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トップ>HAKUMON Chuo【2018年夏号】>スポーツの名門に応援団あり

Hakumonちゅうおう一覧

表紙の人

撮影/亀井宏昭

スポーツの名門に応援団あり

3部構成 三位一体でパワーアップ
中央大学応援団のいま
「本学の宝」と福原硬式野球部長

横山貴俊団長

 有史70年余、伝統の中央大学応援団が存在感を増している。年初から箱根駅伝出場選手を励まし、卒業式・入学式では門出を祝う。学生の背中を押し、学生のために大粒の汗を流す。中大を大いに活気づける応援団のいまを追った。

 4月3日の入学式(多摩)閉式直後、保護者席から感嘆の声があがった。「お父さん、やっぱり来て良かった」「そうだな、応援団長が凛々(りり)しいな」

 羽織はかま姿の横山貴俊団長(商4)が、酒井総長・学長らに続いて、壇上にすっくと立つ。まなじりを決した表情、腰を60度に曲げてあいさつ。約5000人の参列者に向けて、

 ♪憧れ高く空ひろく 理想の光あやなせる…と中大応援歌『あゝ中央の若き日に』(歌詞・中大学友会選定、作曲・古関裕而)を披露していた。

 両手を縦横いっぱいに広げて指揮を執る。指の先まで真っ直ぐに伸ばす姿から、自らに課した使命をやり遂げようとする強い気持ちが伝わってくる。

 声と気迫で引っ張るリーダー部。華やかに応援を彩るチアリーディング部。音で応援を勢いづけるブラスコアー部。この3部で中央大学応援団は構成される。3部のメンバーはこぞって声量と表情が豊かである。

 躍動感あふれるエールの最後は「フレー フレー 新入生」。明晰な滑舌でコールした。

 配布された式次第に応援団登場の記載はなかったから、中大応援団を初めて見る人たちはサプライズに驚き、彼ら彼女らの行動が実にきびきびとしていて、人に好感を抱かせたのに再度びっくりする。

 「来て良かった」の気持ちは、応援団のパフォーマンスを見つめる新入生や保護者らの楽しそうな表情に現れていた。

 4月9日は大学野球の東都春季リーグ開幕戦・対東洋大(東京・神宮球場)。この日、中大の応援席は一塁側だ。

 突然、青空にまで届くかのような大きな声が発ぜられた。応援団3部が「頑張れ 中央!」「勝つぞ 中央!」と腹の底から出したと思われる“魂の声援”を続けながら入場し、それぞれ準備を始めた。

試合展開を凝視

 応援のスタートは入場時から始まる。熱心な中大ファンは、この時点で熱血応援団に期待の拍手を送る。

 試合開始は午前11時。20分前に校歌斉唱。歌唱後は「フレー フレー 東洋」とエールの交換。答礼時、横山団長の両手中指は学生服のズボンの縫い目にあった。

 特設ステージに上がり、スタンドに集う中大ファンや観客へ丁寧なあいさつをした後、全力応援を始めた。

 学生服左手に団の腕章。背中には品のいい黒色刺しゅうで校章を縫い付けている。黒の短靴はピカピカだ。

 試合は後攻。守備イニングは太鼓と声援にとどめている。

 グラウンドに背を向け、スタンドへ向けた演舞・演奏を披露中であっても、応援団は野球をよく見ている。三塁ゴロを処理した中大・内山京祐選手(文2)ヘ間髪を入れず、「いいぞ いいぞ 内山」。地味に見えるプレーでも堅守をたたえる。

 エース伊藤優輔投手(文4)が打者を2ストライクと追い込むと奪三振ムードを高める「伊藤 伊藤 あと1球」。打者のバットが空を切った。今度は「いいぞ いいぞ 伊藤」である。

 横山団長が言う。「勢いと間合いが大事です。いいプレーが出たところに、すかさず応援を入れるようにしています」

 戦況が変わって、エースが走者を二塁に背負うピンチ。コールが変わった。「頑張れ 中央」「頑張れ 中央」。選手やベンチと心を一つにしたような声援が続く。

 中大応援団は練りに棟った進行表を持つ。攻撃イニングは練習の成果の見せどころだ。校歌、応援歌、チア曲、チャンスパターンメドレー(以下、メドレー)。得点が入ると肩を組んで「得点時応援歌」を声高らかに歌う。

 伝統にヒット曲を織り交ぜるなど硬軟白在、メリハリのある構成だ。

構成は次の通り。

  • 試合前に校歌。
  • 1回の攻撃は、リーダ一部のパフォーマンス「学生注目!」〈2・4・6・8・9回にも〉、応援歌『あゝ中央の若き日に』、メドレー
  • 2回 応援歌『中大健児の歌』
  • 3回 ブラスコアー&チアリーディングによるスタンツ(タワー=組み体操)演技〈5回にも〉。チア曲は『学園天国」(歌唱・フィンガー5、小泉今日子=※チア曲は毎シーズン変更する)
  • 4回 応援歌『若き血潮』
  • 5回 チア曲『いつだって僕らは』(同・いきものがかり)
  • 6回 同『あゝ中央の若き日に』、メドレー
  • 7回 再び校歌斉唱。
  • 8回 同『中大健児の歌』
  • 9回 同『あゝ中央の若き目に』、メドレー
  • 試合後に校歌、エール交換。

