リレーマラソンで、中央大学をジャックせよ!! ―。好天に恵まれた11月6日、多摩キャンパスが力走する大勢のランナーで華やいだ。創立125周年記念学生企画として行われた「中大リレーマラソン」(企画・運営:FLPスポーツ・健康科学プログラム河田弘道ゼミ)で、88チーム、総勢693名が参加、1周1.6kmのコースを5時間の制限時間で走る距離を競った。「Hakumonちゅうおう」チームも参加、何とか走りきったが、さて、その結果は……。学生記者が体験リポートする。
スタート時にたった一人
11月6日午前8時半。約束していた集合場所に集まったのは、なんと記者(望月)1人。「Hakumonちゅうおう」でエントリーしていた学生記者10名のうち、前日に5名から体調不良などで欠席、2名からは都合により遅刻するという連絡が入っていたが、当日朝になって残り2名からも遅刻するとの連絡が入った。いきなりのピンチだ。
仕方なく、記者1人で受付を済ませ、スタートに備える。他チームはテントを張ったり、シートを敷いたりと手慣れた様子だ。和やかに準備に取り掛かっているのがうらやましくみえる。
9時半、開会式。スタートに向け、会場のテンションも次第に上がってくる。9時50分、第一走者が正門近くのスタートラインにつく。「Hakumonちゅうおう」チームは、いまだ記者1人だが、同僚記者からの応援メールに励まされつつ、腹を括りスタートラインに立った。
10時、号砲とともにランナーが一斉に走り出す。チームメイトらの声援を背に、正門から1号館に通じる上りの坂道を軽快に走る。
この日は天気に恵まれ、雲一つない快晴。ランニングには絶好の天気に心も晴れやかで、記者の足取りも軽い。思い切り走りたい衝動を抑えつつ、マイペースでゆっくりと走ることを心掛ける。まだ交代ランナーが到着していないので、体力は温存しておかなければならない。
1周1.6km、きつい上り坂
最初の1周を終え、交代者なく、2周目へ
1周1.6kmのコースは、多摩キャンパス内の車道を走るように設定されている。最初の坂道を登りきり、1号館の脇をすり抜けると、3号館を右手に見つつ走り、Cスクエア近くのロータリーで折り返す。その先に2号館と中央図書館裏の坂道が待ち構えている。距離は長くないが上り坂で、なかなかきつい難所だ。この坂を踏ん張って登りきり、ヒルトップと図書館の間をすり抜けるとペデ上に出る。
図書館をぐるりと回り、再び車道に出れば、あとは来た道を戻るだけだ。3号館と1号館の横を通って、最初の坂へと戻ってくる。坂道を下り切った所が中継所となっており、声援で迎えられたランナーたちは次々に襷をつないでゆく。
記者も中継所に帰って来た。1周約8分のペースだ。一瞬、交代のランナーを探したが、まだチームメイトが到着していないことをすぐに思い出す。心の中で苦笑いを浮かべつつ、中継所を素通りし、2周目に入り、また坂道を駆け上がっていく。
普段は何気なく歩いているキャンパスだが、こうして走ってみると、改めて、自然に囲まれたキャンパスの豊かさと広さに気づく。そんな思いで走っていると、アップダウンが徐々に日頃、運動不足の身体に響いてくる。脇腹が痛くなってくるのを感じつつ、「みんなが来るまで諦めずに頑張ろう」と自分に言い聞かせ、走る。
交代ランナー不在で連続3周
2周目を走りきり、中継所に戻ってくる。さすがにもう誰か来ているだろうと思い、キョロキョロと辺りを見渡すが、チームメイトの姿はない。サポーターで駆けつけてくれた学生記者の1人に状況を聞くと、「まだ到着していない」との返事。愕然とするが、仕方がない。予期しなかっ
た3周目に突入していく。
3周目ともなると3km以上は走っており、身体も重く、かなりきつい。途中、コース脇で見守るスタッフに「顔色が悪いけど大丈夫?」と声を掛けられたが、「大丈夫です」と返事をする。引きつった顔が自分でもわかる。今度こそ誰かが来ていることを祈りつつ、ゆっくりしたペースで進んでいく。
3周を走り終え、「もうダメだ」と、へとへとで中継所に戻ってくると、1人のチームメイトが到着していた。救われた思いで仲間の学生記者に襷を託す。やっと「リレーマラソン」になってきた。
一息つき、給水所で水分を補給する。中継所付近には、給水所の他に、特設ステージが設けられていた。参加者がリクエストした音楽が流され、会場の雰囲気を盛り上げる。疲れた身体とへし折れそうな心には、こうした音楽が元気をくれるのだと実感する。
そうこうしているうちに、スタートしてから約1時間が経ち、「hakumonちゅうおう」チームにも1人、2人と学生記者のランナーが到着。メンバーが交代で襷をつないでゆくと、周りを見渡す余裕もできてくる。
中間成績は88チーム中85位
「頑張って」と襷をつなぐ
陸上同好会などのスポーツ系サークルのチームが、優勝を狙ってガチンコで走っているかとみれば、他方、のんびりと走ることを楽しんでいるチームもある。また、年配の中大OBや、地域の小学生たちも頑張って走っている。老若男女がそれぞれのペースで走っているのをみると、微笑ましくなる。
中継所に設置された給水所・救護班(白いテント)
特設ステージでは、アカペラサークル「Do it your voice」による演奏や、お笑い芸人によるライブが行われ、休息するランナーたちを楽しませていた。スタートから2時間半が経過した12時半、中間成績の発表があった。「hakumonちゅうおう」は出場88チーム中、下から4番目の85位。まあ健闘している方、だろうか?
