「経済学で学ぶ課題解決へのヒント~暮らしやすい地域のしくみづくり」
「中央大学×大手町アカデミア」第9回
講師 中村 大輔(なかむら だいすけ)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 経済学、都市・地域政策、空間・立地政策など
聞き手 高橋 徹(たかはし とおる)/読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員
司会 関水 誠(せきみず まこと)/一般社団法人読売調査研究機構
中央大学が培ってきた「価値ある知」を社会還元する第9回講座「中央大学×大手町アカデミア」が2月13日にオンラインで開催されました。今回は、経済学の視点で地域課題の解決にどう向き合うか議論されました。中村教授の講演に続き、高橋主任研究員とのトークセッション、Q&Aが行われました。
経済活動と地域活動の相乗効果を
講演は、私たちの社会は「市場経済」で高い利便性を実現しているものの、地域では人間関係や連帯感が薄まり、地域活動への関心が低下し、持続可能な地域づくりに課題が出ているとのテーマでスタート。そして、当該課題は市場メカニズムでは瞬時に対応できないことから、地域の資源をどこにどう展開するか、経済学の枠組みを「立地理論」に援用して経済活動と地域活動が相乗効果を生むシナリオを設定し、課題解決できるかもしれないとの提起がなされた。
中央大学と東京・多摩市では令和2年度から同市東寺方小学区をモデル地区にその研究を共同で実施しており、多摩市に新たに設置された「協創推進室」によって、地域活動をサポートする態勢が徐々に整ってきているとのこと。東寺方小学区は京王・聖蹟桜ヶ丘駅が最寄り駅となり、人口は2万3000人ほど。共同研究では、まず住民アンケートで地域特性や課題を絞り込み、アンケート回収時に連絡先を別途記入された方々を中心に、年3回のワークショップ「エリアミーティング」で議論を重ね、今年で5年目に。
エリアミーティングにおいて、住民主体の地域活動「ミニプロジェクト」がいくつも立ち上がり、無理のない持続可能な活動が始まったとのこと。最も活動が盛んな「音楽・文化」グループは地域におられるバイオリン、ピアノやウクレレ奏者によるミニコンサート、「スポーツ・遊び」グループは地域の子どもたちとの大栗川沿いのテーマ付き清掃活動、「自然・環境」グループは通学路安全点検や豊かな自然再発見ツアーなどを開催。さらに今年度からは、自治会や世話人会などの既存地域活動団体の方々と、エリアミーティングに長く携わっておられる方々を結ぶ「協創ミーティング」も併せて開催。
活動の持続性は「負担感以上の充実感」がカギ
参加者からは「負担感以上の充実感がある」という声が聞かれるようにもなり、活動参加が全体としてプラスである「ネット・ベネフィト」がある限り、「自分もやってみよう」という人が出てくる可能性が期待できるとのこと。そこで、参画者を募る「入りやすい」場づくりとして、ミニプロジェクトの一つ「コミュニティ・勉強会」により令和6年度から始められたのが「寺子屋」プロジェクト。
学ぶ場だけでなく、仕事のスキルアップや交渉力を磨いたり、身の回りの相談もできる場にしていくことが大事で、地域をサポートすることが有機的に形成されると、自ずと地域からサポートを受けられるようにもなるのでは、との議論も。参加者が増えると様々なアイデアが集まり、できることが増え、参加者が持つ特技を生かしやすくなることから、経済学でいう「比較優位」の好循環になるとのこと。
現段階、共同研究の一連の取り組みは、持続可能な地域のしくみづくりの導入段階に達しているとされ、今後は地域の高度化がテーマに。地域の高度化については、単純化した式で形式的にも示された。地域を担う個々の負担を分数で表し祭りのお神輿(みこし)に置き換えると、「分子」が神輿の重量(必要活動量δ=デルタ)、「分母」が担ぎ手の数(活動参加者数σ=シグマ)となる。ここで、ブースター(数式ではα=アルファ)である「手助け人」が「分母」に入りやすくなる雰囲気がひとたび醸成されれば、活動参加者の負担は軽くなるという仕組み。さらに、地域人材がスポーツ経験をお持ちで、ストレッチなどの健康プログラムを地域の人たちに向けに導入すれば、「分子」側のサポートされる立場の方々が、「分母」に回ることも。こうして、αがますます増幅されて全体が底上げされることで、地域の高度化につながっていくとのこと。地域の高度化によって、現代社会における様々な変化にも柔軟に対応でき、自然災害をはじめとしたリスクへの予防や、早期対処ができるようになる。すなわち、瞬時に対応できない市場経済を地域がサポートし、両者が共存するシナリオも描けるようになるとのこと。
