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トップ>HAKUMON Chuo【2013年冬号】>【講演会 】個性を活かして生きようよ富士重工業 吉永泰之社長

Hakumonちゅうおう一覧

【講演会】

「個性を活かして生きようよ」
世界シェア1%の事業が長く愛されるために

富士重工業 吉永泰之社長

学生記者 佐武祥子(法学部4年)

『スバル』の名前で世界的に親しまれている自動車メーカー、富士重工業の吉永泰之社長(59)が10月9日、中央大学多摩キャンパスで講演した。同社の目指すところ「個性を活かして生きようよ」と題する講演会の会場は超満員で聴衆は1100人を超した。

 社団法人・自動車工業会と中大の共催で行われた講演会は、自動車産業のトップが学生に車の未来・環境などを語りかける「大学キャンパス出張授業」と位置付けられている。

 会場の8号館8304号室で、吉永社長は大きな拍手で迎えられた。

 入社後半年間は工場実習をしたという。車体にエンジンを据えるなど自動車の組み立て作業だ。

 「従業員はラインに配置されます。2日目なら慣れるのに、毎日違うラインでしたから大変でした」

 10月に配属が決まった。同期が人事、経理へ行く中、生産部管理課へ。フォークリフトに乗って工場内各所に部品を運び、調達などを管理する地味な仕事だ。しかし、ここでの2年間がのちに大きな財産となったと力説した。

 「今、東京本社のデスクにいても、現場の機械が壊れて焦る気持ち、部品納入がされないときに焦った気持ちが分かりますね」

 2年後、福岡へ転勤となり、今度は車のセールスをした。新規開拓で車を売る。

 「セールスは他社のあらゆる職場に行ける」と、この仕事に面白さを見つけ、「せっかくだから、いろいろ行ってみよう」とバス会社や証券会社、農家など数多くの営業所・個人宅を回った。

 工場勤務とセールス経験で、明るく前向きに仕事に取り組めば、道は開けることを学んだ。

ポルシェとスバル

超満員の会場。次々に吉永社長へ質問の手が挙がる

 富士重工業は多くの自動車メーカーの中で「個性を活かして生きる、生き残る」ことを目指し、「お客様第一を基軸に存在感と魅力ある企業」を標榜する。生産・販売台数が他社より少なくても、『スバル』が市場で大きな存在感を示す、顧客にとって魅力ある企業であり続けることを追求する。

 同社にはいま、大きな3つの事業部門がある。①スバルの自動車部門②航空宇宙カンパニー(飛行機や練習機、無人ヘリなど)③産業機器カンパニー(発電機や汎用エンジンなど)。

 もともとは飛行機を製作していた。「中島飛行機製作所」。飛行機のエンジン技術を自動車に生かした水平対向エンジンが、スバルに使われている。

 左右対称、バランスが良いのが特徴で「このエンジンを使っているのはポルシェとうちだけです」と笑顔を見せた。航空機メーカーとして、モノの本質への追求が新たな領域を切り開いていく。

 自動車業界は世界視野で見れば、新興国を中心に伸びる成長産業だ。大手メーカーは大量に生産する分、部品を大量に安く仕入れ、安く売ろうとする。

8304号室外では車を展示

 新興国では安い車が売れる。しかし、生産・販売台数が他社比で少ないスバルは、その戦略がとれない。吉永社長は現在の世界シェア1%であり続ける戦略をとった。

 風力発電、ごみ収集車の事業を売却した。軽自動車の開発生産からは、世界市場で成長が見込めないとして、撤退した。

 その分、小型車に集中し、製造ラインを増やした。飛行機メーカーとしてのDNAを最大限に生かし、「安心と愉しさを提供する」という自社の強さをアピールした。

 厳しい社内の安全基準は、運転支援システム、ぶつからない技術「EyeSight(アイサイト)」を生み出した。

 スバルは「fun to drive なHV(ハイブリット)」を掲げる。乗る人が愉しくて、HVで燃費が良い車。

 経営資源の「選択と集中を図り、お客様から見て魅力ある商品へと差別化し、付加価値をつけていきました」

 結果として、ことしは最高益を更新したという。

 吉永社長は「自分たちでは社の強いところを当たり前と思うから、そこに気付かない」という。社内ではコストが高い、生産・販売台数が少ないと欠点や課題は言えても、「安全、壊れない」という自社の特徴・強さを発見し、再認識するまでに時間がかかった。

 「何が財産か? 何が伸びるか?」今は分からなくてもふと気がつくときがある。

 吉永社長は好きな言葉に「百花繚乱」を紹介した。「SMAPの歌ではないが、みんな違う花で、それでいいじゃないか」。個性を活かして良い社会を目指そうと訴えた。

 大学キャンパス出張授業は、富士重工―中大のほか、日産―大妻女子大、ホンダ―京大、ダイハツ―京都産大、日産―女子美大、マツダ―東大、スズキ―同志社大、トヨタ―明大、三菱―早稲田大で行われた。

