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トップ>Hakumonちゅうおう【2010年春季号】>【特集2】第86回箱根駅伝

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【特集2】第86回箱根駅伝

総合4位を支えたもうひとつの「ハコネ」往復路の沿道で中大OB・ファンが後押し

 1月2、3両日に行われた第86回箱根駅伝で、中央大学は総合4位でゴールした。5位以内は5年ぶりで、目標にした3位に肉薄する好成績に、「優勝」を狙う来年に弾みをつけた。その選手の力走を後押ししたのは、往復路の沿道で熱心に応援する中大OB・ファンだった。沿道で繰り広げられた、もうひとつの「ハコネ」を追った。(学生記者取材班)

◇1月2日、往路◇

【1区大手町~鶴見21・4キロ】
応援ポイント 東京・大手町(中大応援団)

 中央大学の応援場所は、東京・大手町の読売新聞社前のスタート地点からすぐ近くの三菱UFJ銀行前。リーダー部、チアリーディング部、ブラスコアー部による応援団の応援がはじまる午前7時には、早くも大勢の中大ファンが集まっていた=写真右。

淡路島から選手の家族

 その中に、最終10区にエントリーしている辻幸佑選手(経4)の家族の姿があった。父の辻敏弘さんと母、恵子さん、それに姉の美甫さん=写真左=で、兵庫県淡路島から応援に駆けつけた。

 敏弘さんは、「ワクワクしている。4年生で最後なので頑張って欲しい。何とかチームに貢献してもらいたい」と期待を膨らませる。また美甫さんは、「去年悔しい思いをしたと思うので、悔いのないように頑張って欲しい」と最初で最後の箱根駅伝となる辻選手の走りに祈りを込めた。

 応援団を見守る人垣のなかにいたのは、ブラスコアー部OGの中里悠さん(平成16年卒)と中里さんのお母さん、そして中大進学を目指しているという弟さん=写真右。お母さんは、「娘が在学しているときから毎年応援に来ているから、もう10年くらいになる」という中大ファンだ。

 「初めて応援に来ました。いつもはテレビで観戦していますが、実際に来てみると、人が多いのでビックリしました」と話すのは、平岡浩子さん(平成13年法卒)。「中央学院大学で駅伝をやっていた」というご主人と一緒に応援に来ていたが、「もちろん中大を応援しますよ」ときっぱり。

 「箱根駅伝を見ると、なぜか学生時代が懐かしく思える」というのは、芦沢隆博さん(昭和63年経卒)で、静岡の自宅から駆け付けた。「駅伝を大手町で見るために、江戸川区にある妻の実家に帰省しているようなもんです」と笑った。

◇     ◇

 午前8時、号砲とともに第86回箱根駅伝がスタート。中大の1区水越智哉選手(文4)は、すぐに左に折れ、日比谷通りに出て、早朝から集まった中大ファンの熱い声援を背に受け、応援団の前を他校の選手たちと一団となって勢いよく走り去った。

応援ポイント国道 15号線川崎中央郵便局前(学員会川崎支部)

 多摩川にかかる六郷橋を渡って500メートルほどの川崎中央郵便局前が応援場所。鶴見中継所まであと数キロの所だ。午前7時に集合し、応援の準備をはじめた。参加したのは10数人。「今年はのぼりをくくりつけることができず、持っていないといけないので人数が足りない」と川崎支部事務局長の岩渕義昭さん(昭和44年経卒)。

 川崎支部は15年前に横浜支部から分かれ、現在会員は約320人。岩渕さんは「以前はテレビを見て応援していたんですが、ホームカミングデーに行ったのがきっかけで、川崎支部を知って、それからは毎年、沿道で応援しています」という。

 川崎支部では、のぼり旗やCマークが入った小旗のほかに、特製の応援幕を用意。両端に棒のついた長さ1メートルほどのCマークが入った布に、この日、エントリーを確認したうえで、水越選手の名前を書き入れた

◇     ◇

 午前9時ごろ、水越選手が6位で通過した。「水越、ガンバレ」の声援が飛んだ。岩渕さんは「上位に入れば盛り上がるのでがんばってほしい」と言って、急いでのぼり旗を片付けはじめた。このあとは自宅でテレビ観戦し、応援だ。