 団長が応援スタンドヘ、「最後まで温かいご声援、ありがとうございました」と深々と頭を下げた。

 チャンスパターンメドレーでは、「C」「H」「U」「O」と、ひと文字ずつ両手で、アルファベットをつくる。

 3回・5回には、チアリーディング部とブラスコアー部による、自慢のパフォーマンス。スタンツと呼ばれる2層&3層タワー(組み体操)を瞬時に組み立てる。テンポのいい曲が奏でられ、楽しいひととき。観客は試合経過を忘れてしまいそうになる。

 横山団長が5回、太鼓係に加わった。打ち鳴らすバチを頭上高くまで上げる。力の限り太鼓を叩く。気迫に満ちた顔だった。

 6回には優しさがみてとれた。特設ステージで踊るチアリーディング部員の一人がポンポンを突風に飛ばされて困惑顔…。やむなく素手でダンスを続聞している閥、団長はポンポンを懸命に探し、ステージ下でようやく発見。チアの足元へそっと戻した。

 チア部員は「初めてリーダー台に上がりました。強い風が吹いていましたが、足で(ポンポンを)抑えることもできたのに」と、か細い声。初舞台で緊張しているところに風のいたずらが重なった。いっときであっても、長く感じただろう不安は団長によって解消された。

 力強くて華やかな応援団は引っ張りだこだ。学内の48体育連盟部会のスポーツ応援、卒業式・入学式などの式典、全国に展開する卒業生の親睦団体「白門会」や各企業などからも招かれる。

 「広く認識していただいたと受けとめ、われわれへの期待以上のものでお応えするつもりで臨んでいます」(横山団長)

 交涜は学内・学外と幅広い。見知らぬ人から、応援団の方ですよね、とよく声を掛けられるという。

就活も学生服

 礼儀正しく、快活な応援団。いまどき珍しいと言われる学生服姿のリーダ一部は、ひときわ目立つ存在だ。

 卒業した元リーダー部員は「最終面接には学生服で臨み、応援団を全面にアピールしました」と述懐。本人の不断の努力があって、複数から内定を得た。念願かなって志望の職種に就けたという。

 女子の応援団員にしても、団の信条である「規律、礼節、時間厳守」を実践しているため、採用側からは好印象で迎えられることが多いようである。

 入部勧誘チラシでは、主な内定先に著名な企業・官公庁を紹介した。

 今も、難関の国家試験合格を目指す部員がいる。卒業生は弁護士、中央省庁、一部上場企業、大学院進学、英語検定テスト「TOEFL」で全国トップクラスの高得点者など多士済々だ。

 元団長で中大職員の内布諒さんは、応援団の活動を温かく見守るー人である。「学生はオンとオフの時間を自ら管理し、自分の時聞をしっかり作っています」と話し、勉強との両立ができるよう応援しているという。

 横山団長は活動を通して、「人の心を動かす応援をするにはどうしたらいいか」と、いつも考えている。

 「まず全力で取り組む、応援する表情も大切です。そうすれば声援、音色、踊りに自ずと迫力が出ます」

 応援する者の心を一つにし、選手を励まし、選手を信じる。選手と喜び・悔しさを分かち合う。一生懸命に応援すればこその感動が、そこにある。

 「中央大学応援団は、格好良い、いつでも本気だ、と言われなければならない。団長としては立場の重さを感じています。中途半端なことはできません」

 そう話す顔つきに、強い気持ちが表れていた。

ベンチに入る福原部長、右は清水監督

 彼ら彼女らを頼もしくみている人は多い。中大硬式野球部の福原紀彦部長(東都大学野球連盟理事長)はこう言っている。

 「本学応援団は懸命な応援によって、神宮球場の応援スタンドを訪れる中大ファンの方々や多くの卒業生を一つにまとめてくれる。応援して良かったと思わせてくれる。本学応援団は本学の宝です。東都大学野球連盟の宝です」

見学して即決

 横山団長の入部は1年生の6月だった。テニスサークルに所属していたのだが、「運動神経がなくて活躍できない」と悩んでいた。

 ある日、勧誘を受けていた応援団の活動を見学した。「大きな声、一体感、みんな華やかで生き生きとしていて青春ドラマのようでした。考え方が180度変わりまして、“入ります”とその場で入部をお願いしました」

留学生の目 マレーシアからの留学生

イザベル オンドレア スアさん(文4)

格好良い

 「日本に来る前、学生応援団のことはアニメやマンガで知っていました。入学式で初めて見て、3つのグループが1つになってパフォーマンスするのを格好良いと見ていました。初めて見た学ランも絡好良い、学ランを活た人のリーダーシップが、すごく絡好良い。スタジアムにも応援に行くんですよね、応援団のみなさんは自分たちにも授業やゼミがあるはずなのに、人のために応援するなんて、なんて絡好良い人たちなんだろう」

