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トップ>Hakumonちゅうおう【2011年冬季号】>【特別講演】「新聞業界40年 メディアの舞台裏」 熊坂 隆光 産経新聞社代表取締役社長(本学OB)

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【特別講演】

「新聞業界40年 メディアの舞台裏」

熊坂 隆光 産経新聞社代表取締役社長(本学OB)

時代風潮に反発、マスコミへ

 ご紹介いただきました産経新聞の熊坂です。どうぞよろしくお願い致します。私は昭和46年(1971年)に中央大学法学部を卒業しました。ちょうど今から40年前になります。私の学生時代は70年安保の大変な混乱期でした。学費値上げ反対闘争という名の政治運動、学生運動というよりは政治運動が大学一帯を席巻しており、学期末試験も学年末試験もほとんど経験しておりません。おかげで卒業できたという面もあります。

 私はポピュリズムというか、時代の大勢に流されるような動き、ファッションとしての左翼思想やファッションとしてのリベラルな動きに対し、疑問を持っていました。マスコミを志願したのも、この時代風潮に反発して、おかしいのでは…? という思いからです。ニュースの現場にいれば、本当のことがわかるのでは、という気持ちで新聞業界を志願しました。ちょうど丸40年、新聞記者として過ごしてきて、今は経営陣の一角に入っていますが、心はいつも新聞記者のつもりでやっています。

 主に政治部で永田町を取材してきました。政治記者出身ですのでいま、永田町で起きていることにも興味がありますが、今日はメディア業界の舞台裏をお話しして、皆さんのご参考になればと思います。

苦し紛れの「なりちゅう原稿」

 このような講演でもそうなのですが、一番困るのは新聞記者だからなんでも知っていると思われることで、実は日頃の紙面づくりでも、苦し紛れに何とかして記事を書くこともあります。たとえば大きな事件が起きた時に、たまたま専門の記者がいなくて解説記事とか背景にあるものが書けない、ということがあります。でも記事を書かないわけにはいきません。どうするかというと、その日のデスク、紙面の編集長は専門外の記者に「ちょっと、なりちゅう原稿を書いてくれ」と注文することがあります。「なりちゅう原稿」というのは、「成り行きが注目される」と最後を結ぶ原稿のことです。

 これには、いろいろなバージョンがあります。たとえば突然の事態が起きて、先行きの予測ができないと「事態は思わぬ展開になった」となる。解決に時間がかかりそうなら「予断を許さない情勢」となる。あちこちに問題が広がるようだと「投げかけた波紋は大きい」となるんです。「関心がいやがうえにも高まってきた」と続けると、もうこれだけで立派な原稿ができてしまいます。

 テレビ中継も同じです。駆け出しの若い記者が現場中継をしなくてはならなくなった時に、このように言うことができます。「はい、こちら現場です。事態は思わぬ展開になって予断を許さぬ情勢となっております。投げかけた波紋は大きく、関心はいやがうえにも高まってきております。今後どうなるか成り行きが注目されるところです」。

 これは、何にでも使えます。交通事故の現場でも政局の取材でも、原発の事故でも、何にでも使える。新聞やテレビがこういう常套句を使って報じているときは「これは何かおかしいぞ」と疑ってかかる必要があります。

マスコミの常套句には疑問を

 みなさん、おかしいと思いませんか。テレビの現場中継で、アナウンサーは必ずといっていいほど「事件現場は閑静な住宅街です」と言います。で、画面を見ると、家の後ろに畑が広がっていたりして、とても閑静とはいえない。でも住宅街というと「閑静な住宅街」となってしまうんです。女性だと「近所でも評判の美人」だったとか、家庭だと「普段は仲の良い明るい家庭」で、「お父さんとは日曜日になるとよく公園でキャッチボールをしていた」という。すべての家庭がそんなはずではないのに、そういうことで紙面やニュースができてしまっていることもあるんです。

 新聞は本当のことを書いているか、テレビは本当のことを言っているか、常套句を用いていないか、と疑問をもっていただいて、是非、新聞、テレビに接してもらいたいと思います。

