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トップ>HAKUMON Chuo【2014年秋号】>【特別寄稿】おもてなし考 中央大学法学部 法学博士 山内惟介教授

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特別寄稿

おもてなし考

中央大学法学部 法学博士 山内惟介教授

 郷里、愛媛県にも深く関わる四国遍路道でのお接待慣行はどこまで知られているのだろうか。お接待とは、現代の接待と異なり、歩き遍路に対し地元住民が食べ物や賽銭を差し出す無償の行為であり、遍路はお接待を断ってはならない。古来、何十日もかけて移動する歩き遍路には格別にありがたみが感じられる風習である。お接待がおもてなしの好例としてしばしば取り上げられてきたのは、無償と想定外という視点がおもてなしの構成要素だからであろう。

 対価の有無により無償かどうかの判定は容易であるが、事前にそうした情報に接していたか否かに応じて、想定内か否かの判断には個人差があり得る。お接待が繰り返し喧伝されることで、いつどこでお接待を受けられるかの具体的情報はなくても、予測というかたちでこれが想定内の行為へと転換する場合がある。予測がお接待に対する期待へ、さらには要求へと高まることもあろう。また多くの社会に共通する互酬慣行の下では、無償行為がお返し(礼状を含む)、お土産などの形を採った有償行為へと転換する余地がある。金銭的等価性に代えて、心理的等価性が重視されることもあろう。この種の行為が一定の規模に達すると、ビジネスチャンスが生まれる。ある行為がおもてなしとみられるか、ビジネスに属するかの限界は需給関係に依存し、個人差もあって、一概には論じ得ない。

 大学教育の場でも、どこまでがおもてなしの精神に基づく無償の愛の発露であるのか、どこからが教育ビジネスに属するのかという点は、個別的事例に即して考えるほかはない。筆者は、毎年度1時限担当の複数の授業において毎回50分早く教室に赴き、学生との対話を試みている。給与支給対象時間外に行われるこの活動には、当日の授業内容に関する情報や知識の提供のほか、オフィスアワーで取り上げられるような一般的な事柄もある。授業は定刻の9時20分に開始されなければならないと思う者にとって、この種の活動は想定外の不適切な行為と思われよう。現に、例年の授業評価アンケートでもそうした指摘が繰り返されている。しかし、教育の質保証が叫ばれ、就職活動等において、学生が何をなし得るか、どのようになし得るかが具体的な教育成果として現れるよう、日々の努力が求められる大学の立場からみると、授業の実施にあたっても種々の工夫が凝らされねばならない。学生ひとりひとりの知識や能力の向上だけでなく、集団(チームプレー)としての能力の開発や上達が自他ともに実感できるようにするためには、学生同士が集団活動を行う機会を授業時間の内でも外でも意識的に確保する必要がある。この50分間は履修者がそうした話し合いを含む共通体験を得る最適の場となっている。毎時間8時半には着席し、多くの質問を寄せる一定数の意欲的な学生はこの時間帯を有効に活用し、大きな学修成果を挙げている。筆者は、この50分間の活用を正当化するにあたり、「プロ野球の選手やオーケストラの演奏者が試合やコンサートの開始直前に競技場やホールに行けばよいということは常識では考えられない。本番で料金に見合うだけの最高のパフォーマンスを示そうとすれば、それなりの事前準備が必要となる」と説明してきた。卒業後のライフスタイルを考えれば、民間企業でも官庁でも、定刻に職場にいればよいという者はおそらく社会人として成功しないことであろう。卒業後の生活を円滑に進めようとすれば、在学中から実社会における行動パターンを理解し、無理なく職場に適応できるよう、平素から自立した生活を送る(仕事を待つのではなく、自分から仕事を獲りに行く)積極性が必要となろう。

 授業に先行する50分間の活用に限らず、「学修の基本的な技法について」と題した60頁にも及ぶ分厚い学修作法マニュアルの無償提供、ゼミ生全員に対する恒常的な個別レポート添削等を含め、筆者が独自の工夫に基づいて提供する教育商品には、他では得られない特性が多く含まれている。学生は、履修科目の選定、特に進路にも影響する専門演習等の選択をめぐって、いずれを優先するかを考えざるを得ない立場にあるが、筆者の担当科目がマニアックな学生の関心を集めるだけでしかないのもひとつの厳しい現実である。しかし、そのこと自体に意味はない。また、普通の学生にとって想定外かつ無償で提供されるこの種の教育活動が、ひとつのビジネスモデルとして捉えられるのか、それとも、おもてなしに属するのかという点も瑣末なことでしかない。重要なのは、本学の教育を支える多くの教員がそれぞれの視点から行う各種の野心的な試みの累積を通じて、本学が提供する教育の質をさらに一層高め、組織力を強化し、それによって、学生の満足度をより高めることであろう。おもてなしに関する寄稿を求める編集部の依頼に応えたこの小稿が、本学のFD活動を活性化させる上でひとつの実践的契機となれば幸いである。

中央大学法学部 法学博士 山内惟介教授
アレクサンダー・フォン・フンボルト財団学術賞受賞(2007年1月、日本人8人目、中央大学初)、ミュンスター大学名誉法学博士号授与(2012年11月、日本人初)
≪編集部から≫

エーラース教授を囲んで、左に只木教授(日本比較法研究所所長)、右に山内教授

 山内教授は国際私法・国際取引法・比較法・国際法を専門とする第一人者として知られている一方、「おもてなしの先生」としても有名だ。

 中央大学がドイツのミュンスター大学法学博士のディルク・エーラース教授に名誉博士学位を贈呈した5月の祝賀会(多摩キャンパス)で、そのおもてなしが話題になった。

 本学日本比較法研究所の招聘(しょうへい)により来日し、中大宿泊施設に入ったドイツの教授らに対して、山内教授と夫人は遠来のゲストが到着後すぐに買い物に出なくてもいいように、花瓶入りの花や小道具などで歓迎の意を表しながら、飲料水や食材(パン、バター、チーズ、ハム、果物など)を毎回、私費で準備した。ドイツ側がこれに感激し、今度は中大からドイツ入りする人たちを同じように歓迎した。

 学術分野のほか、こうした「おもてなし」が交流を深めていった。その先駆者が山内教授だった。