Q ブラスコアー部のやりがいは何ですか

今野沙都さん

今野 沙都
副団長・ブラスコアー部部長(法4)

A  スタンドに来てくださる観客や中大卒業生のみなさんが、私たちの応援や演奏で笑顔になり、中大勝利の喜びを分かち合えたとき、やりがいを感じます。

 それには私たちがまず明るく笑顔になって応援します。私自身、楽しいです。

 高校時代、学校の近くにプロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地があり、よく応援に行っていました。中学・高校と楽器(中学でクラリネット、高校でクラシックギター)を演奏していて、中大入学後、スポーツを楽器で応援したい、とホームページを検索。ブラスコアー部に出会いました。4年間、活動しているうち、大きな声も出るようになりました。

Q チアリーディング部のやりがいは何ですか

中道麻記さん

中道 麻記
副団長・チアリーディング部副部長(商4)

A  自分たちの「笑顔」で「人を『笑顔』にできる」ことです。私たちは応援団で唯一、競技と応援を両立しています。

 競技面では、チーム一丸となって1つの演技を作り上げます。その練習過程は辛いこともありますが、そこで生まれた信頼関係や、作り上げた演技を大会でミスなく終えた時に味わう達成感は格別です。

 また、競技と応援を両立しているからこそ、応援者、競技者両方の立場がわかります。その強みを生かして、応援面では日々「選手に届く応援」を追求しています。私たちの応援声援が少しでも選手の闘志となり、力となっているならば、うれしい限りです。

開かれた応援団

佐藤信行応援団3部部会長(中大法科大学院教授)

 「応援団は、学生活動でありながら、広く大学全体を鼓舞することを特徴とします。存分に楽しんでいただきたい。一方で厳しい面もあります。礼節をわきまえない人に応援されてもうれしくありません。自分自身がしっかりすることから始めましょう。ただ、野球場での応援活動中、ボールが飛んでくることがあるかもしれない。炎天の日もあるでしょう。万が一のときは『大丈夫です』とは言わないように。先輩たちに心配かけまいと、そう答えるのは美徳でもなんでもない。困ったことをひとりで抱え込まず、何でも話してください。私たちは、そのためにいます」(新入部員を迎える入団式のあいさつで)

パフォーマンス前の座学

 応援団は硬式野球部のほか、ボート部、アメリカンフットボール部、自転車部、相撲部、スケート部(アイスホッケー)などの応援もする。競技にふさわしい応援になるよう、応援団3部は創意工夫して、ベストパフォーマンスを完成させる。

 一方、適切な応援をするためには競技ルールを学び、声援を送るポイントを知る。応援先の現役部員を招いた講習会を開き、ルール解説を受けた後に質疑応答。スタジアムでのパフォーマンスの前に座学があった。

生涯応援団

 応援団は卒業後も応援団。2018年入学式の式典後、元団員が自らの仕事休みを返上して、応援団の良さをアピールした。

 正月2日、3日には箱根駅伝応援と新年交歓などで東京・大手町のスタート付近や神奈川・箱根町のゴール周辺に団員の輪が広がっている。

中央大学応援団
歴史と伝統
新たな発信

青春、プレイバック

 神宮で観戦中のCマークの帽子をかぶったシニア世代男性が話してくれた。

 「フィンガー5の学園天国が流れてびっくりした。われわれの学生時代の歌ですよ。ヒット曲だよね。若い応援団はたぶん知らないだろうが、よく選曲してくれた。思わずノッてしまったよ」と照れながら、「おかげさまで楽しい時間を過ごせました」と感謝した。

エールにほろり

 過去に涙のエピソードがあった。応援団数人が以前、ある学内活動団体4年生の卒業を祝う会に招かれた。フィナーレの演舞前、OBの幹事が飲食店内各テーブルを回って事情を説明し、理解を求めた。

 中大の席で、フレー フレー 卒業生コールが終わると、別テーブルから数人がやってきて頭を下げた。「私たちは中大卒業生です。フレーフレーをもう一度やってほしい。お願いします」

 アンコールに場内から万雷の拍手が沸き起こった。脇役のはずだった応援団が主役になった瞬間。中大の輪が急に広がって、居合わせた人たちがみな笑みを浮かべた。うれし涙もこぼれたそうだ。

へぇ~もっと知りたい 応援団3部の学外活動

 応援団3部は学内スポーツの応援、式典参加などのほかに、自らのパフォーマンスを高めて学外でも活動している。

▽リーダー部
全日本学生応援団連盟「本部記念祭」出場
▽チアリーディング部
学生日本一を決める全日本学生チアリーディング選手権大会に出場
▽ブラスコアー部
独自に演奏会を企画

 各大会出場時には、ほかの部が応援に出掛け、競技者・演奏者になった仲間を盛り上げる。

へぇ~もっと知りたい 70余年の歴史

 中大応援団の創部は戦後の昭和21年(1946年)、翌年には東京六大学野球、全国中等学校野球大会(現在の高校野球)、プロ野球ペナントレースなどが相次いで復活。

 応援団の活躍の場が整った頃だった。