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トップ>HAKUMON Chuo【2013年春号】>【塾先生奮闘記】アグリーを探せ

Hakumonちゅうおう一覧

塾先生奮闘記

アグリーを探せ

 塾講師なって最初に担当したクラスが1Bだった。アルバイト先は個人経営のひっそりとした集団塾で、小学生数人と中学生の各学年AとB両クラスを講師3人が担当している。

 1Bはよく言うと、ほぼ全員が非常に活発。言い方を変えるとサファリパークのようだ。教室に入ると、いすに座っているのが2人、いすに立っているのが1人、机の上が3人、床に寝ころんでいるのが1人。残る1人は見当たらない。私はカーテンの異常なふくらみに目をやりため息をついた。

なめられた

 塾で唯一のバイト講師であり女性講師。小柄で童顔。年齢はほかの先生に比べて格段に生徒と近い。なめられる条件としてはピカイチの優良物件である。

 おまけに1Bはつい先月までランドセルを背負った6年生。それを、ついこの間まで高校生だった私が教える。どっちも不恰好で、うまくいかない。

 毎日苦戦していた。授業を全く聞いてくれない。こっぴどくガミガミ言うとやっとこさ前を向くが、目が死んでいる。何も聞いていない。これでは何を教えても意味がない。そして数分経つとまた騒ぎ出す。

 男の子は、私より背が高く、そして力があった。がむしゃらに怒ったって、怖くはないことぐらい分かっていた。でも怒るほか術がない、と思っていた。

 「すてない・たべない・なくさない」彼らに渡すプリントの上には毎回必ずこれを書いた。さもなければ渡した紙類は①鞄の中で宝の地図みたいにシワシワになる②変に折れ曲がって化石となる③魔法としか思えないくらい瞬時に跡形もなく消える―このいずれかをたどることになる。

 冒険家と発掘家と魔術師を、一度に8人も受け持つことになって、ただただ途方に暮れていた。

 授業が終わると、なんとかしなければと思い、事務作業をしながら他の先生の授業を聞いた。楽しそうな笑い声が聞こえた。悔しかった。羨ましかった。「なんで?」。さぼっているつもりはなかった。なめられるのは覚悟の上だった。だから、他の先生の2倍3倍、準備に力を入れていた。

 でも事前準備なんて、この子たちを前にするとあっさり崩れ落ちる。「なんで? 私はちゃんと、やっているのに」思い通りにならない生徒に、思い通りにできない自分に、イラついて怒ってばかりいた。教室の空気が重い。

 ほかの先生のクラスに響く笑い声が、私の教室では聞こえなかった。授業も下手だし、怒ってばかりだし、嫌われているんだ、きっと。いつも勝手にすねていた。

注目のホワイトボード

 もう、やめてしまおうか。そんなふうに、すっかりむくれた夏前のある日、ホワイトボードに赤いマーカーで挑戦状が書かれていた。

 「アグリーを探せ!!」

 アグリーと言うのは、「賛成」の「agree」である。何かのテキストに書かれていて意味を教えたのだが、響きが面白かったのか生徒たちがそのときから何かと、「アグリー!」と叫ぶようになった。

 「いい、わかった?」「アグリー!!!」
 「じゃあ次説明するからね」「アグリィィー!!!」
 「be動詞っていうのはまず…」「アグリィィィィィー!!!!」といった具合である。

● ● ●

 「何これ??」
 ホワイトボードを見つめ、生徒に向き直って言った。
 「先生!アグリーが隠してあんの!探して!」
 「え?」

 宝探しの要領である。さすが冒険家。まず手に取った出席ボードを裏返しにしてみた。見つけた、紙切れにガタガタ文字で「agre」と書いてある。「e」が一つ足りない。
 「みっけー。あと何個?」
 「くそぉぉ!あと7つ!!」

 あぁ、一人一つ隠したのか。冒険家だけが残念そうな顔して、あとのみんなはなんだか緊張したような様子である。しかしどこに隠したかは視線で大体見当がついた。「ここでしょーあと…ここと……」

 あと一つ。ここか。窓の淵。ほらやっぱり。紙の切れ端が細かく折りたたまれている。

 「はいラストみっけたー」

 しかし、開いてみるとそこにはガタガタ文字で『はずれーん』
 「うわ!はずれかよ!!!」
 あっさり引っかかった私を、みんなが笑った。私もつられて笑ってしまった。

 ああ、また制御できなくなる。咄嗟にそう思いもした。でもなんだか、みんなで笑っているのは心地よかった。

 バカにされている、そう言われたらそれで片付いてしまうと思う。でも、この日、紙切れのほかに大事なことを見つけた。

 準備はきちんとやっていた。けれども関わろうとしていなかった。ものを伝えるためには、そのプロセスよりも、伝えるための人間関係を、構築することこそ大切なのだと思う。

 それなのに、伝えなきゃ、教えなきゃ、気持ちばかりが焦って、いつも一方通行だった。ちゃんとやっているつもりで、大事なことが、ちゃんとできていなかった。

 本当はみんなと仲よくなりたかった。生徒たちも同じ気持ちだったのかもしれない。「もっと話そう、伝えるために、まずは仲よくしなくちゃ」

 8つ目の「アグリー」がどこに隠してあったのか、知らないままだ。あれから1Bはちょっとずつまとまって、彼らは成績に苦戦しながらも2Bになり、この春ついに3Bになった。

 ことしは就職活動をしながら、3Bの受験を引っ張る。お互いに困難は多い。けれども9人みんなで、笑って頑張っていく。

文&イラスト 学生記者 関いづみ(文学部3年)