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トップ>HAKUMON Chuo【2014年夏号】>【Close up】子どもを貧困から救おう

HAKUMON Chuo一覧

Close up

子どもを貧困から救おう

安心して高校・大学で学べるために

高橋 遼平さん/あしなが育英会奨学生 中大3年

子ども6人のうち1人が貧困家庭で育つ。母子家庭の半分が年収120万円以下だ。
経済的理由から高校・大学進学を断念する。
負の連鎖か、その子どももさらなる教育の道を断たれてしまう。
こんな現状を改善しようと中央大学法学部3年の高橋遼平さんが立ちあがった。
あしなが育英会が主催する学生集会『STOP!子どもの貧困』の実行委員長。
以下は高橋さんの現状レポートだ。

1.わたしの体験

パレードの先頭で声をあげる高橋さん(右から3人目)

 父は、小さな建築会社の社長だった。責任感が強く、努力家であった父は、常に私の目標であった。そんな父は、私が13歳の誕生日を迎える5日前に、自殺した。自分の会社の負債を、自分の生命保険金で返済しようとして死んでしまった。しかし、自殺では保険金はおりず、母が自己破産することで借金は清算された。父の死後、母は、私と当時小学5年生であった妹のために働き詰めになった。普通の生活を続けていくことがどんなに困難なことか。私は、尊敬する父の死と母の苦労から思い知った。

2.子どもの貧困の現状

(出典)厚生労働省「国民生活基礎調査」

(注)
  1. 相対的貧困率とは、OECDの作成基準に基づき、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合を算出したものを用いて算出。
  2. 1994年の数値は兵庫県を除いたもの。
  3. 大人とは18歳以上の者、子どもとは17歳以下の者、現役世帯とは世帯主が18歳以上65歳未満の世帯をいう。
  4. 等価可処分所得金額が不詳の世帯員は除く。

ⅰ)子どもの貧困率・ひとり親の貧困率
ⅱ)所得の再分配の逆機能

 「普通の生活」から排除され、ほかの子どもに比べて、スタートラインから大きな不利を抱える子どもたちが増えている。平均的な家庭の半分以下の所得で生活している子どもたちの割合を示す「子どもの相対的貧困率」(左グラフ)は厚生労働省の2009年調査で15.7%に達し、年々上昇傾向にある。

 特に、ひとり親家庭の相対的貧困率は50.8%と先進国最悪の水準にある(2009年・厚労省調査)。ひとり親の就労率は8割超にもかかわらずである。背景には、政府の所得再分配の機能が不十分なこととひとり親に不利な就労環境がある。

3.高等教育と家族の誰かの犠牲

壇上で「STOP!子どもの貧困」を訴える高橋さん、左は下村文科大臣

 子どもの貧困は大きな教育格差をもたらし、親から子へ貧困が受け継がれる「貧困の連鎖」を生み出している。

 いま、経済的に厳しい家庭の子どもたちの進学は、家族の誰かの自己犠牲で成り立っている。

 心も身体もすり減らして、子どもたちのために身を粉にして働くお母さん、お父さん。妹や弟のために、進学をあきらめて、自分の夢をあきらめて、就職の道を選ぶお姉さん、お兄さん。

 家族の誰かのあきらめが、国際的にみても高額な大学・短大・専門学校などの授業料負担を支えている。

4.そもそも勉強どころではない

(出典)OECD(2008)“Growing Unequal? INCOME DISTRIBUTION AND POVERTY”

 子どもの貧困は経済的な問題だけではなく、そもそも大学などへの進学を目指す意欲、学力を奪ってしまう。

 勉強するためには、食事や健康、集中することのできる環境などが前提条件として必要だ。子どもの貧困は、お金がないことを起点に、子どもたちが勉強に継続的に集中して取り組む前提条件を奪う。

 1日3食の食事、自分の勉強机や学習塾など今では当たり前になったあらゆる機会から、多くの子どもたちが排除されてしまっている。

5.東京ユースミーティング

 今年1月17日に子どもの貧困対策法が施行された。7月には政府によって、この法律の理念を具体化する大綱が策定される。この大綱の内容次第で、これからの子どもの貧困対策の実効性が決まってくる。