電車を乗り継いで応援

【2区鶴見~戸塚23・2キロ】
応援ポイント 鶴見~戸塚~平塚

 鶴見中継所近くの沿道のなかに、選手を追っかけて応援する熱烈ファンがいた。宇留野信義さん(昭和44年法卒)=写真左=は、平成5年から、電車を乗り継いで各中継所へと先回りし、選手を待受けて応援している。

 大手町でスタートを見送ったあと、東京駅から東海道線で川崎駅へと急ぐ。鶴見中継所付近の沿道で、2区の山本庸平選手(経4)に声援を送った宇留野さんは、同じく東海道線の電車で戸塚駅へと向かった。戸塚中継所付近で同様に応援し、今度は平塚駅へと向かう。

 ここまでして、応援するのは「勉学と陸上競技を両立させながら、一生懸命頑張っている選手から感動を戴き、感謝しているから」という。今年も「文武両道の中大を見せて欲しい」と期待を込めた。

【3区戸塚~平塚21・5キロ】
応援ポイント県道30号線 藤沢小学校前、浜見山交差点(学員会藤沢支部)

 藤沢支部は毎年、県道30号線戸塚茅ヶ崎線藤沢小学校前と浜見山交差点の2か所で応援する。今年は、藤沢小学校と浜見山にそれぞれ約30人が応援に集まった。

 応援場所は各校が暗黙のルールにより毎年同じ場所を確保する。のぼり旗を15本立てて、選手が来るのを待った=写真右。午前10時30分を過ぎたころ、藤沢小学校前を3区の棟方雄己選手(法2)が通過。一斉に小旗を振って、「頑張れ、棟方」の声援が飛んだ。

 藤沢支部は、平成7年に設立。会員数は約280人。「白門会ができて、それまで個々に応援していた人達が集まって一緒に応援しようということになって、平成8年からはじめた」と副会長の吉原和義さん(昭和48年経卒)。この平成8年に、中大は32年ぶりに総合優勝を飾った。

 吉原さんは、「優勝した年の録画ビデオを見すぎて擦り切れてしまった」というほどの熱の入れようだ。「仕事をやっていると色々と嫌なことがあるが、仕事が終わってから録画したビデオを毎日見ることで力を貰った」という。「ユニフォームは中大が一番目立つ。白地に赤のCマーク。深紅のタスキは贔屓目に見てもナンバー1」と熱く語ってくれた。

応援ポイント 国道134号線茅ヶ崎市青少年会館前(茅ヶ崎白門会)

 毎年、選手が通過する3時間前に応援場所を確保する。日本テレビの中継ポイントがあり、テレビに映る好位置を先取りするためだ。茅ヶ崎白門会幹事長の大川文良さんは「カメラクルーとはもう顔なじみになっています」と笑う。

 場所を確保するのに、伝統校同士では、早稲田はここ、中央はここという具合に暗黙の了解が存在する。だが、「新興大学だとそうはいかない。新興大学と場所とりを競うのが大変なんです」と話すのは海老名健太朗さん(平成9年法卒)で、今年もテレビに映るいい場所が確保できた。

八王子から太鼓を持参

応援ポイント 国道134号線湘南大橋出口付近(平塚白門会)

 相模川の湘南大橋を越え、平塚中継所まで残りあと3キロちょっとのポイントに平塚白門会は、応援場所を構えた。選手の通過予定時間の2時間前に集合し、準備をはじめた。午前10時半には応援者数は60人近くになった。さらに増える勢いだ。

 平塚白門会では毎年手作りの小旗を用意し、当日応援に来た人に配っている。『中央大学』と書かれたのぼり旗も50本立てた。会員は左胸にCマーク、背中には『CHUO』の文字が入っている赤いジャンパーを着ているので、目立つ。

 中大の校歌と応援歌が流れ、応援ムードは一層高まる。さらに今年は太鼓も加わった。八王子から石田章さん(昭和38年商卒)が太鼓を持参して応援に参加したのだ=写真左。

 平塚白門会は、「平塚は箱根の中継地点。そこにいて何もしないのはOBとしてさびしい」という理由で創立され、今年6年目を迎えた。平塚から二宮まで会員がいて、現在会員は約250人。副会長の柳川正明さん(昭和37年商卒)は、「平塚には学員(卒業生)が1500人ほどいるので、もっと会員が増えてほしい」と願う。