吉永泰之氏 1954年生まれ。

1977年、富士重工業に入社。2006年、執行役員戦略本部長、2011年6月、代表取締役社長に就任。

証券営業をする私に喝

講演を聴いて

学生記者

 「セールスはあらゆる所に行けるから楽しい」。私はこの言葉に励まされた。

 来年3月に中央大学を卒業し、春からは証券営業として働く。証券営業は大変だ、ノルマが厳しい、新規開拓は体力が必要だといった、いろいろな声を聞き、正直そこで生き残れるのか不安があった。

 しかし、吉永社長は「どうせやる仕事」に自分なりの面白みや愉しさを見つけた。

 私が証券営業を希望したのは、さまざまな経験をされてきたお客様の話を聞きたいと思ったからだ。「多くのお客様に会いたいし、話を聞きたい」吉永社長の方針を忘れずに4月から頑張ろう。

 営業として売上を数字で出していかなければならないであろうが、講演を聴いてノルマのようなものとは別に、自分のモチベーションを高める原動力が必要だと感じた。

 質疑応答では「誰が使うかを考えよう。売る営業ではなく、お客様が買いたくなる営業が良い」と言っていた。これも私の不安を和らげた。 内定式の後、どうやったら売り込めるのか考えてきた。自分の個性・強みがはっきりと分からないものの、無理やり売るのは私には向いていないと思っていた。

 私にできるのは人の気持ちを汲み取り、何らかの働きかけをしていくことである。この講演会で、お客様の話をとことん聞く営業もありなのではないか、と感じた。

 明るく前向きに、私は私なりの営業をして、社会に貢献したい。心からそう思える講演会だった。 (佐武祥子)

緩和と緊張 2つの顔を見た

交流会を取材して

学生記者 渡辺紗希(法学部4年)

 講演会に先駆けて、中央大学の学生との「交流会」があった。

 吉永社長が入室される20分ほど前から、学生たちはそわそわしていた。自動車メーカーのトップと直に話ができる。緊張と期待が交錯した。出席したのは、ゼミ生、自動車部員、大学院生ら10人だ。

 ドアが開かれて、吉永社長が現れた。夏空によく合う明るい色のジャケット、ノーネクタイの服装を見て学生はホッとした。周囲のダークスーツ、ネクタイ姿とは明らかに雰囲気が違っていたからだ。

 入室後まず行ったのは、ぶつからない車「アイサイト」のミニカーの実演だ。赤い小さな車は障害物の直前、自動で停止した。初めて見た学生が声を出して驚くと、社長はわくわくした表情に変わる。「まだあるんですよ。前の車について行きます」と自ら実演した。

人生が変わる会社

 関心の高い「アイサイト」について、その研究は20年間も続き、採用決定は2010年3月だった。採用まで17年間、地味な研究・開発を続けてきた社員の努力と、開発をつぶさなかった会社を「すごいですよね。根底には事故を減らしたいとの気持ちがあります」と熱い思いを語った。

 研究が結実し、社会に貢献した今、社員たちは「人生が変わりました」と感激した。経営者として、やりがいを感じる瞬間と話してくれた。さらに理想とするリーダー像について、心に火を点けられる人を挙げる。「社長になって、企業が明るくなったといわれると、うれしいですね」

 来春社会人になる4年生へアドバイスを求めると、「明るく前向きな姿勢」と「蓄積の重要性」を強調した。そのときは気づかなくても、3~5年後に分かることがある。いつか役に立つことがあるという。何事にも明るく前向きに取り組むことが大切と重ねて言った。

 自動車好きの自動車部からは、若者の自動車離れについて質問が出た。よく耳にするが、海外では事情が異なるそうだ。吉永社長は「面白いテーマ」と述べて、こう話した。

 「スバルはいわばとんがった車、個性的であるため若者から多くの支持を受けている」

 「日本の若者が車に興味がないとしたら、自動車メーカーが、若者に近づくのが良い。メーカーの努力が欠けてきたのかなと思っています」

 交流会終盤、関係者から「講演会場が学生でいっぱいで、第2会場が準備されました」との情報が入った。第2会場の学生は、音声が流れるだけで話を直接聞けないと知って、「2部屋走って、あいさつだけでもします」と意気込んで席を立った。

 アッという間の30分だった。学生たちは吉永社長の魅力的な笑顔とリアクションに惹きつけられ、話に聞き入った。

 社長が講演会場へ移動した後、参加した学生からは「思っていたような堅苦しい雰囲気ではなくて面白かったね」と笑顔がこぼれた。

 しかし講演会後、自動車を担当する報道各社の記者に囲まれた吉永社長は、一転して厳しい顔だった。発するひと言ひと言が業界や株価に影響を与えるという。

 企業のトップの現実を見たようだ。