 私たち学生は5月17日に東京・千駄ヶ谷の日本青年館で東京ユースミーティングなる学生集会を行い、全国12団体の学生を中心にユースミーティング版大綱案を取りまとめ、政府・各党の代表に発表した。

6.ユースミーティング版大綱案

 最も重要なことは、見えにくい子どもの貧困の徹底的な見える化だ。英国や米国に比べ、遅れている子どもの貧困の調査研究を強力に推進し、子どもの貧困の実態把握を徹底的に行う必要がある。

 調査された各種指標について数値目標を定め、実効性のある施策を担保しなければならない。前述した子どもの貧困率とひとり親家庭の貧困率の削減目標の設定が重要だ。

 また、現在私も当事者として参加している子どもの貧困対策に関する検討会を恒久化し、「子どもの貧困対策審議会」を設置すべきだ。

 その際、子どもたちの社会的ニーズを施策に取り込むためにも、子どもたち自身が施策の評価と検証に参加できる仕組みづくりが必要だ。

 「子どもの貧困対策基金」を設立し、国だけでなく、広く民間からも資金を集める受け皿をつくってほしい。資金繰りに窮しながらも次第に活発化してきたNPOなどによる学習支援やトワイライトステイなど地域の活動を社会全体で応援できる仕組みが大切だ。

7.子どもたちは日本の未来

 子どもたちは日本の未来だ。そして、私たち学生はいまの社会そのものだ。私たちの一つひとつの地道な実践の積み重ねが、日本の未来を守る大きな力となる。

 いま、見捨てられ、ひとりぼっちになってしまっている子どもたちがいる。日本の未来が見捨てられてしまっている現状がある。私たち学生の底力が試されているのだと思う。

高橋さんが実行委員長となって推進する「STOP!子どもの貧困」東京ユースミーティング(5月17日)では遺児高校生、社会的養護経験者、シングルマザーらが現状を訴えた。

パレードは晴天の土曜日に行われた

 シングルマザーの平均年収は223万円、シングルファザーでは同360万円。兄がヤミ金融から金を借りたために自分の人生まで変わった。低賃金で働き、過労の末に、自殺…。

 触れられたくないプライバシーをあえて公開することで、経済的理由から進学をあきらめる子どもを救いたい、貧困から脱するためには教育が必要、だれもが教育を受けられる社会になってほしいと心から叫んだ。

 聴衆はじっと聞き入り、目にハンカチを当てる人もいた。

 スピーカーが代わって、下村博文・文部科学大臣がとつとつと話していく。「私はあしなが育英会の1期生でした」。苦労した学生生活を語り、学生が声をあげる「STOP!子どもの貧困」運動に賛意を示した。

 学生たちはこの後、会場の東京・千駄ヶ谷の日本青年館から外苑前―表参道―明治神宮前、神宮通公園へパレードした。近くの神宮球場からは東京六大学野球リーグ戦の歓声が聞こえる。高橋さんらはその声に負けまいと「子どもを貧困から救おう」と大きな声で呼びかけていた。

 作家の赤川次郎さんが、岩波書店のPR誌『図書』にこう書いている。

 「今、日本は弱者に対して恐ろしいほど酷薄な社会になってしまった。特に『こどもの貧困』や、母子家庭の半分が年収120万円以下という状況は、とても文明国とは言えない。(中略)学校給食だけが一日の中のまともな食事、という貧しさの中で、子供はどんな将来の夢が持てるだろう?」

[もっと知りたい]あしなが育英会の支援活動

■制定への動き
あしなが育英会の大学・専門学校奨学生は、2009年12月開催の「遺児と母親の全国大会」から毎年「子どもの貧困対策法」の制定を訴えてきた。

■寮費1万円
朝夕食付きで寮費月額1万円。生活保護家庭の遺児にも大学進学ができるよう支援している。運営する学生寮は東京・日野市と神戸市の2カ所。

■大学生1530人に
奨学金の貸与は2014年度、高校・高校専門学校生に3750人、大学生に1530人、専修・各種学校生370人、大学院生27人の計5677人に対し、23億6850万円の見込みとなっている。

■貸与月額4万円
大学奨学生(短期大学も含む)には月額4万円の貸与。大学院生には同8万円。