◇     ◇

 午前11時を10数分すぎた時、棟方選手は東洋大と競って9位で通過した。一斉に沿道から「中大、頑張って」の声があがった。

【4区平塚~小田原18・5キロ】
応援ポイント 国道134号線大磯GSハタノ石油前(平塚白門会)

 平塚白門会が大磯で応援するのは、平塚中継所から3キロくらいのところで、昔の東海道の風情を残す松並木に近い地点だ。50人から60人の人が沿道の応援に集まった。中央大学名の書かれたのぼり旗を16本ほど立て、手作りの小旗を200枚配って、準備は万端だ。

◇     ◇

 4区を走るのは佐々木健太選手(法1)。11時20分すぎ、8位の選手が通過してまもなく、佐々木選手は東洋大と9位、10位を競って通過した。後続の選手とは差があり、副理事の山田喜一さん(昭和38年法卒)は、「大丈夫だ。いける」と今後のレース展開に期待を高めた。

小田原囃子で盛り上げ

【5区小田原~芦ノ湖23・4キロ】
応援ポイント 国道1号線小田原中継所付近(小田原白門会)

 小田原中継所近くの沿道には約60人の会員が集まった。「中大白門会」と書かれたのぼり旗を20本ほど沿道にズラリと並べ、会員4人による小田原囃子(大太鼓1人、小太鼓2人、鐘1人)の演奏で場を盛り上げる=写真右。小田原囃子とは、地元小田原に江戸時代から伝わる伝統芸能で、4人は小田原市役所小田原囃子班OBの学員がメンバーだ。小田原白門会の会員は、現在160人。事務局長の石井紘一さん(昭和38年商卒)は、会が発足した17年前から毎年応援している。石井さんの在学時は、中大が6連覇をしている時代だった。「もう一度、強い中大を見たい」との思いから応援を続けているのだという。

 平成9(1997)年の第73回大会では、地元の小田原高校出身の豊田雄樹選手が7区を走った。「結果は区間14位だった。でも、地元選手ということで非常に盛り上がった」と石井さんは懐かしそうに語る。

◇     ◇

 順位を8位にあげた4区の佐々木選手から小田原中継所でタスキを引き継いだ5区の大石港与選手(法3)が、12時15分すぎ、勢いよく通過していった。「今年は3位はいくかもしれない」と石井さんの期待が膨らんだ。

 その後、大石選手が力走を見せ、往路4位でゴール。レース後に石井さんに感想を聞くと、「4位の成績にみんなで大喜びしている。明日は2位もいけるんじゃないか」と興奮気味に話していた。

鎌倉の自宅から塔ノ沢へ

応援ポイント 函嶺洞門出口付近

 箱根塔ノ沢の函嶺洞門出口付近で中大の小旗を振って応援している人がいた。小川祝さん(昭和33年経卒)=写真左=で、毎年、鎌倉市から電車を乗り継いで応援に来ているという。

 小川さんは、まず自宅のある鎌倉市から藤沢へ向かい、そこの沿道で応援。10時30分ごろ、選手が通過したのを見届けて、JR藤沢駅へ向かう。10時49分の東海道線に乗り、小田原へ。小田原からは、小田急線に乗り換え、11時25分発の電車に乗り、箱根湯元へ向かう。箱根湯元には11時38分に到着。そこから函嶺洞門までは歩いて10分だ。

 小川さんは「Suicaが無かったときは、切符を買うために並んで、電車を1本乗り過ごしていた。昔と違って今は本数が多いので、電車で移動するのも以前ほど大変ではなくなった」と話してくれた。

 大石選手は、12時30分を数分すぎたころ、函嶺洞門を通過。快調に先を行く選手を追った。

応援ポイント 大平台ヘアピンカーブ (白門48会・不動産建設白門会)

 小田原中継所から9・6キロ地点にある大平台ヘアピンカーブは、テレビ中継でおなじみの応援ポイントだ。この沿道に、地主さんの了解を得て、「不滅の六連覇 中央大学」という横断幕を掲げて応援するのは、白門48会と不動産建設白門会=写真右。

 白門48会は、全員が白地にCのマークを付けた帽子とおそろいのジャケットを着て応援。神奈川県父母連絡会からも応援に駆けつけ、テレビを見て足を運んだ一般の応援団も含めると総勢50人の大応援団になった。

