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トップ>HAKUMON Chuo【2015年秋号】>【クローズアップ】学生プロ棋士誕生 デビュー戦は12月 8年がかりの夢叶う 高野智史さん(法4)

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クローズアップ

学生プロ棋士誕生 デビュー戦は12月
8年がかりの夢叶う 高野智史さん(法4)

 中央大学法学部4年の高野智史さんが9月5日に将棋のプロ入りを決めた。プロを目指して8年余りの末の大願成就だった。プロデビュー戦は在学中の12月だ。

学生プロ棋士 高野智史さん

 2015年9月5日、高野さんに異変が起きた。

 プロ入りが懸かる「第57回三段リーグ戦」最終日。会場の日本将棋連盟が入る東京将棋会館(東京・千駄ヶ谷)へ向かう地下鉄車内だった。

「乗車して5分ほど経ったころ、キリキリしてきて、苦しいというか。最終日の魔力とでもいうのでしょうか。奨励会に入って、一番きつかったです」

 想像以上の緊張感に襲われた。これまで緊張はしないほうだった。仲間やライバルは対局前夜になると、極度の緊張からか「眠れなかった」というが、高野さんは「あの前の夜もゆっくりしていました」。

 実力者33人による三段リーグ戦は4月4日に開幕した。5月、6月、7月、8月と月に4局ずつ指し、ここまで優位にコマを進めていた。

 半年間、真剣勝負が続いた最終日。振り返れば、棋士養成機関「奨励会」に中学2年で6級から入り、以来8年間の将棋の勉強。最近2年、計3回のプロ挑戦はあと少しのところで失敗した。今度こそ、となるか。幾つも重なった思いが体を硬くさせていたのだろう。

 2局のうち、第1局は落としたものの最終局は制した。「対局が始まったころは、もう、落ち着いていました」。昇段の可能性は直前まで7人にあった。

 混戦を抜け出して13勝5敗とし、四段(棋士)昇段。憧れていたプロ棋士となった。三段から四段への昇段条件は年2回の三段リーグ戦に出場し、上位2人までに入る。「勝負に勝ったことがうれしくて。すこし経ってから、これでプロになるんだ、と喜びが湧いてきました」

 両親と師匠の木村一基八段(42)にそれぞれ電話報告した。第一線で活躍する木村師匠には、高野さんが奨励会入りしたときから薫陶を受けている。

「僕は二段に3年9カ月いました。足踏みしている間、仲間はどんどん昇級していく。それでも師匠は優しく見守ってくれました」

 プロ合格の報告を受けた木村八段は喜び、当日夜の祝い席に急きょ駆け付けてくれた。自身も奨励会に12年在籍した苦労人である。

「師匠が入ったばかりの弟子に将棋を教えるなんて、まず、ないんです。その上、教えてくれるのが、トップ棋士の人ですから」。高野さんも胸が熱くなった。

将棋の世界へ

 将棋は5歳のころ、父親に習った。「最初は遊びですよね、そのうちだんだんとはまっていって」。日曜午前のNHK将棋番組を録画して勉強した。ときに裏番組のバラエティー『笑っていいとも! 増刊号』を見る日もあったが…。

 ある日、小学校のクラスメートと将棋を指した。雨が降り、校庭で遊べなかった。友だちは無心に将棋盤を見つめたが、高野少年は「物足りないな」と感じた。

 近くの将棋教室に行くと、同学年に強い子供が多く、ここが主戦場となった。教室仲間とは今でも交流があり、『高野がプロになったのはオレのおかげだぞ』と古くからの付き合いの気安さでプロ入りを喜んでくれる。

「奨励会6級のころ、三段の部屋を見に行きました。6級でもピリピリしていますが、三段からはもの凄い迫力を感じて」

 肌で瞬時に感じた苛烈さは昇級していく我が身の日常となる。勝てる日ばかりではない。うつむき加減の日もあった。将棋好きだった少年の心が揺れる。いまでも将棋が好きか。このまま将棋の世界で生きていくか。それとも大学へ進学するか。「年と重ねると考えることが多くなります」。悩む日々が続いた。

「大学に進んでよかったです。基礎から専門分野まで幅広く学べました。社会の仕組みも勉強できました」

 将棋は頭脳競技と言われる。知恵比べでもある。高野さんには、大学での勉強と将棋教室仲間との付き合いなどを含めた社会勉強が加わる。

 中大出身のプロ棋士は4人。米長邦雄永世棋聖(中退)、大内延介九段、横山泰明六段、石田直裕四段。

 高野四段が続いて、盤上に独自の棋風を表現していく。デビュー戦は12月。中大棋界はもとより、新たな歴史の始まりである。

<もっと知りたい へぇ~> 将棋の世界では

高野智史さん

吉本悠太さん

アマチュア竜王戦

 全国から予選を勝ち抜いた実力者が競うアマチュア将棋日本一決定戦。予選は1月から5月にかけて各都道府県で行われる。前年優勝者には出場権がある。日本留学中に将棋を覚えたハンガリーのラースロー・アブツキさん(28)が海外招待枠で参加した。全出場56選手の平均年齢は32.9歳。最年少は14歳、最年長は65歳だった。

優勝賞金50万円

 アマ竜王の賞金は50万円。「奨学金の返済にあてます」と吉本さん。アマチュア大会にも賞金は出るが、数万円が多い。プロは高額で竜王戦決勝の優勝者に4200万円、準優勝者には1550万円が贈られる。

「竜王戦」に出場

 アマ竜王にはプロと対戦する第29期「竜王戦」(10~12月)への出場権が与えられる。学生チャンピオン、アマチュア日本一の称号を得た吉本さんが腕まくりをする。アマ棋士の参加枠は5人。

電車内で

 高野さんは、多摩キャンパスまで通学に2時間半ほどかかる。電車内では「ボーっとしたり、本を読んだり」。プロ棋士の心をつかむ本は何か。ほほ笑みながら、「詰め将棋の本です。クイズみたいで解くのが楽しいですよ」

羽生善治さんの将棋

「一局面で80通りの選択肢を持ちます。それから2~3手に絞り、それから具体的に読み、こんどは省略するために大局観を持つ。“木を見て森を見ず”の逆ですね」(講演から)

将棋スイーツ

 第86期棋聖位決定五番勝負(主催・産経新聞社=7月)では、羽生善治棋聖にキャラメルムースを使用したカヌレ型のチョコレートケーキが用意された。挑戦者の豊島将之七段には天然のメープルシュガーを使ったロールケーキ。棋聖戦のためだけに作られたスイーツの人気は高く、この夏に東京・横浜の百貨店で限定販売された。

偉業達成おめでとう

遠藤秀氏(中大職員、棋道部OB)の話

「1年に4人程度しか生まれないプロ棋士と、アマチュア最強棋士がほぼ同時期に同じ大学から生まれるということは過去に類を見ないほどの偉業です。このような偉業を成し遂げた方々が出たことを嬉しく思います。高野さん、吉本さん、本当におめでとうございます!」