「気持ちいいっ」。地元静岡で行われたレース後のインタビューでも、晴れ晴れとした顔だった。心底からの思いがストレートな表現になる。
コーナーを抜けて直線に入るとストライドがさらに伸びて行く。一歩一歩がテンポよく、他を寄せ付けない力強い走りだ。自己ベストを0秒24上回った。会心のレース展開に「殻を破れたかな」と自信を深めた瞬間でもあった。
静岡・藤枝明誠高出身。スタンドには友人・知人らが詰め掛けていた。「みなさんに見てもらえてよかったです」
テレビ取材を受ける飯塚選手、最近は取材が増えている
悔しい思いをしていた。100mで10秒01の日本歴代2位記録を持つ17歳の高校生、桐生祥秀選手(京都・洛南高)が忘れられない。同じ織田記念陸上(4月29日、広島)で走り、学生ランナーは10秒25の自己ベストを出しながら脇に置かれた。「高校生にはボロ負けしていますから」
日本選手権では勝負強さを印象づけた。自身は世界陸上への出場条件をタイムで満たしている。日本陸連が独自に定めた「派遣記録」―世界陸上決勝に出場できるタイムや記録―男子200mは20秒29。国際陸連設定のA標準記録20秒52より厳しい。静岡での20秒21は文句なしの世界切符獲得だ。
日本選手権決勝では完走すれば出場権を得られる。「足元をすくわれないよう、しっかり準備しました」。気合いの入ったレースは、5位までがA標準突破の高レベル、それをぶっちぎりで制した。「本物です」と声高に解説したのは、NHKテレビ解説の山崎一彦日本陸連強化副委員長だ。
五輪学習
五輪初出場のロンドン大会では、「貴重な経験」をバッグにいっぱい詰めて帰ってきた。「大事なのは技術よりパワーだと感じ、シーズンオフには週の半分、筋力トレーニングをしていました」
世界選手権メンバー入りを決めた走り(写真提供=中大スポーツ新聞部)
五輪男子400mリレーで、アンカー勝負した世界チャンピオン、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)のように速く走るにはパワーが必要だ。
精神面でも学んだ。「僕は緊張しまくったほうがいい。冷静に冷静にと走ったこともありますが、振り返ると世界ジュニアでも緊張していた。熱くなってアドレナリンを出し尽くします」
目を見開き、血液がどくどく流れ、心臓がフル活動。鍛えた185cm、77kgの体のすべての部位が躍動し、青春の汗が飛び散るときだ。2010年7月、世界ジュニア200mをアジア人として初制覇。曲折を経てレース直前の心構えが分かってきた。
競技場を後にすると好青年に戻る。東京都が推進する「2020年東京オリンピック・パラリンピック招致における連携協定締結式」(都庁)にアスリート代表の一人として招かれた。
中大主催の「陸上教室」では子どもたちにスタート練習を分かりやすく教え、学生の対校選手権大会(関東インカレ)でレースに出ないときは部員と一緒になってスタンドに陣取り、肩を組んで声援する。
学生最後のハイライト、世界陸上は「静岡と同じタイムの20秒21で走るのが目標です」と会心レースの再現を狙う。“夢”との表現で終わっていた19秒台も現実味を帯びてくる。
高校時代の恩師、佐藤常保さん(静岡陸上競技協会評議員、中部陸上競技協会副会長)が静かに話す。
「性格もいいし、着実に伸びている。世界の舞台、200m決勝に黄色人種が一人入ってもおかしくはない」
アフリカ系黒人選手が決勝のレーンに並ぶなか、中大を超えて日本やアジアを超えて、期待を込めて教え子を黄色人種と表現する。
世界陸上モスクワ大会・男子200m決勝は8月17日(土曜)スタート。世界記録保持者のボルト(19秒19)に真っ向勝負する。
■男子200m・日本歴代3人
- ①20:03
- 末続慎吾(ミズノ) 2003年 6月7日
- ②20:16
- 伊東浩司(富士通) 1998年10月2日
- ③20:21
- 飯塚翔太(中大) 2013年 5月3日