 「一本のタスキを全員でつなぎ、一人がみんなのために、みんなが一人のためにというのが駅伝最大の魅力です。でも一番は母校愛です。毎年、仲間と一緒に応援して中央大学で学んでよかったなと実感できるのです」と話してくれたのは白門48会の新倉利明さん(昭和48年経卒)。

◇     ◇

 大石選手は区間3位の見事な走りを見せて、3位日体大に11秒差に迫る4位で往路ゴール。ゴール後に電話すると、新倉さんは「大石君の力走には感動した。あすの復路では2位、3位の争いを見せて欲しい」と興奮冷めやらぬ様子で語ってくれた。

豊橋から日帰りで応援に

応援ポイント 元箱根バス停(中大応援団)

 元箱根バス停付近の中大応援団の応援場所で、選手通過の1時間半以上前から小旗を振っている人がいた。車で愛知・豊橋市を朝6時に出発し、芦ノ湖に11時半に着いたという父母連絡会愛知県支部前支部長の竹澤康穂さん=写真左。選手を見届けたら、豊橋に戻る日帰りでの応援だ。

 父母連絡会愛知県支部では毎年、伊勢の全日本大学駅伝に50人くらいで応援に行っているが、竹澤さんが箱根駅伝の応援に来たのは今年が初めて。「できたら愛知県支部で毎年、箱根の応援をやりたいけど、時間的、経済的になかなか難しいです」と話す。

 現在、法学部4年の娘さんの中大入学がきっかけで、駅伝を応援するようになった竹澤さんは、娘さんを連れて全日本の応援に行ったところ、それまで陸上にまったく興味がなかった娘さんが、「今では選手の名前を覚えるくらい陸上にはまっている」と笑顔で話してくれた。

 「仕事が今年は勝負の年を迎えた。箱根と自分の仕事を重ねて、今年は突っ走りたいと思って、応援に来ました」というのは、加藤清紀さん(平成15年商卒)と星野洋介さん(平成18年経卒)。

 毎年、バスを仕立て、箱根に1泊して往路・復路を応援している「箱根駅伝を強くする会」の人たちものぼり旗を持って配置についていた。その一人、中村康弘さん(昭和55年理工卒)は、千葉県流山市からの初参加だ。「例年正月は、田舎へ帰っているが、今年は帰らずに応援に来た」という。

 平成8年に中大が総合優勝したときは、たまたま仕事で出ていた大手町でゴールシーンをみることができた。中村さんは、その時の様子を「中大のユニフォームが光っていた」と語ってくれた。

4位に「復路が楽しみ」

◇     ◇

 午後1時30分すぎ、中大応援団の前を大石選手が4位で通過すると、「いいぞ、大石。頑張れ」の大声援。前を行く日体大を抜いて3位にもあがる勢いに、「やったぁー」「すごい。明日の復路が楽しみ」といった声が飛び交い、応援は一段と盛り上がった。

タスキかけた中大応援犬

 ゴール地点近くの芦ノ湖湖畔に、『中央大学』と書かれた手作りのタスキを胴体にかけた、かわいらしい中大応援犬が現れた。飼い主は末廣勝さん(法学部通信教育課程)と父親の正明さん=写真右=で、町田市から応援に来たという。イヌの名前は「くまはち」という。法学部の先生が拾い、先生の自宅と末廣さんの家が近かったため一緒に育てているそうだ。

 「くまはち」は中大を応援する人たちに囲まれてすっかり人気者になっていた。

◇1月3日、復路◇

【6区芦ノ湖~小田原20・8キロ】
応援ポイント 元箱根バス停(中大応援団)

 まだ辺りが暗い午前6時すぎ、中大応援団の場所には、リーダー部、チアリーディング部、ブラスコアー部の部員たちが、すでに到着していた。午前7時の応援開始までじっと待つ。さすがに箱根の山、日が昇らないうちは冷える。

 Cマークが入った暖かそうなコートを着て、のぼり旗を持って立っていたのは、岩手県から「箱根駅伝を強くする会」のバスで応援に参加した吉田敏彦さん(昭和39年法卒)=写真左。

 「駅伝の魅力はチームワーク。リタイアは許されない緊張感ですね。1人が他の9人のために頑張る姿がなんとも言えず、良い」と吉田さん。駅伝に魅了され、7年前、62歳のときに、フルマラソンを始めた。今は10キロを週5日走り、去年はホノルルマラソンにも参加した。

