松下 光司 【略歴】
松下 光司/中央大学ビジネススクール(専門職大学院戦略経営研究科)准教授
専門分野 消費者行動論、マーケティング論
近年の消費者の購買行動は、以前のそれとは明らかに変わってきている。この主張に異を唱える実務家は少ないのではないか。私が勤務する中央大学ビジネススクールにおいても、社会人大学院生の方から、「インターネットが登場してから消費者が変わった」、「その変化をどのようにつかんだら良いのか」などといった、意見や質問が寄せられる。企業は消費者の行動特性によって、コミュニケーション戦略、チャネル戦略などのマーケティング対応を変える必要があるため、変化した消費者に関する新しい知識を創造することへの要請は日増しに大きくなっているのである。
この小論での私のオピニオンは、この「変わる消費者」をとらえるための視点についてのものである。
「変わる消費者」の姿を見定めるためには、逆説的ではあるが、まずは「消費者の変わらない部分」に注目することが重要となる。当たり前のことではあるが、ネットが登場したからといって、消費者はアメリカのテレビドラマの登場人物のように、時空を行き来したり、空を飛ぶようになったわけではない。ネットが現れたからといって、消費者の根本的なあり方が変わったわけでないのである。
これまで、消費者行動の研究の領域では、消費者を見る際の基本的な視点が提示されてきている。その一つに、「限られた能力しか持たない消費者」というものがある。消費者は、購買に必要な全ての情報を処理できるわけではないし、一度に必要な情報を頭のなかに詰め込めるわけではない。そのような限定的な能力しか持ちえない存在なのである。この消費者の基本的な特性は、ネットなどの環境変化が起こっても変わることのない、人間の本質的な特性である。
それでは、何が変わったのか。例えば、ネットの登場によって変わったのは、消費者自身というよりも、消費者を取り巻く環境である。消費者の能力は変わらずとも、容易にアクセスできる情報源が登場し、取得可能な情報量は爆発的に増えた。消費者の根本は変わっていないのに、未知の他者の意見やランキングの情報などを取得できる機会が生じたのである。
ではいったい、新しい環境下において、「変わらない消費者」はどのような姿を現すのであろうか。ネットを例としながら、新しい姿の一例を紹介しよう。
ひとたび消費者が熱心に情報を取得しようとすれば、ネット環境は彼らに以前にも増して多くの情報を提供する。とりわけ、これまでは集めることができなかった専門的な情報を提供するサイトや、従来にはなかった複数の購買対象の特徴を容易に比較させるサイトは、消費者を変化させる存在となる。これらのサイトの特徴は、消費者の情報の取得・学習を強く後押しするからである。そのため消費者は、店頭におもむく前に、あるいは営業の方に出会う前に、多くの企業横断的な情報を整理して記憶内に蓄積し、理論武装するようになる。簡単には企業の言いなりにはならない、「強い消費者」像がここに見えてくる。
一方で、その逆の姿も現れてくる。消費者は多くの情報に容易にアクセスできるとしても、限られた能力しか持ちえないため、全ての購買対象に関して詳細な情報を取得することはしない。あるときには、なんとか省力化しつつ、満足いく選択を成功させるように行動する。そのため、他者の意見やランキングを考えもせず鵜呑みにして、手っ取り早く購買をすませるようなときも出てくるのである。ネットのランキング情報、レビュー情報などに依存する「弱い消費者」の姿は、環境変化に対応した消費者のもう一つの側面である。
つまり、消費者は、ネットの登場以来、このような強さと弱さを併せもった複数の顔を使い分けることで、あふれる情報の大波を、なんとか乗り切っているのである。
消費者行動を専門領域とする研究者として、「消費者は変わったのか?」と問われれば、「変わった。しかし、変わっていない。」と答えるであろう。
私は、実務家の方々にとっても、このような一見矛盾した答えを持つことのメリットは大きいと考えている。表面的には異なって見える「変わる消費者」の多様な側面を、「変わらない消費者」という見方によって、統一的に眺めることができるようになるためである。
変化が激しい現代のビジネス環境においては、変わらない消費者についての見方を基礎としながら、常に表出し続ける新しい消費者の変化を追い続けることが重要なのではないだろうか。