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トップ>HAKUMON Chuo【2018年秋号】>中大生ただ一人のアジア大会・金メダル獲得

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表紙の人

アジア大会写真提供=共同通信

中大生ただ一人のアジア大会・金メダル獲得

ラスト500メートルで確信

ボート部 宮浦真之主将 武田匡弘選手

 ジャカルタ・アジア大会ボート男子軽量級ダブルスカルで、中央大学ボート部主将の宮浦真之選手(文学部4年)が金メダルを獲得した。大会に出場した中大生4人のなかでは、ただ一人、表彰台のトップに立った。

 ダブルスカルのパートナーは武田匡弘選手(関西電力)。中学生の頃から全国大会などで顔を会わせてきた。今年4月、体格と漕ぎ方が似ている2人がコンビを組むと息はぴったり。

 ボートの競技会場は、インドネシアの首都ジャカルタから飛行機で1時間のほどの距離にある同国西部のパレンバン。

 8月24日、同種目決勝。コース特有の風が容赦なく選手の背中に突き刺さる。波が高い。不利な条件でありながらも、2人は大会2連覇の期待をかけられていた。メダル獲得へミスは許されない。

 距離は2000メートル。スタートから予選成績と同じく1位発進。この調子だ。ゴールまで漕ぐ回数(ストローク)は250~300回。トップ選手で構成する韓国が追い上げてきた。予選3位のインドも離れない。

 2人が猛練習の成果を見せたのはラスト500メートル過ぎだった。テーマは「最後まで落ちない持久力」。昨年冬から始めた金メダル獲得作戦だ。 

 残り500メートル付近までトップをキープすれば勝機が見える。レースはその通りの展開。宮浦選手は確信した。「500メートルを過ぎてからは周りを見ずに漕ぐだけ。絶対取る、絶対取るぞ」

 逆風のなか、フィニッシュして、金メダル獲得。ボート先頭の武田選手はゴール後、ぐったりして後方の宮浦選手に体を預けた。体勢をたてなおし、初めて顔を見合わせた。

 力強い握手のあと、「2人ともヘロヘロでしたから、言葉は『やった、やったな』といった単語しか出てこなくて」と宮浦選手。

 疲労困憊の体でも、しなければならないことがあった。

 大会関係者が「君が代」の曲と詞の確認をしてほしい、といってきた。慌ただしく耳にイヤホンが入り、正しければ聴取後、ここにサインを、と。続いて選手名を確認して、サイン。ようやくメダル授与となった。

 やっと終わったと一息つく暇もなく、ドーピング検査の対象となって別室での採尿へ。選手は無作為で選ばれ、検体採取にいつでも応じなければならない、との規程がある。

 ようやく済んで、待機していた各国メディアによるヒーローインタビューが始まった。

 「金メダルをまじまじと見たのは選手村に帰ってからです」。レース後、3時間余が経っていた。

 「君が代は今まで入学式や卒業式で聞いてきましたが、きょうのは全く違っていました。日の丸を付けて戦う意味を感じました。大会で1番になったという充実感、大きな自信になりました」

 携帯電話にお祝いコールが続々と寄せられていた。メールフォルダ画面はスクロールしても、まだまだ続いた。うれしい、うれしい夜だった。

 金メダル獲得後の夕飯は選手村食堂のパスタとバナナ。「日本食もあるんですが香辛料が強くて。パスタは口に合いました」

 ボートは中学1年から始めた。当初はサッカー部を志願したが、入部希望者が多く、帰ろうとした。そこへ先輩がやってきて、ボートに乗らないか。「乗ったことはなかったので試しに乗ってみたら」。以来、ボート一筋だ。

インカレを制した宮浦選手

戸田ボートコースで応援する応援団

 ボートに愛着がある。敬愛の念を示している。競技を始めて分かった「こんなきついとは思ってもみなかった」との思いは別にして、今こう語る。

 「ボートは水上で行う数少ないスポーツです。道具を使って水上の直線を滑るように進む。見ている人に分かりやすい。エイトは迫力がある。イギリスにはロイヤル・レガッタと呼ばれる伝統レースがあり、高貴なイメージがありますよね」

 9月9日、埼玉県戸田市の戸田ボートコースで行われた全日本大学選手権(インカレ)最終日。宮浦選手は男子シングルスカルで優勝した。インカレでは個人2度目の栄冠だ。

 中大の同種目優勝は、のちにアトランタ五輪代表となった1993年の児玉剛始選手(現・中大コーチ)以来24年ぶり快挙だった。

 レースはやはり残り500メートルが速かった。2位に9秒もの大差をつけた。陸(おか)に上がった宮浦選手に「余裕だね、余裕の勝利」といった声が降りかかる。ほほ笑みながら「ありがとうございます」と丁寧に返した。

 表彰式の「優勝校」校歌斉唱。掲揚される校旗を見上げながら、♪草のみどりに…と静かに歌った。その後のプライベートな記念撮影では、失敗のないよう空を見ながら逆光を避ける位置を探した。中大艇庫に格納する際も先頭に立って、船尾を担いだ部員や周囲を気遣った。

 勝利後の落ち着いたしぐさから「気品」すら感じられた。彼が話したボートの良さの「高貴」。高貴には、人柄などに気品のあるさま、との記述が「大辞泉」にある。

中大ボート部・児玉剛始コーチの話

(1996年アトランタ五輪日本代表選手)

 「普段一緒にやらせてもらっている選手がアジア大会で活躍する、これ以上の喜びはありません。

 レースは映像で見ました。彼はボート競技に必要な持久系、瞬発系の両方の運動能力を兼ね備えています。持久系スポーツではランニングやクロスカントリースキーも得意です。瞬発系ではオフシーズンからウェイトトレーニングやサーキットトレーニングを積極的に取り入れ、スタート直後に他選手を引き離す圧倒的なパワーを身につけました。

 環境が変わる海外のレースで、アジア大会では軽量級という体重制限のある種目で出場し、実力を発揮したことはメンタルの強さも証明したことになります。

 日々のトレーニングでは、基本的な動きをいかなる環境でも正確に継続することが重要です。彼は情熱をもって真摯に取り組んでいます。やるべきことが分かっていて、コツコツしっかり続けることに長けています。

 普段は明るい性格で人柄もよく、だれもが応援したくなる選手です」

アジア大会

 アジア大会はアジア・オリンピック委員会が主催するアジア地域を対象とした国際総合競技大会。原則4年ごとに開催される。ジャカルタ・アジア大会に日本は選手762人を派遣した。

軽量級

 軽量級・男子選手の体重は72.5キロ以下、クルー平均70キロ以下と定められている(日本ボート協会HPより)。金メダリスト2人の体重は宮浦選手が70キロ(身長181センチ)、武田選手は72キロ(182センチ)。