ノンストップ1時間40分の英語ミュージカル『ヘアスプレー』に集中力を高めた若い力がぎっしり詰まっていた。中央大学英語学会(ESS)は4月22日夕、多摩キャンパスCスクエアで新歓公演を行い、黒人が地位向上を目指して激しく揺れた1960年代のアメリカ社会をステージで大展開した。調和のとれたダンス、伸びやかな歌声、豊かな表情が満員観衆の心をわしづかみにした。(文中敬称略)
春暖の金曜日夜。Cスクエア中ホールは満員の人いきれで溢れていた。場内に流れる音楽は『プリティ・ウーマン』など1960年代のアメリカンポップス。オールドファンは既にスイングしている。いまを生きる学生には新しい世界に映ったか。客席には期待を膨らませた笑顔が並んでいた。
会長の阿部茉央(法3)が「この公演が皆さまへの恩返しです」とあいさつし、当初予定よりやや遅れて、ESSショーの幕が開いた。中央ステージ後方に大型スクリーンを掲げ、当時の米国社会の映像を写し出す。客席も60年代にタイムスリップしたかのようになる場内設計だ。英語のせりふは日本語字幕がスクリーンに出る。
あらすじ
パンフレット
1960年代初頭のボルティモア。音楽とダンスとおしゃれに夢中な、おチビでおデブなトレイシー。彼女は何事にも前向きで天真爛漫な女子高生♪
そんなトレイシーは大人気のテレビ番組『コーニー・コリンズ・ショー』を見ながらテレビの前で踊るのが日課だった。そして彼女の夢はこの番組のレギュラーとなって出演すること! ある日トレイシーは、同じ高校の黒人少年シーウィードとともに『コーニー~』に乱入して見事なダンスを披露。このダンスが大ウケで、なんと彼女はレギュラーの座を獲得して、一躍大スターに!!!
しかし、この番組が以前から黒人に差別的だったことが気に入らないトレイシーは、番組に対して抗議運動を起こそうと計画。家族や友人を引き連れて「人種差別反対!!」と街をデモ行進していたが、指名手配になってしまう…。はたして身柄を拘束されたトレイシーがとった行動とは…。
(パンフレットから)
舞台はボルティモア
勇気ある番組司会者、コーニー(早川裕貴)
舞台は米国東部メリーランド州ボルティモア。「音楽とダンスとおしゃれに夢中な、おチビでおデブなトレイシー。彼女は、何事にも前向きで天真爛漫な女子高生♪」(プログラムから抜粋、以下同じ)。「トレイシーは好きなテレビ番組が以前から黒人に差別的だったことが気に入らない。番組に対して『人種差別反対!』と街中をデモ行進したが、指名手配なってしまう…」
出演者は英語のせりふをジャスチャー入りでよどみなく話す。まるで日本語を話しているかのようだ。
発音指導は部内の関屋遼(総政2)、浅井一毅(総政2)、国安沙耶(総政3)、中国系留学生のハンカン(文3)らが担当した。ダンスは桜井智菜(文3)が原作を基に踊りやすいようにアレンジし、振り付けた。
全員が出演する"You can't stop the beat" のダンスシーン
ヒロインのトレーシー役は藤田果子(かこ)(経2)。おチビでおデブな役になりきるため、上着の下にライフジャケットを着込んだ。これでは踊りづらい。まして彼女は「ダンスが下手」でずいぶん苦労した。全体練習のほかにも居残りをして練習を重ねた。
2013年・ESS英語劇復活第1回公演の様子を本誌で見て、「わたしも出たい。主演をやってみたい。監督もやりたい」と夢いっぱいで入学した。
前年作品で初出演。今回は主人公を志願した。「ダンスは先輩がサポートしてくれました。少しずつ踊れるようになると楽しくなります」。目立ちたがり屋と謙虚さが同居している。無我夢中とは彼女のことをいうのだろう。部内の協力と自己研鑽で見事ヒロインを演じきった。
コンプレックスを抱える母エドナ(フランク・左) を労る娘トレイシー(藤田果子・右)
悪役べルマ役に扮したのは平田瑞穂(法2)である。保守派のテレビ局ディレクターとして、トレイシーを排除しようと暗躍する。悪役はドラマに必要なもう一人の主役とはいえ、うまく演じれば演じるほど役柄が人柄と思われる損な役回りだ。配役は度量の大きな平田に落ち着いた。「彼女ならブレない」。部内の信頼は厚い。こちらはダンスが好き。しかし劇中ではそのシーンがほとんどない。
「ドラマは見るだけと思っていました。一方ではやってみたいと思う気持ちもありまして…」。今回が初出演。出演者応募締め切り(部内インターネットで24時設定)の30分前に「送っちゃえ」とメール送信のエンターキ-をたたいた。
「自分とは全く違う人になるわけで、演技を始めたら、もう楽しくて楽しくて。出演者のなか唯一の悪役として誇りを持っていました」
劇中、頻繁にあるダンスを不満そうに腕組みしながら睨みつけるシーンが再三ある。悪役だから顔を険しくする。「私も踊りたい」気持ちをぐっと抑え続けた。
見事なダンスを披露し、番組を盛り上げるトレイシー(藤田果子)
ラストシーンは全員でダンス、ダンス、ダンス。そこに加わる平田の表情はとびきりの笑顔。抑揚が効いた演技は舞台をぎゅっと締めた。
出演者30人は役になり切り、衣装やカツラを自らの役柄に染めた。男子は当時のファッションであるタイトなジャケット、細いネクタイ姿。60年代の時代背景を調べ、遠い世界を自分たちの時代に引き寄せた。
この3カ月、練習を続けていくと、上達していくメンバーが分かる。遅れた者は自分も負けまい、ほかの出演者に迷惑はかけられないとするから練習とは思えない緊張感が漂った。
舞台裏では出演者が思う存分、練習できるよう学内施設確保に汗をかいた。Cスクエア板張り練習場。大鏡でダンスの全体像をチェックする。音響室では大きな声を出せる。部屋が取れないときは、空きスペースを有効利用した。
人種差別反対のデモを行い、希望を歌うメイベル(福田真由)
山口龍也チーフ(商3)は言う。「出演者が最大限の力を出せるよう、僕らはいい環境を作ろうとしました」。出演者はその苦労を知っているから、練習で成果を出そうと張り切る。舞台に立つ者、支える者、双方で好循環が生まれた。
実は本番直前にドラマがあった。観客数が予想を上回ったのだ。特設ステージに変えたため、用意した客席は通常より少ない160席。入場受付後すぐに満員となって、パンフレットは80部にとどめていたから足りなくなって、Cスクエア入口のコピー機へ走った。
客席の理解もあり、終わってしまえば、それも笑い話になった。「一つのことに打ち込む素晴らしさを知りました」(平田)。達成感を体験し、いまでも余韻が残る。
「人生でイチバン楽しかった。最初名前も知らなかったメンバーが、いまでは大好きと言えます」(藤田)。「ホント、みんな能動的でした」(山口)。チームの和が言葉から滲み出る。
テレビ局を牛耳るベルマ(平田瑞穂・中央)
フィナーレ。Cスクエアの出口には出演者による花道ができていた。真ん中を歩く観衆はどの顔も満足している。「ベルマ!」「トレイシー!」。劇中の名前で平田、藤田を称える声がした。
観客の笑顔に、スマイルで応える出演者。ダンスが好きで、ドラマが好きで、演出がしたくて。それぞれの理由で始めた今回初挑戦のミュージカル。演出から舞台装置まで全てを部員が手掛けた。終わったいま、苦楽をともにした56人の仲間が、何よりも好きになっている。
Hairspray キャスト・スタッフ一覧
《ドラマセクション》
チーフ |
山口龍也(商3) |
サブチーフ |
滝口紗弓(商3) |
監督・演出 |
新村翔平(経3) |
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吉田脩武(法3) |