ニュースの価値は変わる

 私が入社したての頃、先輩から「3月の子供の事故、9月のお年寄りの事故に気をつけろ」と言われました。これは何かというと、ニュースというのは、日によって扱いが違ってくるということなのです。たとえばですが、子どもが交通事故で亡くなったりケガをしたりしたとします。単に事故というだけでは新聞の地方ネタでも扱わないことが多いですが、しかし原稿の最後に死亡、あるいはケガをした誰々ちゃんは4月から小学校に入学する予定で毎日ランドセルをもって学校に行く準備をしていた、というのが数行入るだけで、ニュースとしての扱いが格段に違ってしまうことが多いのです。

 それから9月のお年寄りの事故は、敬老の日に絡んだ事故だと扱いが必ず大きくなるんです。不思議なことに9月になると、お年寄りの孤独死の報道が日本全国で増える。お年寄りの孤独死は1年中あることなのに、ニュースになるのは敬老の日の前後というケースが多い。その時によってニュースになる、あるいは逆にならないということがあるわけです。

ボツになる不祥事ニュース

 よく企業の広報の方が、不祥事のような会社にとってプラスでないニュースを発表するとき、他に大きなニュースが予定されている日を探して、わざわざその日に発表することがあります。国会の解散があるとか、大事件の裁判の初日だとか、大きなニュースがあるとあらかじめわかっている日に不都合なニュースを発表する。すると、その企業のニュースの原稿がボツになったり、載っても記事が小さくなったりするんです。

 新聞のニュース報道は、事実は曲げないけれど扱い方によってかなり印象が違ってくることがあります。扱いによってことさら世論を曲げようとするメディアもあるし、センセーショナルに扱ってニュース価値を高めるようなふりをして、一つの方向にもっていくようなこともやろうと思えばできる。実際に行っているところもあります。

 これだけたくさんのメディアがあって、いろいろなニュース報道がある中で、是非、何が正しいか、本物は何かを知っていただきたいと思います。

誤った論理を作為的に展開

 鳩山由紀夫さんが総理の時、お母さんから莫大なお金をもらっていた、ということがありました。これは典型的な脱税ですが、立件はされませんでした。これについて、メディアの論調は2つに分かれました。ひとつは「政治家だからといって甘くするな。12億円の金額は大変な額だから厳しく処罰すべきだ」という論調。もうひとつは「悪いお金ではない。後で修正申告するのだから勘弁してやれ」という甘い論調です。自民党政権時代には、麻生太郎総理がホテルのバーに行ったくらいで「贅沢だ」と批判していたメディアが、鳩山さんのことになると、12億円にもなるのに「許してやれ」とか「悪いお金でない」となる。

 これには言葉の魔術というか、作為的な誤りがあります。多くの脱税というのはもともとは悪いお金ではありません。強盗をしたり賄賂で得た悪いお金は最初から税金などおさめるつもりはありません。脱税で摘発されるお金自体はまともに稼いだり相続したお金です。一般人はそのお金が正当に稼いだかどうかにかかわらず、脱税すれば法にさばかれます。鳩山さんの12億円が悪いお金ではないから脱税とするのはかわいそう、というのはメディアのレトリックとしか言いようがありません。

 でもメディア報道を見ると皆、その論理に動かされてしまう。テレビの悪口をいう訳ではありませんが、テレビのワイドショー的な報道を見ていると、政治を芸能ニュースと同じように扱っているのでは、と首をかしげることがあります。政治を身近なものにした功績はありますが、政治がポピュリズムに流れる一つの原因を作っていると思います。

抜け出せない左翼論理

 日本のメディアで一番いけないのは、冷戦構造が崩壊し、戦後民主主義が否定されているにもかかわらず、旧態依然とした左翼論理から抜け出せないことです。新聞は左翼的でなければいけない、進歩的でなければいけない、テレビもリベラルでなければいけないと勘違いしている人たちが多いということです。中国や北朝鮮のことになると、気兼ねするメディアが多い。北京のことになると、どの社も一様に「北京の空は青く、人々の瞳はその空のように澄んでいた」というような表現になるし、上海のことになると「建設の槌音は高く、人々の額に流れる汗は明日の経済成長を約束しているかのようだった」といったようになる。このような表現で書いていれば大体、北京レポート、上海レポートになるんです。

