トップ>HAKUMON Chuo【2012年夏号】>【ロンドン五輪ワイド特集 出場記念&メダル獲得祈念】~現役学生の陸上代表は48年ぶり 五輪を生んだ高校からの一貫指導~
飯塚翔太選手(法学部3年=藤枝明誠高、静岡県出身)
舘野哲也選手(商学部3年=東京・郁文館夢学園高、茨城県出身)
ロンドン五輪陸上競技の代表に6月11日、中央大学の飯塚翔太選手(法学部3年=藤枝明誠高、静岡県出身)、 舘野哲也選手(商学部3年=東京・郁文館夢学園高、茨城県出身)の2人が決まった。
現役学生の陸上五輪代表は1964年東京大会以来48年ぶりの快挙。2人の喜びようを伝えるとともに、 小栗忠・陸上競技部監督に彼らの長所、出場種目の見どころなどを聞いた。五輪観戦ガイドでもある。
大阪から小栗監督に「代表入り2人」のうれしいニュースが入った。10日まで大阪で日本選手権が開催され、この日は代表選手を選ぶ理事会だった。五輪で飯塚選手は200mとリレーに、舘野選手は400m障害に出場予定だ。
小栗監督は、2人同時に急いでメールを打った。
「決まりました。おめでとう」
飯塚選手は100m4位、200m2位。舘野選手は400m障害3位。
レース内容と実績から五輪代表は確実視されていて、決定の確定がほしかった。2人は電話で「ありがとうございます」と短い言葉に思いを込めた。大学東豊田寮に戻り、朗報を待っていた。
電話のあと、連絡が取れない。話し中。ずっと話し中。五輪の知らせが2人を急に忙しくさせた。ナマの声で喜びを分かち合っていた。
飯塚選手は昨季の日本インカレ200m優勝。今季は関東100mを制した。2010年世界ジュニア選手権200mで、日本人初の金メダルを獲得して、将来を有望視されていた。
母校・藤枝明誠高の指導者、佐藤常保先生は中大との交流が深く、浜松出身の小栗監督の恩師とは古くからの知り合いだ。強化・指導方針は小栗監督にそのまま伝えられる。高校から大学への一貫指導。正しい道をまっすぐに歩く。
スポーツ界には“船頭多くして船山に上る“との言葉が消えない。一家言もった指導者がそれぞれ独自の経験則をあれこれ教えるため、選手が悩みもがく、悪しき例が多くみられる。こうしたなか、中大の一貫指導は際立つシステムだ。
舘野選手は5月の関東学生対校選手権400m障害で2位。混成競技に挑んだ高1では歴代2位。高2で歴代1位に輝く抜群の運動能力を見せつけた。混成競技とは「キング オブ アスリート」と称賛される十種競技の中から2種目を除いて高校生仕様にしたものだ(100m、走幅跳、砲丸投げ、400m、110m障害、走高跳、やり投げ、1500m)。
その高校時代の指導者も、中大との関係が深い。五輪選手は一日にして成らず。連携プレーの勝利である。
世界のトップと勝負だ! 飯塚選手
記録はまだ伸びる! 舘野選手
▽ 飯塚翔太選手(200m)
注目は後半の伸びです。100mは60m過ぎから、200mでは120〜180mの走りが彼の素晴らしいところ。
日本人選手はスタートよく飛び出し、周囲を喜ばせますが、その後ばててしまうレースが多かった。
彼はスタートで失敗しても慌てない、後半に追い上げる。練習から100m、200mをトータルで考えています。ゴール前1ミリでも先に行っていれば勝てる。高校時代からリラックスして走る練習を積んできました。
力みはよくない結果をもたらします。1本走るたびに力まないように、力を入れないようにしてきました。いまは、慌てません。精神力が強くなっています。
185cmの大型選手です。トップスピードに入るとコーナーを曲がれないことにもなります。200mではレーンが6〜8がいい。コーナーが緩やかです。ここも注目してください。日本選手権200m決勝2位は8レーンからのスタートでした。
▽ 舘野哲也選手(400m障害)
顔がいかつく、気持ちが強い半面、器用な男です。400m障害はハードル10台を越えていく。ハードルとハードルの間はだいたい14歩で走る。それが15歩になることがある。
リズムを崩した、と慌てる選手が多い中、彼は15歩でも平気。次に14歩を取り戻す。交互に歩数をかえられる。しかも両足のどちらでもハードルを越えられる。器用というのはここです。
ピンチになっても跳ね返す技術と強い精神力。いいリズムで、満遍なく走る。14歩? 15歩? 右足? 左足? 歩数やどちらの足で越えていくか。見てほしいポイントです。