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トップ>HAKUMON Chuo【2018年夏号】>日本とデンマークを繋いだ“一冊の通帳”の話

Hakumonちゅうおう一覧

グローバル人材育成

日本とデンマークを繋いだ“一冊の通帳”の話

中央大学グローバル・スタディーズ

文&写真 山本興陽

2018年中大法学部卒。在学中はアナウンス研究会に所属し会長を務めた。
新卒でダイヤモンド社に入社し、現在は営業部員として、書店を駆け回る。

デンマーク人のご夫婦のもとで見つかった通帳

 学生生活も終わりを迎えようとしていた今年の2月、中央大学文学部が主催するプログラム「グローバル・スタディーズ」でデンマークのコペンハーゲン大学へ短期留学をした。

 デンマークは日本から約8700キロ離れ、成田から直行便で11時間。留学の目的は、福祉先進国であるデンマークの社会保障について学ぶためだ。

 昼間は現地の学生と、両国の社会保障の現状についてプレゼンテーションとディスカッションを行い、彼らと濃密な時間を過ごした。

80年前の通帳

中央大学の桜広場にて。左から石橋璃果(ゼミの友人)、マリエ先生、インゴルフ先生、筆者

 最終日の宿泊先は、コペンハーゲン大学日本学科で教授を務めるマリエ先生のお宅であった。

 彼女は幼い頃に日本に住んでいたということもあり、家具や絵画、冷蔵庫の中の食材から調味料まで、多くのものが日本製だった。 

 夕食はデンマークの伝統料理であるローストポークで、舌鼓を打っていると突然、夫のインゴルフ先生が、「古い通帳」を私の目の前に置いた。

 ご夫妻は4年ほど前に日本を訪れた際、東京・銀座の古物商店に立ち寄り、アンティークの引き出しを購入し、デンマークの自宅で使い始めた。

 いつものように、使っていた3年前の、とある日。引き出しの奥から通帳が出てきて、それを大切に保管しておいたとのことだった。

 通帳を見てみると、名義人には【井澤謙吉】と書かれ、昭和15~18年(1940~43年)に使用された形跡があり、毎月50銭ずつ退職積立金として積み立てられていた。

 「私には単なる通帳には思えない。その当時の日本人の生活を紐解く貴重なものだ。持ち主の子孫を日本で探して、手渡してほしい」

 コペンハーゲン大学で歴史の教授をされているインゴルフ先生は私に言った。

 見つけてほしいと言われても戦時中である約80年も前の通帳であり、手掛かりは【井澤謙吉】という名前と当時の住所だけである。

 しかし、日本にゆかりのあるご夫妻のもとに、この通帳が渡ったことは単なる偶然だとは思えなかった。

 そして私は使命感を覚え、何としても探し出したいと決心した。

 その後のヨーロッパ旅行中も通帳のことで頭がいっぱいで、郵便貯金や太平洋戦争の事情に詳しい友人や社会人の先輩に連絡をとった。

 日本への帰国後もなかなか手掛かりが得られなかったが、様々な方に協力して頂き、それぞれのヒントをつなぎ合わせた結果、名義人のご子孫と思われるご自宅の電話番号を見つけることができた。

答えは山形に

 おそるおそる電話をかけてみると、電話口には高齢の女性の声。事の経緯を話し、通帳とホストファミリーの件を伝え、直接話をお聞きしたい旨を伝えると、突然の不審な電話にもかかわらず、快諾してくれた。

 電話に出られたのは、山形県の井澤ヨウ子さん(80)。通帳の名義人の孫の奥様であるという。すぐさま、山形行きの新幹線を手配した。

 翌週、私は山形のご自宅に向かった。東京駅から新幹線に乗ること3時間、山形はまだ肌寒く雪が多く残っていた。

 電話で話したことがあったとはいえ、見ず知らずの私を温かく迎えてくださり、早速、引き出しと通帳についてお聞きした。

 4年前、息子さん一家と家を建て替えた際、多くのものを処分し、その中に引き出しも含まれていたのではとのこと。

 「引き出しについては、よく覚えています。通帳はたしかに先祖の名義であるけど、引き出しの中に通帳が入っていたとは知らなかったです」

 デンマークで撮影した引き出しの写真を見せると懐かしそうに語った。

 帰り際に、ヨウ子さんが古い着物をほどいて手作りしたという手提げかばんと巾着を手渡された。

 「一つはデンマークの奥様に、もう一つを旦那様にプレゼントして欲しい」

 ヨウ子さんの「お気持ち」をお預かりし東京に戻った。

井澤ヨウ子さん

 卒業式も終わり、桜が満開となっていた3月末。コペンハーゲン大学のご夫妻が来日し中央大学を訪れた。

 通帳の名義のご子孫に山形まで会いに行ったことを伝えると、「まさか本当に探し出してくれるとは思わなかったよ」。インゴルフ先生はうれしそうだった。

 ヨウ子さんからの「お気持ち」である手提げかばんと巾着を手渡すと、二人は向き合いほほ笑んだ。

 もしも【井澤謙吉】名義の郵便貯金通帳が入っていなければ、引き出しの所在を知る由もなかっただろう。

 「山形で代々使われてきた引き出しは遠く離れたデンマークで日本を愛するご夫妻のお宅で、大切に使われているよ」と語っているようであった。

 戦時中にもコツコツ貯金されていた井澤謙吉さんからのメッセージではなかろうか。

 今回、80年と8700キロという時空を超えて、デンマーク人ご夫妻と日本のとあるご家族がつながった。

 これが実現したのは、お互いを思いやる気持ちがあったからだと強く感じた。ひとつだけ確信したことがある。「思いやる“気持ち”は国境を超える」と。

へぇ~もっと知りたい グローバル・スタディーズ

 中大文学部が主催する「グローバル・スタディーズ」は、他学部生でも受講できる海外派遣プログラムである。

 今回参加した、唐橋文教授のコペンハーゲン大学派遣プログラムでは、後期で5回の授業を通して準備を行い、2月にデンマークへと渡った。

 活動は授業に留まらず、ゼミ生で自主的にデンマーク大使館を訪れ、駐日大使から話を伺った。

 研究テーマは自分で決められるため、語学を学ぶだけでなく、専門性を深めることができるのもこのプログラムの特徴だ。

へぇ~もっと知りたい 寄稿の背景

 デンマーク人のご夫婦と、山形にお住みのとある家族の不思議な物語。日本に留まっていては、知る由もなかったであろう。

 海外派遣を通して経験した出来事を、在校生に共有したいと思い、一筆執らせて頂いた。

 社会に出てから、まとまった時間を見つけ、海外に行くことはなかなか難しい。ぜひ、学生時代に「外の世界」を見ることを勧めたい。