 私はここで歴史認識について議論するつもりはありませんが、ただ、従軍慰安婦の問題や南京大虐殺の問題、遺棄化学兵器などの問題になると、日本のメディアは冷静さを失ってしまいます。何かあると「確かに悪い。だけど日本にも責任がある」と一見中立を装った論調でごまかすんです。大分前になりますが、中国で反日暴動があった時に、「確かに暴動は悪い。でも、日本だって中国で悪いことをしたのだから、あまり厳しいことを言うべきではない」という。これは一見中立的な立場を装っているようですが、実は「日本は暴動を起こされても文句を言うべきではない」と特定の政治的見解を述べているといえます。

片仮名で「ヒロシマの夏」

 日本の新聞というのは、非常に反日的で自虐的で情緒的です。何が情緒的かというと、日本の新聞は毎年夏になると漢字の「広島」が片仮名の「ヒロシマ」になる。戦後の民主教育を受けてきた我々は「ノーモアヒロシマ。ヒロシマに原爆を落としたのはアメリカ。アメリカも悪いが日本も悪い。日米安保は悪い。アメリカに協力する日本の政府は悪い」と刷り込まれてしまっています。だから夏になると漢字で書けばいいのに、「ヒロシマの夏」となるんです。

 こんなことを言うと、産経新聞は右翼の新聞とか言われる。せいぜい保守的と言ってくれればいいのに、右翼反動とか、いろいろな批判を受けるんですが、日本の新聞の中では異色でもけっして間違ったことはいっていないと思います。右翼とか左翼といえば日本の新聞は「左翼」という活字を使うことはありません。その代わりに「市民団体」という言葉を使うんです。だから明らかに左翼過激派の活動であっても、「市民団体がこうした」と書く。もちろん本物の市民団体もありますが、全てではないにしろ、左翼過激派が市民団体になっている場合があります。

報道のダブルスタンダード

 新聞やテレビの報道のダブルスタンダードに、皆さんには是非、目を光らせていただきたい。大分前に「派遣切り」あるいは「派遣社員の雇用問題」が話題になったことがありました。日比谷の年越し派遣村も話題になりました。あのときに派遣制度はけしからんといろいろなメディアが批判して、格差問題に関心が集まりました。しかしそう批判したメディアの中には、派遣制度ができたときに「こんないい制度はない」「日本の終身雇用制度を破壊するいい制度だ」と持ち上げて書き立てたところもありました。ところが何か問題が起きると、絶賛していたのを忘れて、これこそ諸悪の根源だという。メディアのもっともいけないところです。

 考え方としてはいろいろあっていいので、私が言っていることがすべて正しいわけではありませんが、ただメディアは一つの流行を追ったり、何かあるとワッと飛びついたりして大騒ぎすることが多々あります。是非皆さんには、そのあたりをよく知っていただき、賢い読者でいて頂きたいと思います。

不振にあえぐ新聞業界

 今までが前置きで、本当はこれからが本題です。新聞業界に私は40年いますが、大変な時期に社長になったと思っています。新聞は今、斜陽産業のトップにあるとさえ言われます。私が社長就任のとき、ある尊敬する先輩から「グーテンベルクが活字を発明して以来の大変な時期によく社長になったな」と言われました。新聞業界は大変な不振にあえいでいます。

 その原因は3つあります。新聞の部数が減っていることがひとつ。二つ目は広告が減ってしまったこと。昔はテレビよりも何よりも新聞にまず広告を出すというのが普通でしたが、新聞に広告を出さなくても経営はやっていける、あるいは新聞にまで回す広告費がないという会社が多くなったために、新聞は非常に広告不況になっています。

 あと1つは構造的問題です。製造業だと海外に工場を移せますが、電力会社と鉄道会社と新聞社だけは海外に進出できない。これが構造上の問題。それから新聞を印刷し、流通させ、各家庭に配達しさらには集金するという流れがなかなか合理化できない。大変難しい時代になっているわけです。

