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野村 修也

野村 修也 【略歴

郵政民営化の見直しは本当に必要なのか

野村 修也/中央大学ロースクール(専門職大学院法務研究科)教授
専門分野 商法

国民は見直しを支持しているのか

 鳩山政権は、連立のパートナーである国民新党の意を汲みながら、郵政民営化の見直しを着々と進めている。まずは、指名委員会を開催しないという異例の手続きで旧経営陣を一掃した上で、昨年秋の臨時国会では、郵政民営化法に書き込まれていた「株式上場」という目標を凍結させた。間もなく始まる通常国会では、郵政民営化を抜本的に見直す法案が可決・成立する見通しとなっている。

 思い起こせば、小泉政権下における最後の衆議院選挙は、郵政民営化を唯一の争点する選挙だった。小泉元総理のパッションと劇場型政治の面白さに踊らされた面は否定できないが、少なくとも、あの時点では、比較的多くの国民が郵政の民営化を支持したことは確かだ。その民意を覆すにしては、あまりに説明が不十分なのではないか。

 確かに、民主党は、昨年夏の衆議院選挙で、国民新党と連立を組むことを前提に、郵政民営化の見直しを政権構想の柱に掲げて勝利した。しかし、民主党が掲げたマニフェストは盛りだくさんで、国民の支持した項目はまちまちである。郵政民営化の見直しを「一丁目一番地」と位置づけた国民新党が議席を減らしたことからみても、郵政民営化の見直しを押す声が圧倒的であるとは言い切れないだろう。

見直しの真意はどこに

 もちろん、郵政の民営化がいくつかの混乱を招いたことは否定できない。過疎地を中心に簡易郵便局の数が一時的に減少した。また、窓口の業務が4つに分断されたことによって、郵便局の使い勝手が悪くなったという声も多く聞かれた。さらには、郵便配達人が貯金等を扱えなくなったため、玄関先で金融サービスを受けにくくなったという不満も生じた。これらはいずれも早急に解決すべき問題である。しかし、金融2社(ゆうちょ銀行とかんぽ生命)の株式上場(完全民営化)をあきらめなければ解決できないような問題ではない。郵便局の一時閉鎖の問題はすでに対策が講じられ歯止めがかかっているのが現状で、残る不満はいずれも、コンビニなどとの業務提携や、郵政各社間の代理店契約、巡回カーを用いた移動郵便局などの工夫で乗り越えられる程度の問題ばかりだ。

 にもかかわらず、政府が、民営化の骨格から見直そうとするのはなぜなのだろうか。

 郵政民営化は、郵政事業を抜本的に変革する勢いを持っている。持株会社である日本郵政株式会社を上場させるために、不透明な取引がはびこっていたファミリー企業(天下り先)の徹底的な整理が行われた。高すぎる局舎の賃貸料の問題にもメスが入り始めた。また、金融2社が金融庁の監督を受けたことで、民間銀行等に比べ極端に件数が多かった横領事犯等に厳しい目が向けられ、監視カメラの導入などコンプライアンス体制も強化された。さらに、将来的に金融2社が切り離されても大丈夫なように、残る2社の収益管理が厳しくなった。その一環として、局別の収益目標が設けられ、人事考課のシステムなども整えられた。しかし、これらの改革は、厳しい管理を受けることになった郵便局長や、既得権を奪われた郵政ファミリーからは、すこぶる評判が悪い。

 持株会社である日本郵政株式会社とその傘下にある金融2社の上場をやめることができれば、厳しい管理を逃れられる。金融2社にだけ適用される個別法を作り、その監督官庁を総務省にしてしまえば、金融庁の監督からも逃れられる。稼ぎ頭である金融2社からの収益を従来どおり吸い上げることができるのであれば、郵便事業で無理に収益を上げる必要も無くなる。これが、民営化見直しの本音だとするならば、国民のためにならない反動的見直しではないだろうか。

国民の納得できる説明を

 政府は、全国津々浦々で国民が等しく金融サービスを受けられるようにするための組織として、金融2社を位置づけると言う。しかし、民間金融機関にそうしたユニバーサル・サービスの提供を義務付けている国はどこにも存在しない。厳しい競争にさらされている金融機関にそれを要求するのであれば、国の直轄事業に戻すか、よほどの優遇措置(例えば、内部取引に対する消費税の減免処置など)を施さなければ、計算が合わないことになる。しかし、そのことは、民間金融機関との対等な競争条件を阻害することから、民業を圧迫しないよう金融2社の業務に大幅な制約を課すことが前提となる。

 その結果、例えば、ゆうちょ銀行が、今まで通り貸出業務を禁じられ続けることになれば、国債や財投債に偏った運用を解消することはできなくなり、私たちが預けたお金が民間企業に流れる道を閉ざされることは必至だ。このことはまた、国民から預かった大切な財産を、金利リスクにさらし続けることをも意味する。

 私たち国民は、これだけの代償を払ってまで、旧特定郵便局長や郵政ファミリーの復権に力を貸す必要があるのだろうか。まもなく通常国会が始まろうとしている。鳩山政権には、是非とも国民の納得できる説明を求めたい。

野村 修也(のむら・しゅうや)/中央大学ロースクール(専門職大学院法務研究科)教授
専門分野 商法
1962年北海道函館市生まれ。中央大学大学院法学研究科博士後期課程を経て、1989年西南学院大学法学部専任講師、1992年同大学助教授、1998年中央大学法学部教授を経て、2004年より現職。現在、郵政民営化委員会委員、金融庁法令等遵守調査室長、金融審議会委員、新司法試験考査委員などを務める。