２年目のキャンプへ

　去年の９月２７日に日本に帰ってきて、半年近くオフを過ごして、今年３月６日に２年目のスプリングトレーニングに向けて、インディアンスのマイナーリーグのキャンプ地アリゾナに旅立ちました。

　オフの日本での練習もすごく充実していたので早く投げたかったし、去年１年目でマイナーのショートシーズンからローＡにあがって、さらに次のハイＡから２Ａを目指すという目標ができて、今年はいけると思っていたので、すごく楽しみでした。

　アリゾナに着いて、キャンプインして、チームの振り分けがあるんですが、自分は初めローＡでやると思っていたんですけど、振り分けでハイＡに入っていたんです。去年のシーズンが終わったときより、ひとつステップアップしていたので、去年の成績も評価されたんじゃないかと思いました。

　それでハイＡの練習試合で３試合投げて、監督にも「このままでいけ」と言われて、褒められたので、手ごたえはあったんです。それにハイＡのまたひとつ上の２Ａの練習試合に１回呼ばれて行って、１イニングを０点に抑えたんです。だから、何かウキウキっていうか、毎日楽しくてしようがなくて、早くシーズンに入りたいと思っていました。

突然の戦力外通告

　それが３月２６日。日本時間では２７日です。朝６時くらいに球場に入ってトレーニングをしていたんです。自主練習していて、着替えて、朝ごはんを食べようと思って、トレーニングルームから自分のロッカールームに戻るときに、球団職員の人に、「こっちに来て」と言われて部屋に入れられたんです。

　その部屋にファームの偉い人が３人いて、「明日、日本に帰ることになった」と言われたんです。「明日の朝５時に飛行機とってあるから、それで日本へ帰れ」って。はい。いきなりです。理由を聞いたら、「インターナショナルプレーヤーはコストがかかる」と。それと「若い選手を育てたい」って言うんです。自分は２３歳じゃないですか。ドミニカの選手とかは１６歳がいますからね。それで１５０キロ投げる。だからかと思いました。

　その瞬間ですか？ 真っ白ですね、真っ白です。もう何もないです。悲しいとかもないし、もちろん嬉しいはないですけど、真っ白ですね、本当に。体から何か抜かれた感じです。何かふわふわした感じですね。

　ロッカーに戻って、仲がいいチームメイトの顔を見ると悲しくなってきて。一緒に野球をやってきた同じ部屋のデニーっていう仲が良いチームメイトに、「どうしたの？」って言われて、「リリースされた」と言ったら、そいつがすごく泣いて。それでやっぱりさみしくなりますよね。

　他の友達にも「リリースされた」と言ったら、「お前、ジョークだろ」と笑いながら言われたんです。「ジョークじゃないよ」って言っても、向こうは軽く流していたんです。それで自分が日本に帰る準備をし始めたら気づいて、「マジで、本当に？」って。「さっき言っただろ、本当だよ」って言ったら、「あっ、ごめん。でも成績良かったのに、なんで？」って言われて、「俺も分かんない、年齢のことを言われたし、インターナショナルプレーヤーだからって言われた」って言ったんです。そしたら、そいつが「ふざけんなよ」って…。

「考えられない」とスカウト

　両親にですか？ はい、電話しました、すぐに。日本時間で夜中の２時です。電話したらお母さんが出て、「ああ、そう……」って。「まあ、しょうがないじゃない。帰ってきなさいよ」と、わりと冷静に言ってくれたんですが、でも日本に帰ってきたら、「あんたが一番つらいのに、私がどうかしたらいけないと思ったから。でも、私だって本当は泣きたかったのよ」と言われて、それはきつかったですね。

　高橋善正監督にも電話しました。監督も驚いて、「なんでだ」と言われて、その理由を言ったら、「ええっ？」ってなって、「まあ、しようがないな」と。自分をインディアンスにスカウトしてくれたスカウトにも電話したら、やっぱり驚いていました。自分のスプリングトレーニングのレポートが、そのスカウトに毎日届くそうなんですが、「全部良かったし、いいレポートだったのに、（リリースは）考えられない」と言われました。

　それで翌日、朝の早い飛行機に乗ったんですが、機中も真っ白ですよ。悲しかったですね。アリゾナからロサンゼルスに行くときは本当に悲しかったです。

野球を諦めかけた日々

　３月２８日に日本に帰ってきて、その日のうちにインディアンスのスカウトに会いました。スカウトに「ごめん。インディアンスの方針はちょっとおかしい」と言われて、「でも野球は絶対に続けたほうがいい。俺も探すから」と言ってくれたんです。