手痛い、部数と広告の減少

 まず部数減の問題。活字離れが言われるようになって非常に久しいですが、今や情報を入手するのに、新聞やテレビに頼らないでインターネットやスマートフォンですませるという人が増えています。それから高層マンションでは玄関先まで新聞を配達できないところが多く、そのため高層マンションでの新聞の購読率は非常に低くなっています。

 我々業界の人が集まると「若い連中は新聞を読まなくなった」と言っていますが、40年前、我々が若いときも新聞を読んでいる学生はいませんでした。親からの仕送りは全て飲み食いに使って、新聞なんかに回している学生はいなかった。だから若者が最近新聞を読まなくなったというのは業界人のぼやきでもあるのですが、ただ、就職をしたら新聞をとる、サラリーマンになったら新聞から情報を得る、というのが普通でした。しかし今、若者は読まなくなった。少子化も新聞業界に色々な意味で影響を与えています。

 次に広告の減少ですが、とくに3・11の東日本大震災以来、広告は激減しました。宣伝活動を自粛しているため、派手で明るいことはできません。テレビには公共広告機構の宣伝が氾濫しました。多くの企業が新聞広告を手控えたので、今年上期はどこの新聞社も大変厳しい状況にありました。円高なども加わり景気低迷は当分続きそうなので広告が元に戻るのはなかなか難しいでしょう。

合理化しにくい構造問題

 3つ目は新聞業界自体の構造問題です。新聞は今も装置産業で、大きな印刷工場で印刷し、トラックで輸送し、販売・宅配制度を維持している業界で、仕事は合理化しにくい。なおかつ、これ以上ないくらいの薄利多売です。産経新聞の場合一部100円。大きな儲けにはならない。

 不思議なことに新聞社の数は戦後変わっていません。ほとんど倒産とかM&Aがないんです。でも絶対安泰と言われた銀行でさえ、13行あったのが3、4行になっています。アメリカでは昨年の上半期までに全米で44の新聞が休刊、大手2社が倒産しました。クリスチャン・サイエンス・モニターという大きな新聞社がありましたが、これは紙の新聞を止めてネット専門の会社になった。私は日本の新聞業界でも間もなく離合集散がはじまると思っています。

「できることはやる」産経新聞

 しかし、私は新聞社にはまだまだ生き残る道があると思っています。社員には「日本の新聞が潰れるとしたら、産経新聞は最後に潰れる新聞社になる」と常々言っています。産経新聞は小さな新聞社なので、規模を追求する「大艦巨砲主義」をとっていません。我々は、できることがあれば、儲かることがあれば何でもやろうじゃないか、としてやっています。

 普通の新聞社は、発行新聞は1つです。産経新聞は、産経新聞の本体のほかにサンケイスポーツというスポーツ新聞も出しています。また夕刊フジというタブロイド紙。昔、日本工業新聞といっていましたフジサンケイビジネスアイは、横書きのタブロイド紙として今やっています。それからインターネットを好む若者のために、SANKEI EXPRESSという横書きで写真をいっぱい使い、ニュースを短く扱って気軽に読める新聞も出しています。

変わらぬ記者の「足」の取材

 私が自信をもって生き残っていけると言えるのも、結局はインターネットの時代といっても、生身の人間が何かをしなければ、物事が進まない、ということです。若い人の話を聞くと、ネットの時代で新聞は不要と言いますが、では、ネットにニュースを誰が流しているのか、というと新聞社が原稿を流しているんです。新聞の記事だって、誰がニュースを取ってくるかというと、朝回り、夜回りをし、現場に何度も足をはこんで裏づけ取材に汗を流している記者です。

 インタビュー記事を、時間がないときはやむを得ず、メールで質疑応答をやりとりしてつくるということがあります。でも、メールでやりとりしたインタビューは、ベテランのデスクが見ればすぐにわかります。インタビューというのは、相手が顔色を変えたとか、ほっぺたの筋肉がピクピクと動いたとか、そういう反応を見て次の質問をします。したがって、メールで質問して、その反応もなしに答えだけで記事を書くと薄っぺらなものになります。

 だから社員には、「我々はデジタルの最先端を行くし、インターネットの先陣を切ってあらゆる技術革新もするが、それを利用し新聞の品質を維持するためには徹底してアナログでいくんだ、人間の足で取材するんだ」と言っています。