 「数年来、期待を裏切られてきたが、今年は期待が持てる。平成8年の中大の優勝はテレビで観ていて感動した。今度はナマで優勝を観るのが夢だ。足腰が動く限りずっと応援に来たい」と駅伝に対する熱い想いを語ってくれた。

6連覇懐かしむ応援団OB

 午前7時にはじまった中大応援団の様子を厳しい眼差しでみていたのは、応援団OBの角田勝さん(昭和41年法卒)=写真右。卒業後も毎年、応援団のバスに乗って、箱根まで来ているという。「6連覇の感動の余韻が忘れられない。応援団と観客と選手との一体感、ピーンと張りつめた独特の緊張感が何ともいえずにいい」と角田さん。

 9年前、応援団の団旗が強風で折れてしまうというトラブルに見舞われた。だが、スペアを用意していたため、事なきを得た。その時、「応援団の伝統を後輩たちが良く受け継いでくれている、と思って感動した」と当時を思い起こしていた。

 「午前3時30分に浜松を出発し、箱根まで応援に駆けつけた」というのは、中央大学父母連絡会静岡県支部長の立林廣行さんと貴子さん夫妻=写真左。同県支部の人たちとバスを仕立てて、途中、静岡、富士、三島を経て約3時間半をかけて午前7時に到着した。

 「息子が中大に入ったのがきっかけで、3年連続で箱根に来ています」と貴子さん。「実際に見ると迫力が違う。雰囲気に圧倒されます」と廣行さん。

 静岡県支部の人たちは、復路スタートの応援を終えると、近くのゴルフ場へ移動。そこで朝食を取りながらテレビを見て、応援だ。

応援ポイント 大平台ヘアピンカーブ (白門48会・不動産建設白門会)

 4位で箱根・芦ノ湖をスタートした6区の山下隆盛選手(法3)は、区間賞ペースで快調に山を下っていたが、7・6キロ地点でアクシデントがおきた。左へ曲がる急カーブで身を乗り出した観客をよけ、右横で並走していた2位の山梨学院大の選手との接触を避けようとして前のめりに転倒したのだ。

 しかし、山下選手は思わぬピンチにもめげず、力強い走りをみせた。13・7キロ地点の大平台ヘアピンカーブで、山下選手の走りを見届けた新倉利明さん(昭和48年経卒)は、「見事な走りで、山下コールが起こった。転倒もあったが大きなけがにはならず、本当によかった」と胸をなでおろした。

 最終的に中大が総合4位で大手町にゴールしたあと、新倉さんに電話すると、「期待以上にチーム力が発揮された走りだった。4位という結果は大変喜ばしい」との声がかえってきた。「中大の応援には、いつもたくさんの人が駆けつけるから、それが選手の励みなっていると思う。これで来年はいける」と新倉さんは、早くも来年の優勝に想いを馳せていた。

3位通過に期待膨らむ

応援ポイント 国道1号線小田原中継所付近(小田原白門会)

 6区は選手の通過時間が朝早いために、往路に比べ沿道で応援する会員は少ない。それでも早朝から20人ほどが集まり、沿道から声援を送った。

◇     ◇

 午前9時すぎに、山下隆盛選手が3位で通過、小田原中継所で7区の高橋靖選手(法4)へとタスキがつながれた。小田原白門会事務局長の石井紘一さんは、「最低でもシード権は確保してもらいたい」と思っていただけに、中大の予想外の健闘に、「これなら最終的に3位はいくかもしれない」と期待を寄せた。

【7区小田原~平塚21・3キロ】
応援ポイント 大磯・デニーズ東側歩道(平塚白門会)

 道路を隔てて、往路と反対側に、応援場所をかまえた。平塚中継所まで、残り3キロほどの地点だ。駆け付けた会員は20人前後。その他の人たちを合わせると50人ほどが集まった。のぼり旗を15、6本立て、手作りの小旗約200枚を用意し、沿道の人々に配った。

 7区を走る選手は、パソコンを使って調べ、高橋選手の名前をしっかり確認した。午前10時近く、高橋選手が3位で走ってきた。副理事の山田喜一さんはじめ全員で、「高橋、頑張れ」と熱い声援を送る。

