中央大学準硬式野球部は東都大学リーグ優勝60回、全日本大学選手権制覇11回など常勝校として全国的に有名だが、部員が野菜づくりをしていることはあまり知られていない。
初代園芸部長 上野太一選手(商3)
菜園に水をまく上野選手
「あっ、なっている」
うれしそうに手を伸ばした先に、ほどよい大きさのキュウリがあった。一瞬にして、とびきりの笑顔になったのは中大準硬式野球部初代「園芸部長」、上野太一選手(商3=兵庫・報徳学園高硬式野球部主将)。
7月中旬の出来事だ。
多摩キャンパスの軟式野球場一塁側ベンチ裏に長さ80メートル、奥行き50㌢ほどの菜園を作り、キュウリ、ピーマンなどを栽培中。授業の合間にやってきた菜園で、この日、望外の喜びを見つけた。
キュウリはスーパーや八百屋で買うものと思っていたから、自ら露地栽培するのは大変だった。
苗を5月上旬に植えた。キュウリはかなりの水分を求めるようで、雨水のほか、こまめな水やりが必要。ことしは5月に早くも猛暑に見舞われた。高温乾燥は草から勢いを奪っていく。そのため、上野選手はたびたび菜園にやってきた。2本の家庭用ジョウロがフル回転する。水飲み場とキュウリ畑を後輩らとともに何往復もした。
剪定(せんてい)もする。枝が込み合い、葉が重なると病気になり、収穫量が半減する。支柱を使いツルを空へと誘引していく。害虫駆除、雑草取りも忘れてはならない。野菜づくりは根気のいる仕事だ。
その甲斐(かい)あって、定植から約2カ月経って、見事な収穫を迎えた。キュウリのほかピーマン、トマト、しろ菜と次々に穫れ、中大南平寮の食卓に並んだ。
ピーマンは細く切って豚肉と炒めた。中華料理の青椒肉絲(チンジャオロースー)。「甘いですね」。後輩のほおばる顔に「おいしい」と書いてある。普段なら肉に目が行くが、この日を境にお目当ては手づくりの野菜に変わった。
4年生に振る舞うとき、一計を案じた。スーパーで購入したピーマンと準硬ピーマンをそれぞれ調理して2皿並べた。果たしてどちらに軍配が上がるか。
「こっちがウマい」。指の先は準硬産だった。園芸部メンバーにガッツポーズが出た。中大寮のキッチンの協力を得て、しろ菜はおひたしに、キュウリは浅漬けにした。
いまではスーパーの野菜売り場で良い品物を見けると商品を裏返しにしてラベルを見る。「産地はどこだ」と気になりだした。買い物かごを下げて、野菜売り場にいるなんて!?。実家の母親が知ったら、びっくりするはずだ。
ピーマン
キュウリ
チューリップ
準硬菜園
グラジオラス
最初はチューリップ
上野選手
新たな歴史の始まりは昨年12月、池田浩二監督がチューリップの球根を持って寮にやってきた。グラウンド右翼後方に球根10個を植えてみた。
「年明け、見に行ったら咲いていました。花にそれほど興味はなかったけれど、色鮮やかなチューリップを見たらうれしくなって、みんなを呼んできました」
童謡にある♪咲いた 咲いた チューリップの花が(中略)赤、白、黄色、どの花見てもきれいだな―あの歌詞の通りで、花を見守る部員の顔も晴れやかだ。
植物の生命力を目の当たりにし、10個の球根から花が咲くのは今回5本という厳しい現実も知った。「なんにも手入れしなかったからだ...」花も素晴らしいが、野菜のほうがエネルギーになる。こうして1947年の創部以来68年目にして初めて部内に園芸部が誕生した。部長に就任した上野選手は、選手ミーティングでこう呼びかけた。
「野菜は僕がしっかり面倒みます。4年生も時々はお願いします。就職活動や面接で使えるイイ話になると思います」
しっかり面倒みると言ったものの、野菜づくりは初めてだ。準硬OBの専門家・井口康治氏(1966年卒業)に協力を求め、貸し出してもらった耕運機で土をおこした。振動が体に伝わる。野菜づくりの実感がわいてきた。肥沃な土壌をつくり、肥料を入れた。
「こんなにも時間をかけるのかとびっくりしました。種を植えたらすぐに収穫できると思っていましたので、実がなるまではホントにできるのかと水やりしながら不安でした」
ジョウロを持った単調な時間が流れていく。園芸部長は自らに“きっと”“必ず”と言い聞かせながら、水やりを続けた。
ある朝のことだ。目の前に立派な実をつけたキュウリ、ピーマンがずらりと並んでいた。キュウリは夜にぐんと大きくなるという。
「手間ひまかけてコツコツやらないと野菜はできません。いいモノもできない。自分が野菜にかけた時間が収穫物として返ってきます。結果を出すには、それなりの時間と手間がかかります」
そう言って、こう続けた。
「野球と一緒ですね」
上野選手はこれまで準レギュラー扱いだった。先発メンバーに定着したいと努力は続けてきたが、何かが足りなかったのだろう。それがいまでは練習に、さらに練習を重ね、自らに手間ひまかけて試合に臨む。「蒔かぬ種は生えぬ」。野菜づくりで実践してきたことと同じ。丹精込めれば結実すると体感した。
上野選手は思う。
いつの日か大事なゲームで大活躍して、池田監督に「上野が収穫だった」と言わせたい。
中大 2季連続 通算60回目のリーグ優勝
8月24日、文部科学大臣杯第67回全日本大学準硬式野球選手権大会決勝戦が石川県立野球場で行われ、2年連続12回目の優勝を目指した中大は延長11回の末、6-9で日大に敗れた。
大会は全国各地区の代表24校が出場し日大の優勝は12年ぶり5回目だった。その悔しさを胸に挑んだ東都大学準硬式野球秋季リーグ戦は10月13日、中大は日大に5-3で勝ち、2季連続60回目の優勝を果たした。
■リニューアル準硬HP
中大準硬式野球部のホームページ(HP)トップ画面の写真は、菜園の様子をアップで紹介している。緑豊かな野菜の写真は、空へぐんぐん伸びるジャックと豆の木(イギリス民話)の魔法の木をイメージさせる。
■プロ野球では
北海道夕張郡に農場「栗の樹ファーム」を持つ日本ハムの栗山英樹監督(54)は土いじりから植林までをこなす。野菜づくりにも精を出し、話題の二刀流・大谷翔平選手ら若手の育成について、メディアにこう語っている。「植物と同じように大切にすれば育つんだ」
■ことば
「疾風に勁草を知る」(後漢書・王覇伝)
「激しい風が吹いて はじめて丈夫な草が見分けられる。苦難にあって はじめてその人の堅さや意志の強さがわかるということ」
(大辞泉)
中大準硬式野球部・池田浩二監督の話
食べ物の大切さを分かってほしかった。食育です。野菜はどうやってできて、どうやって育てるのか。自分でやればわかります