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廣岡 守穂/中央大学法学部教授
『あゆむ君に』
きみが生まれて、自分の人生をふりかえりました
すると大事な思い出は、すべて大切な人とのことでした
中学校の同級生と恋をしたこと
その人との間にきみのお父さんが生まれたこと
きみのお父さんの寝顔をみていていつまでもいつまでも飽きなかったこと
人は自分を見つめてくれる人が必要です
自分を認めてくれる人が必要です
自分を求めてくれる人が必要です
廣岡教授
法学部(政治思想史専攻)の廣岡守穂教授が処女詩集『はじめて』を自費出版した。冒頭に掲げた『あゆむ君に』は、その詩集より抜粋した作品の一部である。廣岡先生は、この詩にはとくに思い入れがある。
「5、6年前に産まれた初孫におくった詩です。障害を持って生まれた子ですが、私の妻は、『そんなの関係ない。かわいがって育てればいいんだよ』と言ってくれました。そんなこともあって、私が一番大事に思っている詩なんです」
廣岡先生が詩作をはじめたきっかけは、6、7年前。ご夫妻でたまたまテレビの韓国ドラマ『冬のソナタ』をみていて、主人公とヒロインの若い二人の姿に、昔の思い出が蘇り、「ふと詩を書きたくなった」という。当初書いていたのはコミカル恋愛詩というジャンルのもので、インターネット新聞などに掲載していた。
処女出版した『はじめて』に掲載されている詩は当初作っていたものとは少し作風が変わっている。幼稚園時代の夏休みの体験、受験勉強、奥さんとの出会い、初孫……自分が生まれてから半世紀以上を過ぎた年齢に至るまでの間に、「はじめて」経験したことについて当時を思い起こして書きためた200編の作品の中から38編を集めてまとめたものだ。
「ただ自分の実体験を詩にしただけではダメ。その体験、経験が一般的なメッセージとして伝わるような詩集を目指した。現代詩のように小難しくて目で読ませるという詩より、耳で聞いてすっと入ってくるような、そんな詩作りにもこだわっている」と廣岡先生はいう。
処女詩集『はじめて』を手にする廣岡教授
「もともと、文学が好きだった」という廣岡先生は、中学2年生のときに、『長崎のいとこ』という小説を完成させていたというから驚きだ。自ら「早熟でませた子供だった」というだけあって、小学校5、6年当時からゲーテやスタンダール、ツルゲーネフ、トルストイから芥川龍之介まで、年に700冊も本を読んでいたという文学少年だった。
しかし通っていた高校は、「理系にあらずんば人にあらず」という校風で、先生自身ももともと数学が得意だったこともあり、東大理科1類へ進学した。「本当は文学部へ行きたかったが、文学部は偏差値が低い。文学を趣味にして理系をやっていけばいい」と自分にいいきかせていたという。しかし、そのうちに、やはり理系を続けていくことに限界を感じ、文転を決意。一般試験を受け直して東大法学部へと転部した。
受験生からみれば、何ともうらやましい学歴で、廣岡先生はキャリアを積んできた。ただ、人生の半分が過ぎた今、第二ステージとして詩を書いていて、「本性で生きる、本音で生きるということの大切さに気づいた」という。
「こんなことをしていて仕事は大丈夫なのか。自分が好きなことだからこそ、人に評価されるのは辛い。だから自費出版といえども、詩集の発表には勇気がいった。でも自分が本当に、心から打ち込めるのが詩なんです。はじめて見つけることのできた本性のかけらなんです。だからこそやめられない」
では、いったい、どういうときに詩が浮かんでくるのだろうか。「何かのきっかけで突然ガチャっと詩人モードに切りかわるんです。いったん詩人モードになれば、断片的なフレーズとしていくつも浮かんでくる。でも2、3日経つと、そのモードがぱたっと閉じちゃうんだけどね」と笑う。
目を輝かせて話す廣岡先生は、「学者として生き、詩人として死ねたらいい」とまで言い切る。どうやら詩作は、趣味の領域を超えつつあるようだ。
というのも廣岡先生は、「北原哲彦」というペンネームを持つ作詞家として近くデビューする。処女詩集『はじめて』に収められた詩の数編が、シンガーソングライターの茨木大光さんによって曲がつけられたのだ。来年1月にはCDとして発売されるという。
これにはちょっとした縁がある。廣岡先生には、出身地の金沢にいきつけの喫茶店があり、その店のママに自作の詩をいくつか見せたところ、ママのご主人の茨木さんが気に入って作曲を願い出たのだった。「犬も歩けば棒に当たるとはこのことです。ほんとうに偶然が重なって今に至ります。人と人の縁って大事だよ」と先生は嬉しそうに話してくださった。
冒頭に紹介した『あゆむ君に』の他に、『夏休み』と題し、「たたみが大海原に見えて、座布団が島に見えた」という幼稚園時代を思い起こしてつくった詩や、女心を表現した『傷心』、たびたび夢に出てくるという巫女さんが登場する『首が落ちる女』等々、詩集『はじめて』はバラエティーに富んだ作品で読者を飽きさせない。
最後に、廣岡先生は学生に向けてこう語ってくれた。「みなさん一人ひとり、何か趣味や好きなことが少なくとも一つはあるはずです。だから好きなことは是非続けてください。好きなことは決して自分を裏切りません」
廣岡先生もまた、「時間が許すのならば小説も書きたい」と好きな文学の道を見据えている。
(学生記者 熊谷百夏=法学部1年)