中央大学ラクロス部副将の安江将史選手(法4)が男子22歳以下(U22)日本代表に選出され、第8回アジアパシフック選手権大会(韓国・済州島、6月17~24日)の全6試合に出場、日本の大会4連覇に貢献した。日本選手全27人中、中大からの選出は一人だった。【試合データ:出典=日本ラクロス協会】
予選のオーストラリア戦でゴールを死守する安江選手(中央)同じ顔合わせの決勝へ手応えをつかんだ
Cチャンピオン(Champion)の座を賭けて戦うのは日本―オーストラリア(23歳以下=U23)。6月24日の決勝は、両チーム大会史上3度目の決勝対決だ。
安江選手はウエアとグローブに「日の丸」を付けて第2クオーター(Q)途中から出場。日本のゴールCを守る。ラクロスでは「ゴーリー」(G)と呼ばれている。
自らの後ろにチームメイトはだれもいない。ここまではサッカーなどのGKと同じ。ラクロスはゴール裏からでも攻撃できるから、守護神は視界に入る相手選手の上下・左右・前後といったあらゆる動きを注視しなければならない。
オーストラリアの大型選手が放つ直径6センチの硬いゴムボールは、どこから飛び出してくるか分からないのだ。
大会4連覇を目指す日本は、スコア7-3で最終第4Qを迎えた。残り20分(1Q=20分)となって、オーストラリアが牙をむいた。次から次へとシュートを打ってきた。計13本。この試合、第2Q・第3Qの各6本を上回るチーム最多だ。
H名誉(honor)にかかわる大事な試合。オーストラリアにはラクロス先進国のプライドがある。
自国開催の第1回大会(2004年)、第3回大会(2007年)に続く5H大会ぶりの優勝を奪還し、決勝で日本に過去2度敗れた屈辱を晴らそうと躍起となっている。
安江選手の目に映る相手はこぞって頑健だ。幼少期からスキルを教えられているようで巧みなテクニックもある。要警戒のプレーヤーばかり。
怒涛(どとう)のシュート13本のうち7本が、日本ゴールの枠内に入ってきた。
安江選手は「クロス」と呼ばれるスティックと身長189センチ、体重86キロの体をいっぱいに使って、枠内7本中の4本をセーブ(阻止)した。
守備陣との総力ディフェンスで大勝負の最終盤を3失点にとどめ、オーストラリアにまたしても地団駄(じだんだ)を踏ませた。
日本のレーダー
日の丸を背負った戦い。優勝決定後、メンバーが寄せ書きをした
Gはゴールを守る、と同時に自チーム守備陣に相手チームの攻撃隊形、相手選手の動きを伝える。Gの目は「日本のレーダー」と言っていい。
日本の第4Qの得点は1点だった。最終スコアは8-6。安江選手の好守・堅守が際立った。
4戦目の台湾戦で無失点・4セーブ。セーブ率100%を記録した。大会序盤はペースをつかめなかったようだが、同中盤からは落ち着いて、いつものプレーができていた。
「フィジカルを全面に出した相手のオフェンスにだいぶやられましたが、失点する度にみんなと修正点を確認し合っていました」
試合終了のホイッスルは、優勝と4連覇を告げた。日本がボールをキープし、敵陣へ再び攻めて行こうというときに鳴った。笛の長く伸びる音色が心地よかった。
「日本のゴールを最後まで守りきったというやり遂げた感がありました」
激戦だっただけに喜びもひとしおだ。歓喜で体が包まれた。次の瞬間、信じられない出来事が起きた。
U(under)22日本代表の出場選手が全員で、ベンチにいた選手も総出で、こちらに走ってくる。囲まれたようでもある。身構えていると『よく頑張ったな』と肩をたたかれた。
「すごく、うれしかったです」
優勝の喜びとは別の激情に駆られた。米国の大学ではよく見られるシーンで、試合が終わったらチーム内であっても健闘をたたえ合う。
日本学生ラクロスに新たなスタイルが定着するかもしれない。
「今回、外国勢の予選試合で初めて見て、僕らもやろうと決めていました」
試合後に感動シーンがあることを知ってはいたが、激闘決勝にかき消されていた。
感動シーンが終わるとチームグッズの交換だ。日本は箸を選んでいた。U22代表チームのシンボル「青い炎」をあしらった特注品。中国はクロスをイメージした栓抜き。オーストラリアは刻印が入ったボールペン、香港がワッペン、韓国と台湾がピンだった。
記念品をやり取りしながら、中国の若手選手が褒めてきた。「さっきのプレー、良かったです」。日中間の会話は英語だった。
交歓パーティーでは、オーストラリアのコーチが、ナイスプレーだった、と握手を求めてきた。
「フランクに話しかけてくれる人が多かったです。言葉がうまく通じないときはアクションが入る。誠意が伝わってきます。大会前は交流をあまり考えてはいなかったのでびっくりしました。彼らは、自分にないものを持っています。見習いたいです」
