巨人・沢村先輩との投げ合い、来年５月１９日の交流戦か

有力選手が集う北海高入学時、軟式野球出身は部員２０人中３人だった。ほかはリトルリーグ野球などでプロ野球に近い硬式球を握っていた。“後発３人組”の中央大学法学部４年の鍵谷陽平投手が７年後にプロ入りを果たした。プロ野球ドラフト（新人選択）会議が１０月２５日夕に都内のホテルで開かれ、同投手がことしのパ・リーグ優勝チーム、北海道日本ハムに３位指名された。中大多摩キャンパスＣスクエアに設けられた記者会見場では、中大・秋田秀幸監督らと会場客席最前列に座り“運命の時”を待っていた。

指名受けるまで１時間１８分

　２０１２年のドラフト会議は、今季限りで現役を退いた金本知憲選手（阪神）の言葉で幕を開けた。

　「多くのプロ野球選手の誕生を、心より歓迎します。大きな志を持って、プロ野球界に飛び込んできてください」

　阪神の鉄人がスクリーンに映し出される。中大Ｃスクエアでは紺のジャケットに身を包んだ鍵谷投手が１５人ものカメラマンに囲まれ、吉報を待っていた。開会の言葉からずっとピクリとも動かない。握りこぶしは、時々滴る汗を拭く程度で、あとはおとなしく両ひざに置き、座っていた。

　力が入っているのだろう、ジャケットが背もたれにのしかかり皺をつくっていた。ギラギラと光るカメラの目、取材記者の目、野球部員の目、一般学生の目…みんなが鍵谷投手を見つめていた。

　午後５時。ドラフト抽選が都内のホテルで始まった。「ソフトバンク　東浜巨」（東洋大投手）「阪神　藤浪晋太郎」（　大阪桐蔭高投手）「中日　福谷浩司」（慶大投手）「日本ハム　大谷翔平」（　岩手・花巻東高投手）「巨人　菅野智之」（東海大投手）…。各球団の監督らが次々と大物選手を指名していく。

　アマチュア球界で切磋琢磨した仲間がプロ入りを決めていく中、鍵谷投手の名前は呼ばれない。スクリーンのテレビ中継は１巡目で終わった。同５時２３分。「石原都知事が辞職、新党結成　衆院選出馬へ」「園遊会にロンドン五輪代表の吉田沙保里（レスリング）、松本薫（柔道）両選手が出席」といった一般ニュースの後、画面はインターネットの速報サイトに変わる。

　握りこぶしは、もう、おとなしくはしていなかった。膝の上でパタパタと動き、閉じたり開いたりを繰り返す。その後ろで、野球部マネージャーと後輩たちが頭を寄せ、小さなパソコン画面を祈るように見つめる。

　指名が気になるＣスクエア。ざわつく中で音もなく更新だけが繰り返された。心を表わすジリジリという音が、会場から聞こえてきそうだった。２巡目は同６時１７分に終了。ドラフト会議は３巡目に入った。

　同６時１８分、Ｃスクエアの片隅で後輩たちの歓声が上がった。手元のパソコンを見て、「あった！」「日本ハムだ！」。スクリーン画面がすぐに追いかける。日本ハム３位指名欄に「鍵谷陽平　中大投手」の名前が刻まれた。

　会場が拍手で喜んだ。会議開始から長かった１時間１８分を経て、地元北海道の球団、夢のプロ野球入りが決まった。

　鳴りやまない拍手と歓声の中、鍵谷投手は最前列から振り返り、会場に大きく一礼をした。上げた顔は、こわばっていた。クジャクが羽を広げる時のような、大きく息を吸ったまま、そのまま吐けなくなったような、全身が今、奮い立ったような、そんな、表情だった。

　「指名がかかるまで時間があったのでドキドキしていました。今はホッとしています。すごく光栄です。これまで自由にさせてもらった両親に感謝します」　決定した瞬間の気持ちを話すと記者からプロ入り後の質問が待っていた。

　「背番号は何番でもいいです（３０番に決定）。先発でも、抑えでもいい、任せられたところで、しっかりと仕事がしたいです」

　取材陣への質問に一つ一つ丁寧に答える。答える声は落ち着いていたが、掴み取ったチャンスに、食らいつくような勢いがあった。首筋にびっしょりと汗をかき、ジャケットの背中には、背もたれでつけた皺が残っていた。

　「飛び込む」という言葉は、どこか必死さを帯びている。同じはなむけの言葉である「羽ばたく」や「歩み出す」よりも、いっそう鋭くまっすぐで、一生懸命な響きがある。

　これから始まる新しい生活に、苦難や障害はつきものであろう。どうかそれを恐れずに、まっすぐに飛び込んでいってほしい。

（学生記者　関いづみ＝文学部２年）