなかったという経験や今後も価格が上昇し続けると人々に信じ込ませるストーリーが必要であるが、後者については中国などの新興国による金需要の増加が材料として宣伝されている。どうやら世界的に溢れているマネーの起こす病は、次の転移先を見つけたようである。

ファイナンス理論の示す資産の本質的価値と実際の取引価格

 ファイナンス理論では、資産の本質的価格は将来その資産を保有することによって保有者にもたらされると予想されるキャッシュフロー(現金)の現時点での価値の総計に等しいと教えている。短期的には市場の価格がこうした本質的価値と大きく乖離することはあっても、長い目で見れば資産価格は落ち着くべき水準に戻ると考える。(問題はこの「長い目」がどの程度の期間なのかということが、事前に予想できないことにある。)しかしながら、金のようなコモディティー(商品)や美術品のように、こうした手法で価値を計算することが困難な資産もある。こうした資産の「本質的価値」を知ることは難しく、逆にいうともっともらしい説明や時代の気分で、価格の乱高下が起こりやすいともいえる。

 現在世界的な流動性供給と低金利政策によって、世界経済は落ち着きを取り戻した。しかしながら見方によっては、本来100年に一度規模の不況になっていたら起こるはずだった、過剰生産、過剰消費の削減と収益力の弱い企業の淘汰という痛みは、薬で先送りされている状況にも思える。何よりも、危機の病巣である過剰なマネー供給という状況は何も変わっていない。逆説的であるが、今回の危機が100年に一度の規模にならなかったが故に、今後も資産価格の乱高下による危機は、かなりの頻度で繰り返されるのではないかという懸念を禁じ得ないのである。

鈴木 一功(すずき・かずのり)/中央大学アカウンティングスクール(専門職大学院国際会計研究科)教授
専門分野 ファイナンス(企業金融・企業価値評価)
1986年東京大学法学部卒業後、富士銀行入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA(経営学修士)、ロンドン大学(London Business School)金融経済学博士(Ph.D. in Finance)。富士銀行にてデリバティブズ業務を担当の後、富士コーポレートアドバイザリーM&A部門(現みずほ証券)チーフアナリストとして、企業価値評価モデル開発等を担当。2001年4月より現職。現在客員研究員として、ハーバード大学国際問題研究所に滞在中。主な著書として『企業価値評価(実践編)』、『MBAゲーム理論』(いずれもダイヤモンド社)、翻訳書に『行動ファイナンスと投資の心理学 ―ケースで考える欲望と恐怖の市場行動への影響』(東洋経済新報社)、『ビジネス統計学』(ダイヤモンド社、共訳)。