 前日の往路4区での通過順位は9位だった。それが3位まで大きく順位をあげてきた。「みんな応援に意気があがった。順位があがって、今年は本当に盛り上がった」と山田さん。高橋選手が通過した後、どこからともなく、「来年も必ず応援に来よう」と大きな声があがった。

【8区平塚~戸塚21・5キロ】
応援ポイント 国道134号線湘南大橋入口(平塚白門会)

 復路8区は、往路と同じ相模川を渡る湘南大橋での応援となった。例年は往路の反対側に移動するが、今年は道路工事が行われていたためだ。

 午前8時30分に集合、前日と同じように中大の校歌と応援歌を流して、応援ムードを盛り上げる。30本ほどののぼり旗を沿道に立てる。八王子からはせ参じた石田章さんも、前日の往路に引き続き持参してきた太鼓で応援に加わる。

 8区を走るのは小柳俊介選手(商2)。「小柳という選手が来ます」と沿道の人に伝え、小柳選手の姿が見えると、みんなで「コヤナギ」と名前を大声で叫ぶ。10時20分ごろ、小柳選手は3位で通過した。

 その後は、恒例の新年会だ。レストランの2階を借り、3台のテレビを見ながら、大手町のゴールまで応援する。ゴールを見届けると、全員で中大の校歌を歌って解散する。

◇     ◇

 「今年は好成績だったのでいつもの年より、なごやかな新年会だった」と話すのは小林定寿さん(昭和42年理工卒)。「平塚白門会は、二宮から平塚まで毎年熱狂的に応援しているので、今年の結果(4位)に満足しています。シード権争いだった去年に比べ、喜びはとても大きい」と小林さんはゴール後、電話で話してくれた。

応援ポイント 国道134号線茅ヶ崎市(茅ヶ崎白門会)

 この日も前日の往路と同じに、『ガンバレ中央ガンバレ中央』『力、力、中央大学』の横断幕を掲げた。その前を小柳選手が走り抜けた=写真右。

 この横断幕は20年前につくったもので、「予算がなく、作り替えられないんです」と茅ヶ崎白門会幹事長の大川文良さんは、申し訳なさそうに話した。

応援後は恒例の新年会

応援ポイント 県道30号線藤沢小学校前、浜見山交差点、遊行寺坂上 (藤沢支部)

 前日の往路に引き続き藤沢小学校前と浜見山交差点で応援。復路は新たに遊行寺坂上を加え、3ヵ所で応援だ。この日は、遊行寺に20人、藤沢小学校には50人、浜見山には、30人の合計100人ほどが応援に集まった。復路の応援が終わると、恒例の新年会を開くため、往路に比べれば例年多くの人が駆けつけるという。

 選手が藤沢小学校を午前10時50分過ぎに通過すると、新年会の会場=写真左=へ移動。藤沢支部でも、復路のゴール後、全員で中大の校歌を歌うのが毎年恒例になっている。

【9区戸塚~鶴見23・2キロ】
応援ポイント 保土ヶ谷区国道1号線西久保町バス停付近 (横浜支部)

 復路9区では、学員会横浜支部の会員が毎年応援している。往路2区は、選手の通過時間が朝早いということもあり、各自で応援するが、9区は、みんなで集まって応援する。

 今年は、100人ほどが応援に駆けつけた。のぼり旗を立てて、小旗を振っての応援だ。今年は手製の小旗を約300本配った。いつもは「中大、頑張れ」と声援することが多いが、今年は9区を走る斎藤勇人選手(商3)に、「斎藤君、頑張れ」と名指しで応援だ。

 横浜支部幹事長の菊田和行さん(昭和48年法卒)は、「戸塚で斎藤君がタスキを受けたのが3位ですからね。優勝も狙えるので、力の入れ方が違う」と話す。 横浜支部の会員は約680人。分会を合わせると2000人にもなる。箱根駅伝の応援は、平成14年から始まった。当初は電気会社の敷地を借りて、テントを張り、樽酒やコーヒーやお茶を用意して振舞っていた、という。今の場所には、5年前に移った。

 全選手が通過した後は、残った人で応援した場所を掃除するのが横浜支部の恒例行事となっている。その後は、これもお楽しみの新年会だ。

【10区鶴見~大手町23・1キロ】
応援ポイント 川崎区国道15号線稲毛神社前 (川崎支部)