柔軟な発想で生き残る

 テレビが登場した時に、「映画の時代は終わり」と言われましたが、映画は死んでいないし、今は3Dなどもできて生き残っています。新聞も生き残る道はたくさんあります。任天堂という会社があります。あの会社は昔はトランプと花札の会社でした。もしも社内が柔軟でなくて、「おれたちはトランプと花札の老舗だから、これでずっといくんだ」とその二つを守り続けることだけに固執していたら、今の任天堂はなかったと思います。発想をガラッと変えたからこそ今の任天堂があります。

 ですから我々も新聞を徹底して支えてはいきますが、他に何かあれば、次々と転身を図ったり新しい事業を導入したりして、新聞社として生き残っていきたいと思っています。

新聞の意義、震災で再確認

 東日本大震災で新聞業界は大変な打撃を受けました。産経新聞の仙台工場も1か月間操業停止しました。それでも新聞に寄せられる信頼、被災者の新聞を求める声は大変強かったんです。大震災は私たち自身が新聞の意味を再認識する機会にもなりました。

 テレビでこんな光景を見ました。福島の被災者が埼玉に避難してきましたが、そこに福島民友、福島民報の社員が新聞を運んできました。被災者はその地元の新聞をむさぼるように読んでいます。これを見て胸にこみあげるものがありました。まだまだ新聞もすてたものではないと感じました。新聞社の役目や機能はまだまだ残っていくと確信しました。

 新聞が大きく変わることは間違いありません。離合集散があるかも知れませんが、ニュースを発掘して、そのニュースを取捨選択して読者に届けるという機能は、インターネットを通じようが活字を通じようが変わらない。我々はそれに力を注いでやっていきたいと思っています。

優秀な人材をマスコミへ

 そんな新聞業界に是非、若い優秀な方に挑戦してもらいたい。産経新聞にも中大出身者が多くいます。現在私が社長ですが、副社長も2年後輩で中大出身です。しかし最近は中大生が入社試験を受けない。聞けば他の新聞社も受けていない。中大生はマスコミ嫌いなのか、あるいはマスコミを最初から諦めているのか、テレビ局も挑戦する人が少ないそうです。

 優秀な後輩が続いてくれればとは思いますが、ただ、なかなか厳しい業界ではあります。昔は社会部や政治部に行きたいという記者が多かったのが、今はなるべく時間通りに終わる職場に行きたいという人が増えてきました。新聞記者になって時間通りの職場なんて言われると、困ってしまう。先日、外務省でも「海外に赴任したくない」という若い人が出てきたという話を聞き、驚きました。そういう時代なので、新聞社がいいぞ、と言っても理解してもらえないかもしれません。しかし、ニュースの最先端にいるという仕事は捨てたものではないので、是非、そういう希望者がいたら、受験していただきたい。

 経済雑誌などで「新聞業界 断末魔の叫び」などとやるものだから、将来を悲観して受けないのかなとも思う。たしかにきつい仕事でもあります。新聞記者はいまやかっこいい仕事ではない。六本木ヒルズなんかに勤めて夜は素敵な女性とバーで飲める、なんて仕事では残念ながらありません。

やりがいがある新聞記者

 よく「会社を辞めたい」と言ってくる者がいます。新米記者は地方支局で修行します。サツ回りや消防署や地方議会を回る仕事をする。そんな時に大学の同窓会があって3年ぶりに友人と飲むと、銀行に行った友人は外為のディーラーをやっていて何千億円動かしたとか、建設会社に行った友人からは、あのビルは俺が設計したなんて話を聞くと、何で俺は夜中までおまわりさんを追っかけなくちゃいけないのか、なんて思うらしい。そんなことで辞める人もいます。でもやりがいがある仕事でもあります。

 中大の卒業生だからといって下駄をはかせて入社させる訳にはいきませんが、先輩訪問には親切に対応しますので、希望者がいればご一報いただきたい。何だかとりとめのない話で、まとまりがつかなくなりました。新聞業界がこれからどうなるか、「今後の成り行きが注目されます」というところで結びにしたいと思います。どうも有難うございました。

(10月29日、中央大学駿河台記念館で開かれた評議員会での講演詳録)