　去年ピッチングを見てもらったことがある山下大輔さん（元プロ野球選手・監督）にも電話したら驚いて、「あのピッチングをすれば日本のプロでも通用するよ。だから、今辞めちゃうのはもったいないから考えたほうがいい。いろいろな選択肢があるけど、もしプロでやりたいなら独立リーグがあるよ」と言ってくれて、いろいろな情報をいただきました。

　ただ、そのときはちょっと考えられませんでした。本当に弱っていたんで。日本に帰ってきてからは、もう野球はできなくなると思って、苦しかったです。あのときは「野球をやれ」って周りから言われるのが苦痛というか、もう嫌で……。親父や母さんにも「野球頑張れよ」と言われるのがきつかったので、なるべく野球の話はしないでくれと言っていました。

中大・高橋監督の温情

　それと帰ってきてすぐに中央大学に高橋監督を訪ねました。そのとき監督さんに、「社会人チームに行け」って言われて。「広島にあるチームだから」と言われたんです。

　自分は小さい頃からプロ野球選手になりたくて、野球をやってきたじゃないですか。自分ではプロにならないと意味がないと思っていたので、監督さんに「やっぱり自分はプロ野球選手になりたい。年齢的にも、早く勝負したい」と言いました。そしたら監督さんは、かなりお怒りになりました。はい。監督の指示に反したんだから、仕方ないです。

　いったん帰って、いろいろ考えても、やっぱり野球に集中したい。今年は野球１本でやりたい。それだったら独立リーグだと考えたんです。そう決めたら、それまでへたっていたのが、よしやってやろうって、モチベーションが上がってきたんです。

　それで、思い立って監督さんに自分の考えを言いに、中央大学の硬式野球部の寮に行ったんです。

　「独立リーグでやりたい」と言ったら、監督さんは「そうか。まあ、お前が決めたなら、しようがねえな」って言われたんです。でもその言い方から、監督の怒りがひしひしと伝わってきました。これまでに見たことがないほどだったので、本当にめちゃくちゃ怖かったです。

　でも、自分はもう決めたんだと思って、「明日、（中大グラウンドに）練習に来ていいですか」って聞いたら、監督は「いいよ」とあっさり言われたんです。それで、次の日グラウンドに行ったら、監督さんが独立リーグの長野県チームのテストを受けさせてくれるように手配してくれていたんです。

　それはびっくりしましたね。前の日、あんなに怒っていたのに、次の日はもう後腐れなしで、練習に行ったら「おお、おはよう」と言われて、あれっと思って（笑）。「練習してコンディションを整えてから、信濃グランセローズのテストを受けに行け」と言われて、「はい」って答えました。

　監督さんが自分の希望を入れてくれて、ありがたくて、本当に嬉しかったです。というか、監督さんは「すげえな」と思いました。器がでかいというか、懐が深いと思いました、本当に。

信濃グランセローズと契約

　それで長野に行って、５月１日にトライアウトしたんです。すぐに信濃グランセローズ（平成１８年創立の長野県民球団）と契約ができて、２日には選手登録されました。佐野（嘉幸）監督からは、「頼むぞ」って言われました。必要としてくれているんだと思って、よしやってやる、という気が一層強くなりましたね。

　プロ野球独立リーグのＢＣリーグというのは、群馬、新潟、長野（以上、上信越地区）と富山、石川、福井（以上、北陸地区）の６チームによるリーグ戦（前後期の２期制）で行われています。最終的には地区の優勝チーム同士がプレーオフを行って、リーグ優勝を決めます。

　選手たちは、みんなＮＰＢ（日本野球機構）やメジャーリーグを目指しているんです。レベルは高くて、自分のチームの信濃グランセローズの佐野監督はロッテで２軍監督、コーチをやっていた人だし、猿渡（寛茂）コーチはヤクルトで２軍監督をやっていたんです。

　選手の中にも元プロ野球の選手がいます。金村（暁）さん（元日ハム、阪神の投手）とか竜太郎さん（元オリックス、楽天の外野手）とか有名な選手がいて、他のチームにもヤクルトで抑えの投手として活躍され、メジャーにも行かれた高津（臣吾）さんがいたりで、レベル高いなと思いました。