裏方総括 |
箭内沙也香(商3) |
《メインキャスト》
トレイシー役 |
藤田果子(経2) |
リンク役 |
浅井一毅(総政2) |
ペニー役 |
国安沙耶(総政3) |
シーウィード役 |
田中健洋(法2) |
ベルマ役 |
平田瑞穂(法2) |
エドナ役 |
フランク(商2) |
ウィルバー役 |
黒田耕平(文2) |
アンバー役 |
滝口紗弓(商3) |
メイベル役 |
福田真由(商3) |
コーニー役 |
早川裕貴(商2) |
アイネス役 |
稲坂あずさ(経2) |
《エキストラ》
∇白人役 |
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スプリッツァー役 |
桑原啓(法3) |
ペニー母役 |
ハンカン(文3) |
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岡本紗奈(文2) |
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松ヶ瀬哲平(総政2) |
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桜井智菜(文3) |
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紺野萌々香(法2) |
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岡村里美(文2) |
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上原正恵(経2) |
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星野彩華(経2) |
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山田一樹(経2) |
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山口龍也(商3) |
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吉田脩武(法3) |
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新村翔平(経3) |
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箭内沙也香(商3) |
∇黒人役 |
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岡本紗奈(文2) |
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松ヶ瀬哲平(総政2) |
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桜井智菜(文3) |
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関屋遼(総政2) |
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浜野秋仁(経2) |
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出口将希(文2) |
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新井美帆(法2) |
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阿部広果(文3) |
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田中雅希(経2) |
《舞台美術》
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阿部広果(文3) |
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出口将希(文2) |
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ハンカン(文3) |
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山田一樹(経2) |
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新井美帆(法2) |
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星野彩華(経2) |
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田中雅希(経2) |
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稲坂あずさ(経2) |
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紺野萌々香(法2) |
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阿部茉央(法3) |
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上原正恵(経2) |
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岡村里美(文2) |
《調整室》
照明 |
今林賢亮(商3) |
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米倉菜摘(法2) |
音響 |
鬼怒川成仁(経3) |
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武田桃子(文2) |
字幕 |
飯森絵里香(法3) |
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廣中菜摘(法2) |
《当日スタッフ》
受付、スピーチ |
阿部茉央(法3) |
受付 |
谷本成弘(法3) |
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岡部裕樹(文3) |
会場案内 |
河合美貴子(商3) |
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道城暁子(法3) |
写真撮影 |
小宮真緒(法3) |
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柳川祥太(文2) |
■過去のESSドラマ作品
2013年春に「Nobody Famous」を上演、部史上、実に45年ぶりの復活英語劇を成功させた。13年冬「チャリーバレットの男子トイレ相談室」、14年春「Rook of Ageas」、14年冬「17again」と展開している。
■ESSドラマセクション
主に英語劇を作り上げるセクション。洋画を題材にして、スタッフ、キャスト、演出から舞台装置まで全てセクションメンバーが手掛ける。