O『オフェンス(offense)の時間はディフェンスが作ってくれたものなんだ』。帯同したコーチがそう教えてくれた。
言葉を繰り返してみた。なるほど、金言だと思う。交流のほかにもアジアパシフック選手権では多くのことを見聞した。
ラクロスがますます好きになっていく。
海外遠征の醍醐味は食事にも
大会参加全6チームが同宿だった。食事はほぼ同じものを食べる。
朝食はバイキング、昼は弁当の日が多く、夜もバイキング形式。夜はハンバーグやチキンなどメイン料理のほかは野菜、チーズ、パン、ご飯など。選手はパンにメイン料理を挟んでオリジナルサンドイッチをつくったという。
遠征先は韓国だ。日本チームは最終日の夜に全員で焼肉店へ。滞在中、初めての韓国料理。「精肉店が経営する店で、肉がおいしい。これが韓国焼肉か」と堪能した安江さん。
翌日、帰国便に搭乗する前は空港内で「冷麺を食べました。甘辛と書いてあったのに、相当辛かったです」と苦笑い。辛口を注文したチームメイトは「ひーひーいってましたよ」
帰国後、いつものラーメン店へ。「帰ってきた! こんなにしみるか!」。何ごとも体験のようだ。
へぇ~もっと知りたい
■ラクロス
先端に網のついたスティックで直径6センチのゴムボールを奪い合い、得点を競う。北米先住民族の儀式が発祥とされる。1チームの構成は男子10人、女子は12人。
五輪で実施されたのは1904(明治37)年セントルイス大会、1908(明治41)年ロンドン大会。五輪公開競技として、1928年アムステルダム大会、1932年ロサンゼルス大会、1948年ロンドン大会で行われた。
大会日程・成績表
試合数(試合日) |
勝敗 |
スコア |
相手 |
1(6・18) |
○ |
12-8 |
オーストラリア※ |
2(6・19) |
○ |
13-3 |
香港 |
3(6・20) |
○ |
19-3 |
韓国 |
4(6・21) |
○ |
21-1 |
台湾 |
5(6・22) |
○ |
24-0 |
中国※ |
▽決勝(6・24) |
○ |
8-6 |
オーストラリア※ |
(※=23歳以下)
1チームの選手編成
選手 |
10人 |
守備▽G |
1人 |
▽DF |
3人 |
攻守▽MF |
3人 |
攻撃▽AT |
3人 |
関東学生リーグ、初優勝へあと2勝
中大チームに戻った帰国後、安江副将は総勢100人を超える部員たちから質問攻めにあった。『外国人選手との違いは?』『どんなところがすごいんですか』
「みんな、良いところを取り入れたいのでしょう。G目線で分かるところは話しました。代表チームで経験したことを中大に還元するのが、自分の役割だと思っています」
先輩たちも海外遠征での体験談を後輩に伝えてきたという。ラクロス情報はホームページに数多くあっても、安江リポートは画面に表示されない貴重な情報だ。
中大勢のU22日本代表・候補選手は2015年の小湊陸、大牧功明両選手に続く6人目だった。
※
関東学生ラクロスリーグ第30回記念大会で、中大は創部以来初の準決勝「ファイナル4」へ進出した。準決勝は11月3日(祝)、早大ー中大の顔合わせで東京・駒沢オリンピック公園総合運動場第一球技場で行われる。
好敵手との交流
関東学生ラクロスリーグ戦(第30回)の開幕を8月末に控えていた。遠征先の韓国で安江選手は日本チームの選手とも交流を深めるなか、「今年の中央大学はどうなの?」と、さりげなくチーム事情を聞かれた。
リーグ戦で相手校となる仲間にしてみれば、当地で毎試合展開されるG安江選手のプレーに目を見張るものがある。中大へ向ける目に警戒色が示された。
中大の2016年シーズンは1部リーグBブロック5位(ブロックは6校構成、A・B両ブロック2位以上の4校でプレーオフを戦い、優勝を争う)。2014年に1部復帰を果たしてからは1部の常連校だ。
国歌斉唱
アジアパシフック選手権大会、試合前に全選手が国歌を斉唱した。安江選手が言う。「身が引き締まる思いがしました。日本を背負っているんだ、精いっぱいやろうと奮い立ちました」。国際大会ならでは高揚感なのだろう。
4月からは社会人
メダルやトロフィーを手に、とびきりの笑顔
安江さんは来年4月に社会人となる。「国際石油開発帝石」(INPEX)から入社内定を得た。世界二十数カ国で約70 のプロジェクトを展開する、日本最大の石油・天然ガス開発企業。
就職活動中、エンジニアリング会社に勤務するラクロス部の先輩、小湊陸さん(2016年卒)を訪ねた。エネルギーを日本へ安定供給する石油開発事業を知り、その社会的意義に大きな魅力を感じた。
先輩から後輩へ。中大ラクロス部には、一脈相通ずるものがある。