シチズン時計の研究者で、中央大学理工学部化学科OBの赤尾祐司氏(54)が画期的な時計の長寿命化を実現し、平成29年度「科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞した。
表彰式に臨んだ赤尾氏
従来の時計は止まることがあり、寿命と称された。続けて使用するためには定期点検(3~5年周期)を推奨していた。
赤尾氏は、寿命を決定づけていたのは「潤滑油の変質」に原因があることを見出し、解決策として新たな潤滑油を開発した。電池を必要としない時計などに利用すれば20年以上変質せずに動き続ける長寿命化に成功した。
国内シェア100%の潤滑油
開発した潤滑油は、既存の時計にも給油しなおすことで機能を水平展開することができる。同業他社も使用可能とし、国内シェアは100%。いまや時計の標準油となり、時計事業全体と国民の社会生活を支えている。
文科省は「〝化学的な構造の最適化″と〝構成成分の最適な組み合わせの工夫″を施した」と、その業績を称えた。インタビューに応える赤尾氏
この最適化への工夫に、赤尾氏は約5年を費やした。
表彰式は4月19日、東京・霞が関の文科省で行われた。松野博一文科相が表彰状を読み上げる。
「聞いていましたら、これまでのことが走馬灯のように思い出されて…。感極まりましたね。賞にまさか手が届くとは思いませんでした」
どんな学生生活を送っていたのだろうか。
小学校の頃から得意科目は「算数でした」
勉強は記憶するものではなく、理解することが大切だと考えていたという。理解すれば、自らの一部として活用できる。「記憶は忘れてしまうこともありますが、理解していれば忘れません」
進学した中大理工学部は「分かるまで教えてくれました」との口ぶりに力が入る。2年次からは『油脂化学研究室』(当時)へ出入りするようになった。
「大学院生の先輩がいましてね、遊びに行っていました」と勉強を脇に置くが、研究過程を見ることで興味が次々に湧いていったのだろう。
一般的に理工系学生は4年生になると「卒業研究」に取り組み、研究成果を論文などにまとめる。研究室は教員をはじめ、大学院生、卒業研究に励む4年生らで構成される。専門分野の研究テーマを追求する毎日だ。
赤尾氏は2~3年生から研究室を訪問し始め、研究への興味を積み重ねていた。
就職活動中のことだった。入社試験の面接で「楽しく、そう1時間半くらい、おしゃべりしていたら、受かっちゃった」。入社後の配属先は技術研究所。「学部卒だけど、研究開発するベースがあると思われたんでしょうね」
大ピンチ…
その後の人事異動で時計事業部門へ。新しい潤滑油の開発を1997年11月から始めた。あるとき、大ピンチに陥った。
「油があわず、幾つかの時計を止めてしまった」
「大変な事件です、社の存続にかかわる。悩みました、痩せましたよ。もう終わりだと思っていたら」
停止の原因調査の結果を報告する場で、「これだけ授業料を支払ったのだから世界一の油、作れるよね」とハッパを掛けられた。
「調査で得られた知見を活用すれば、止まらない潤滑油を作れる滅多にないチャンスでした」
研究開発に拍車がかかった。
世界をひっくり返す新開発
2002年10月10日付けの日経産業新聞が1面トップで報じた。
『潤滑油、20年さらさら』『腕時計用 シチズン開発』『低温に強い分子構造』『スイス社独占に風穴』。記事には「潤滑油ビジネスを収益源の一つに育てる方針だ」とあった。
新潤滑油が開発される前はスイス社製オイルが国際市場を席巻していた。新開発は世界をひっくり返した。世界一の油の完成である。
「技術者冥利に尽きます。化学を職業とする幸せに巡り合えました。化学はモノを作りだす学問。自分の作ったモノを世界中の人に使っていただきたい、そう思ってきました。実現しつつあるのでしょうか」
「中大に行って良かった。先生に感謝しています。教え授けていただいたから、いま、こうして歩いていられる。学校の存在は著しく大きい。夢を実現させていただいた」
こう言って、満面に笑みを浮かべた。
笑顔は社会全体にも広がる。赤尾氏の研究開発があればこそ、手元の時計は、きょうも正確に時を刻み続けている。
シチズン本社にて
中大理工学部キャリアセンターからの紹介
赤尾氏は、中大理工学部で就職を目指す学生の技術面接者の顔をもつ。担当部署から謝辞が述べられた。
「理系で技術職を目指す学生には、自身の専門や研究内容を伝える技術面接という選考があります。赤尾さんには技術系採用者の視点から、本番に近い環境で学生の面接練習をしていただいています。専門分野や研究内容に対して学生一人一人と真剣に向き合い、その学生の特徴を最大限生かせるよう、また自信を持って技術者になれるよう(選考を受けられる)何度でもサポートしてくださいます。業務が多忙な中でも、優しく熱心に後輩をサポートしていただけて、とても心強く思っています」
シチズンミュージアム
赤尾氏と坂巻靖之館長のご好意で、本社内「シチズンミュージアム」見学の機会を得た。
時計製造100年の歴史が分かる仕組みになっていて、圧巻だったのが「時計開発の軌跡」だ。長さ24メートルの展示コーナーには、独自開発してきた時計の系譜と共に、当該の時計が1本ずつ丁寧に並べられている。
第1号製造の懐中時計から機械式時計、クオーツ時計、同社主力のエコ・ドライブ、電波時計などと続く。多様な時計が技術の進歩を示していた。
へぇ~もっと知りたい 文部科学大臣表彰
文部科学省は、科学技術に関する研究開発、理解増進などで顕著な成果を示した人を「科学分野の文部科学大臣表彰」として顕彰している。その目的は、科学技術に携わる人たちの意欲の向上を図り、日本の科学技術の水準向上に寄与する、としている。(同省HPより抜粋)
へぇ~もっと知りたい シチズンの社名の由来
同社グループの「会社案内」によると、前身の「尚工舎時計研究所」の製造第1号・懐中時計に付けられたネーミングに由来する。1924(大正13)年、当時の後藤新平東京市長が「世界の市民に愛され親しまれるように」と、『CITIZEN』と名付けた。1930(昭和5)年に「シチズン時計株式会社」が発足した。