 10区の応援場所は、往路1区で応援した場所の向かい側だ。復路は往路と比べて時間に余裕を持って準備ができる。午前11時に集合。人数も約20人に増え、選手の名前入り応援幕も往路の倍の4枚に増やした。

 10区を走る辻幸佑選手(経4)の父・敏弘さんと姉の美甫さんが駆け付けてきた。敏弘さんは、辻選手の名前が入った応援幕を見て、「よろしくお願いします」と中大応援団に感謝を伝えたあと、ゴールの大手町まで辻選手の後を追った。母の恵子さんは品川で応援してから大手町へ向かった。

◇     ◇

 12時30分を過ぎて数分後、辻選手が4位で川崎支部が応援する前を通過。「いいぞ、辻。前を追え」「いけるぞ。頑張れ」の声援が飛ぶ。選手通過後、事務局長の岩渕義昭さんらは後片付けを急いで、近くの居酒屋に場所を移し、今度はテレビ前で応援だ。新年会も兼ねてゴールまで見届ける。

ゴールを真下にみて応援

【東京・大手町ゴール】応援ポイント 大手町サンケイビル(白門司法書士会・白門53会)

 読売新聞社前のゴールを見下ろす大手町サンケイビル2階。そのフロアのバンケットルームで、ゴール予定時間の数時間前から司法書士会白門会と白門53会の合同新年会が開かれていた。箱根駅伝の応援は今年で5年目になる。

 ゴールに選手が近づいてくるまでは、バンケットルームでテレビ観戦。選手が近づいてくると、同じ2階にあるゴールを見下ろせる喫茶店に移動する=写真下。今年は約40人が応援に参加した。

 「喫茶店は1年前から貸し切り予約しています」という福田守弘さん(昭和53年法卒)は、司法書士白門会と白門53会を繋ぐパイプ役的存在だ。テレビを見ながら、「去年はシード権ぎりぎりで怖かったけど、今年は安心だ」と表情も緩む。司法書士白門会会長の黒澤功記さん(昭和38年法卒)は、「駅伝は個人プレーではだめ。プレッシャーの中で10人が走り抜いて、タスキをつながないといけないのが魅力」と話す。

 6年前に設立された白門53会の会員数は約160人。この日は応援に6人が参加した。白門53会会長の野田明利さん(昭和53年商卒)は、中大が息子さんの在学する東海大、娘さんが通う東京農大の上位にいるため、「今年は気分がいい」と笑った。

◇     ◇

 辻選手が、区間2位の力走で3位の山梨学院大に14秒差に肉薄する4位でゴールした瞬間、窓越しにゴールを見つめていた会員らから「すごい」「中大復活だ」の声とともに一斉に大きな拍手が湧き起こった。

応援ポイント 選手を称える会(日本橋・常盤橋公園)

 大学関係者、OB・OGはじめ大勢の中大ファンが集まって、行われた。4位の好成績に、どの表情もにこやかだ。挨拶に立った永井和之総長・学長は、この結果に「あと少しで3位。これが中大」と選手を称えるとともに、「全国で応援してくれた中大ファンのおかげです」と述べ、感謝の意をあらわした。

 また久野修慈理事長は、「本当にしっかり走ってくれた」と選手をねぎらったあと、「チームワークをとっての優勝…」と思わず〝優勝〟を口に。すぐに「いや、来年は優勝ですからね、みなさん」と言い換えて笑いを誘い、会場からは「そうだ」の声が飛んだ。

 これにこたえて浦田春生監督は、「また上を目指して頑張っていきたい」と挨拶し、来年のさらなる上位進出を誓った。

辻選手の健闘称える父親

 称える会終了後、辻幸佑選手の家族(父・敏弘さん、母・恵子さん、姉・美甫さん)が、辻選手を待ち受けていた。それぞれに笑顔がはじける。「品川では『幸佑コール』がすごかったです」と恵子さん。辻選手と対面した敏弘さんは、しっかりと辻選手と抱き合い、「立派。よくやってくれた」と涙ぐんで、区間2位の息子の健闘をたたえた=写真左。

学生記者取材班 伊藤知広(今春、経済学部卒業)/上田雄太(今春、文学部卒業)/野崎みゆき(法学部3年)/望月繁樹(文学部3年)