　高津さんは本当にピッチングがうまいです。見ていて勉強になります。金村さんはそんなに球は速くないのに抑えるのを見ていて、すごく勉強になりますし、面白いですね。見るのが一番いいです。絶対に勉強になりますね。

　５月２日に選手登録して、初登板は次の日の３日でした。佐藤監督から「投げれるか」と言われて、「はい、投げます」と言って、あまりコンディションは良くなかったですけど、２回を０点に抑えました。しばらく実戦で投げてなかったので、フォアボールを２個も出して、球は１４０キロくらいしか出なかったです。だけど、結果が良かったので、そこはあまり気にしなくていいやと思いました。

日米の違い

　自分のピッチングスタイルは、インディアンスのマイナーで１年間過ごして、はっきり分かったんです。

　日本とアメリカでは、ピッチングスタイルが違っていて、アメリカ人は１６０キロのストレートでバンバン押していくピッチャーが理想なんです。アメリカには１５５キロくらいのピッチャーなんか何人でもいます。

　日本でよく言われるのは、変化球のコントロールで、自分たちは大学でそれをずっと練習していたじゃないですか。だから、結構、アメリカのバッターに通用するんです。盲点というか、そういうコントロールの良いピッチャーは少ないです。アメリカでは、そういうピッチャーはダサいという感じなんですよね。力で立ち向かうのが格好良くて、球は遅くてもコントロールが良いという技巧派ピッチャーは、格好悪いみたいなイメージなんです。

　でもピッチャーは、格好良くなくても抑えればいいじゃないですか。そういう野球で自分は育って来たというか、それを中大で高橋善正監督に教えていただいたので、アメリカに行って、本当に手ごたえがあったんです。これなら、勝てる、行けるかもと思ったし、この方向で野球をやっていけば大丈夫だ思いました。

ピッチングスタイル

　昨年、インディアンスのマイナーで１シーズンを過ごし、自分のピッチングの方向性が見えてきましたね。ピッチングはコントロールで抑える方向で行けば間違いないと思っています。アメリカでみんながスピードピッチャー、パワーピッチャーということを考えているなかで、球は遅いけどコントロールを磨いていって、みんなとは別の方向、視点から見た野球をやっていけば、いけるのではないかという手ごたえを感じました。

　自分は昨シーズンに、スピードが最速で１５２キロ出るようになったんです。でもアメリカでは「まだお前のストレートはチェンジアップみたいだな」って、ふざけてよく言われました。変化球ばかり投げるので、そう言われたんですが、でも何を言われようと、抑えているんだからいいじゃないですか。そう思って、あまり気にしなかったです。

　逆に嬉しかったですね。中大で、高橋監督に「お前はスピードピッチャーじゃない。お前は変化球のコントロールを磨かないと試合に使わないぞ」と耳にタコができるくらい言われていましたから。中大でやっていた野球をアメリカでやってみて、高橋監督、すごいこと言ってたんだって（笑）。本当に、そう思いました。

　中大で高橋監督に教わって良かったな、とそのとき思いました。監督さんの言っていたことは正しいんだって。大学の現役のときは、それがわからずに、チクショウと思っていましたけど…（笑）。高橋監督に言われたことが一番です。それは絶対に変わらないです。監督って本当にすごいですね。卒業してみると分かります。

目標はプロ野球入り

　今一番気にしているのは、ピッチングの調子が悪くても悪いなりに０点に抑えるという、その内容ですね。調子が悪くてフォアボール出して、それで勝ってもピッチャーとしては駄目だと思うんです。だから数字の成績はあまり気にしていないです。三振が何個取れたとか、何勝できたとかはあまり気にしないです。

　信濃グランセローズのチームの雰囲気はすごくいいです。楽しいですね。野球に集中できるので、それが一番です。それが一番楽しいです。

　自分のニックネームですか？みんなから「ジャンボ」って呼ばれています。「馬場」とも呼ばれます。でかい（身長１９４センチ）ので、金村さんがつけたんです。今は自炊しているので、金村さんからも「飯食いに行こう」と誘われるし、そういうのがいいですね。

　チームメイトもみんな面白いですよ。みんな野球がすごい好きなので、練習は熱いです。今シーズンの目標はリーグ優勝です。地域密着のチームなので、長野県のみなさんがすごく応援してくれて、それにこたえるために優勝したい。ですけど、正直に言うと、自分の技術を向上させて、プロ野球に入ることが一番の目標です。いまはやるっきゃないです。

（完）