昼時、疲れも出てくる中、簡単に栄養補給と水分補給を済ませ、ストレッチをして後半戦に備える。だが、ここで2度目のピンチが訪れる。ここまでランナー4名で襷をつないでいたのだが、そのうち2名が事情で早退することになったのだ。あと1人の学生記者が到着する14時まで、2人交代で襷をつないでいかなければならなくなった。
Do it your voiceのライブ
リタイアするのは意地でも避けたい。そこで相談して、とにかくゆっくりと走ることに重点を置くことに決める。この時間帯はかなりキツかった。やっとの思いで1周しても、休憩もそこそこに再び走り出さなくてはならない。
1周約12~3分のペースで走っていただろうか。不思議なもので何周も走っていると、身体が走るリズムをつかんでくる。少しペースを落として、流して走ろうなどとコツが分かってくるので、辛いながらも楽しさも出てくる。なにより天気が良いので、走っていて気持ちがいい。
終盤、全身が悲鳴上げる
軽快? に走る学生記者
お互いに「いいペース、いいペース!」と励ましつつ、約1時間を乗り切る。14時、待っていた学生記者ランナーが到着。そのランナーに襷を託し、続けて2周走ってもらうことにした。その間にできる限り身体を休める。制限時間まで残りは約1時間、終盤の頑張り所だ。だが、身体のあちこちが痛み出す。ふくらはぎや腿など足はもちろんのこと、腹筋、背筋、腕、首、肩などあらゆる部分が悲鳴を上げ始める。
いよいよラストスパート。終了時間は15時で、14時55分には中継所が封鎖されてしまう。距離を稼ぐためには、それまでに交代を済ませなければならない。記者はギリギリのタイミングで交代し、最後の1周を走り出す。この1周で長かった1日が終わると、ほっとする気持ちと、寂しい思いを抱えつつ、ボロボロの体をなだめすかして走る。
『Hakumonちゅうおう』チームの完走賞
中継所がゴールとなっており、正門の坂道の頂上まで戻ってくると、終了のカウントダウンが始まっている。「10、9、8 ……」。あとは坂を下るだけだ。ここでゴールのテープを切らなければ、最終成績にカウントされないため、最後の力を振り絞り懸命に走る。しかし、あえなくゴール数十メートル手前で終了の合図。残念ながらもう1周を付け加えることは叶わなかったが、チームメイトに迎えられゴールした。
表彰式・閉会式では、1位から8位までのチームにディズニーパスポートや食堂利用券などが贈られた。最後に大会を主催した河田ゼミ、ゼミ長の栗山政誠さん(商学部4年)らによる挨拶で、リレーマラソンは幕を閉じた。
最終成績は31周で78位
「Hakumon ちゅうおう」チーム(上田雄太=文院1、望月繁樹=文3、豊福三晃=文2、中野由優季=法1、山下緑=総政1)の最終結果は、出場88チーム中78位。中間成績より、順位を7つ上げた。周回数31周、走行距離49.6kmだった。ケガ人を出すこともなく、なんとか無事完走することができた。
何度かピンチに見舞われる過酷なレースだったが、終わってみれば非常に楽しい時間を過ごすことができた。「スポーツを通して中大を盛り上げる」という開催趣旨は十分達成されていた。来年以降も秋の中大恒例の行事として根付いていけば素晴らしいと思う。
3年前から企画、難題乗り越え実現 主催した河田ゼミの栗山ゼミ長に聞く
閉会の挨拶をする栗山政誠さん
大会終了後、大会を主催したFLPスポーツ・健康科学プログラムの河田弘道ゼミのゼミ長、栗山政誠さん(商学部4年)に話を聞いた。
河田ゼミでは、体育連盟の各部活を紹介するカレンダーの作成などを行い、中大スポーツの活性化を目標に活動しており、その一環として、「スポーツの力でもっと中大を盛り上げようと今大会を企画した」という。
リレーマラソン大会の構想が持ち上がったのは、3年前、栗山さんが2年生の時だった。いろいろ検討したなかで、「走ることは運動の基本動作で誰もができ、幅広く楽しめるから」とマラソンを選んだ。
しかし、いきなり壁にぶつかった。開催自体が不可能ということが判明したのだ。大学の内規で、学生企画として営業活動をすることが禁じられているため、スポンサーを集めることができなかったからだ。方法を探った結果、創立125周年企画の一つとして開催することで、問題を乗り越えることができた。
ところが、いざ開催しようとしても「マラソン大会の運営の仕方がわからなかった」と栗山さん。そこで、ゼミ生は東京国際女子マラソンにボランティアスタッフとして参加。また、東京夢舞いマラソンにも運営ボランティアとして3年間毎年参加し、運営の具体的な方法を学んだ。
そんな努力の末に、ようやく大会開催にこぎつけただけに、無事に大会を終えることができ、栗山さんは「やっと終わった」と重責を負っていた肩を下ろした。閉会の挨拶では、「実現までに様々な苦悩や挫折があった。やめようと思ったこともあったが、今日皆さんが楽しんでいる姿を見ることができて、本当に良かった。ランナー、ボランティア、関係者の皆さんに感謝したい」と涙を見せた。
大会が成功に終わり、学生の力が大きいことを見せることができたと自負しているが、「このような企画は大学を盛り上げるために、大学が予算を組み、企画してくれたら、ありがたいです」と大学に一考を促した。
「この小さな大会がもっと大きな大会になって欲しい。夢は中大主催のフルマラソン大会ですね」と栗山さん。ただ、来年の開催は未定で、「大会を受け継いで欲しい」と後輩たちに期待を託した。
(学生記者 望月繁樹=文学部3年)