講義のまとめにおいて、次のような議論も。第一に、私たちの日常は市場メカニズムと公的サービスがあれば十分暮らせるとの声もある。しかしながら、平時から近くに安心して頼れる人たちと暮らせる環境なら、例えば、有事に避難所生活をする際に、「誰も知らない」なのか、「~さんたちもいる」なのか。また、予期せぬ事態に対応しなければならない時に、「周囲に聞ける人がいないので自己判断」なのか、「~さんたちにも相談してみよう」なのか。地域でのつながりが確立していれば、困りごとに対処できることが期待できるとのこと。
大学が介在して地域資源の有効活用へ
続くトークセッションでは、高橋主任研究員が講演のポイントを整理する形で、「立地理論でいう地域の資源とは」、「地域コミュニティづくりへのアプローチ」、「東京・多摩市との共同研究の到達点」といった質問がなされ、討論が繰り広げられました。このうち、「地域コミュニティづくりへのアプローチ」に関しては、「地域コミュニティ再生に向けた多摩市との共同研究での仕掛け」について尋ねられると、福岡市の新しいまち「福岡アイランドシティ」での地域づくりの取り組み経験なども踏まえ、「課題解決のためのプログラムを住民主体で作りだし、自治会など既存の地域活動団体とつながっていくことが大切」との議論に。また、「東京・多摩市との共同研究の到達点」については、「行政と地域住民に、大学が中間支援組織として介在し、(地域活動団体、施設、設備などの)地域の資源を無理なく有効に活用できる仕組みづくりを完成させていきたい」とのこと。最後に、高橋主任研究員により、「多摩市のケーススタディーから地域コミュニティ再生の鍵は、住民の心理的負担を減らし参入障壁を低くすることが重要であることが分かった」といったまとめがなされた。
Q&Aには受講者から多数の質問が寄せられ、「地域活動へ一歩を踏み出していくための方法」という問いに対して、「入りやすい仕組み作りが必要で、地域活動団体の方々が期待されている大きさと新規参加希望者のできることの大きさの差を、行政や大学、地域の支援機関が、何らかのクッションとして担っていくことができれば」との議論に。また、「多摩地域はジブリ映画の「聖地巡礼」が盛んだが、オーバーツリズムの問題についてはどうか」との質問については、「現時点、地元では好意的に対応されていると思われるものの、(巡礼地を)良い状態で見てもらいたいというメッセージ性の強いお願いを主体的に発信している観光地もある」と、福岡・糸島市の例などが紹介された。
※2025年2月13日に開催した「中央大学×大手町アカデミア第9回 経済学で学ぶ課題解決へのヒント~暮らしやすい地域のしくみづくり」の動画はこちら。
中村 大輔(なかむら だいすけ)/中央大学国際経営学部教授
専門分野 経済学、都市・地域政策、空間・立地政策など2006年英国グラスゴー大学にて J.B. Parr 教授師事のもと博士学位 (Ph.D.) 取得。2008年まで米国イリノイ大学での Geoffrey J. D. Hewings 教授を代表とする地域経済学応用研究所所属客員研究員、2010年まで南米チリ Northern Catholic University での専任教員を務め帰国。その後、2013年まで北九州市公益財団法人国際東アジア研究センターでの上級研究員ならびに九州大学大学院経済学研究院での客員准教授、2019年まで福岡女子大学での准教授および同大学女性リーダーシップセンター開設準備室副室長に就き、2019年4月より現職。
専門領域は Location Economics。現在の研究テーマは、「限られた資源のもとでの持続可能な地域経済と暮らしやすさ」であり、最新の掲載論文にNakamura D (2022) A Cooperative regional economic system for sustainable resilience policy. Applied Spatial Analysis and Policy. DOI: 10.1007/s12061-022-09443-5 などがある。
また、中央大学経済研究所空間システム研究会幹事、多摩市企画政策部企画課とのモデルエリア事業共同研究代表、八王子市都市計画マスタープラン改定懇談会委員等を務め、現在に至る。