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トップ>Hakumonちゅうおう【2011年夏季号】>【特集 Campus Now】『東日本大震災と向きあって』

Hakumonちゅうおう一覧

【特集 Campus Now】『東日本大震災と向きあって』

「自分に何かできることはないか」―大震災と真摯に向き合った中大生たち

気仙沼のボランティアで予想外の学び
人との出会いで生き方考えさせられる

学生記者 文学部4年 望月繁樹さん (高校卒業認定試験)

 4月25日から5月1日まで、東日本大震災のボランティアで宮城県に行ってきた。1週間という短い期間ではあったが、現場で見聞きし感じたことはたくさんあった。特に印象深かったのが人との出会いだった。

 今回私は仙台、関東、関西のNPOが連携して行っている「つなプロ」というプロジェクトの一員として参加した。このプロジェクトは「避難所での状況悪化者・死者を出さない」ことをミッションとし、「避難所での課題・困りごとを発見し、専門NPO―限定物資―疎開先などとつなげること」を活動の柱としている。具体的にはボランティアスタッフが避難所を回り、管理者や避難者にヒアリングし、ニーズ調査を行うもので、私は他のスタッフと一緒に宮城県気仙沼地域に入った。

 自分で被災地の現場を見るのを目的に参加したのだが、予想外の学びがあった。それが「ボランティアスタッフ達との出会い」である。全国各地から集まった人たちは自発的に被災地に来るだけあって行動力や意識が高い人たちで、その経歴も変わった個性的な人が多かった。

 そのうちの一人が、皆から「キック隊長」と呼ばれていた40代男性Kさん。Kさんはキックボクシング経験者である。しかし、その経験が並ではない。なんと20歳の頃に全米プロキックボクシングのチャンピオンになったという強者なのである。

 聞けばキックボクシングをやりたくて渡米したわけではない。日本での学生生活に物足りなさを感じ、アメリカに渡り放浪の末、行き着いたロサンジェルスの天ぷら屋でアルバイトを始めた。しかし、このままバイト生活を続けるのもどうかと迷っていたところ、ジムの人に誘われキックボクシングの世界に足を踏み入れたという。

 そんなきっかけから、全米ナンバーワンまで上り詰めたのだから驚きだ。その後、ファイトマネーで学費を賄いながら現地の大学に通い、MBAを取得し帰国した。

 異色の経験を背景としたKさんの人柄や話し振りは温かく、器の大きさを感じさせる。人を惹きつける魅力を持った人である。Kさんは震災直後に単身、支援物資と共に被災地に乗り込み、現在も復興活動を継続している。

 京都で会社を経営する26歳の起業家Sさんも印象深い人だった。大学在学中に介護の必要な方に旅行サービスを提供する会社を立ち上げたという。何かできることはないかとの思いからボランティアに参加したのだという。ボランティア活動をしながらも、自分の事業と関連させて何か復興活動をしていけないかと被災地を見て回るSさんの姿勢から学ぶことが多かった。

 私と3歳しか違わないのに、会社を経営している経験から発せられる言葉は重く、説得力があった。失敗を恐れないチャレンジ精神旺盛なSさんの「やったらええだけ」というシンプルな言葉は忘れられない。

 他にも、支援活動をするために仕事を辞めてきた看護師や大学を休学して活動に参加している学生など、利他精神に溢れ、高い目的意識と行動力を兼ね備えた多くの人々と触れ合うことで、私自身、自分の生き方について深く考えさせられることになった。行く前は迷いや不安もあったが、今では参加してよかったと思っている。

 これからも長期的な復興支援が欠かせない。ボランティア不足という話も聞く。私も今回の経験で終わらせず、これからもできることをしていきたいと思う。