特集

「買いたい気持ちを科学する~認知心理学からのアプローチ」

「中央大学×大手町アカデミア」第7回

講師 有賀 敦紀(ありが あつのり)/中央大学文学部教授
専門分野 認知心理学、消費者心理学

司会・聞き手 井深 太路(いぶか だいじ)さん/一般社団法人 読売調査研究機構専務理事

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 中央大学が培ってきた「価値ある知」を社会還元する連携講座「中央大学×大手町アカデミア」が6月19日にオンライン開催されました。今回のテーマは「認知心理学から読み解く消費者行動」。社会貢献のためのツールとしての消費者行動の可能性などが議論されました。有賀教授が講演し、続いて有賀さんと司会者のトークセッション、最後にオンラインでQ&Aが行われました。

消費者行動に影響を与える「選択的注意」

 「買いたい気持ちを科学する~認知心理学からのアプローチ」と題して講演した有賀さんは、人は同じ「刺激」を受けても、脳内の情報処理プロセス(認知プロセス)によって、異なる「反応」が生まれる。外から測定できる「刺激」と「反応」の関係性から、頭の中の情報処理プロセスのメカニズムを研究していると、まず認知心理学の考え方を紹介しました。買いたい気持ちを、視覚による情報処理の仕組みから考えてみる。視野の全体を粗く把握し、処理の優先順位を決めて対象を選択し、詳細処理を行う。処理結果を出力し、次の対象を選択して処理し、記憶を構築していく。この際の情報の選択を「選択的注意」というが、それをどこに向けるかが情報処理やその出力結果となる意思決定に影響を与える。消費者行動にとってこの「注意」が重要な要因となると強調しました。

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 例えば、商品の陳列。横に並べる水平陳列、縦の並べる垂直陳列――どちらが優位か。欧米では人の視野は横に広く、横の眼球運動が優位だから、水平陳列の方が情報処理上効率的であるとされる。しかし、新聞など縦読み文化のある日本での実験結果からは、水平陳列の優位性は普遍的でないことが分かった。消費者行動は、視線を向ける前の「注意」の方向性操作の影響を受けるし、文化差も考慮したほうがいい。店舗内のポップ(手書き広告)やパッケージの文字列の方向が、消費者の買いたい気持ちに影響を与えている可能性があると指摘しました。

行動に深く関与する「無意識」

 さらに、人の無意識の分野が情報処理に与える影響に言及。人の心を氷山に例えたフロイト(心理学者1856-1939)は、水面上の意識に対し、水面下に広大な無意識があるとした。その無意識が私たちの行動に深く関与している。情報処理では顕在的プロセスが意識、潜在的プロセスが無意識の分野になるが、この両プロセスの違いを「福島」の現状から見る。福島は東日本大震災(2011年3月11日)で原発の被害を受け、農水産物が売れない時期があった。差別や偏見もまだ取り除かれていない。品質が高く、安全なのに農産物は低価格が続き、震災前に比べスーパーに並ばない。種々のアンケートから「福島県産」に対する消費者の顕在的態度はネガティブではないのに買い控えが生じている。ならば潜在的態度に注目すれば、そのパラドクスは解消できるのではないかとしました。

 そこで既に確立されている潜在的態度の測定法である「潜在連合テスト(IAT)」を使って、米や水産物など特産物が似ている佐賀県産と、福島県産について、かつての勤務地で過去に福島同様の問題があった広島と、東京で消費者の潜在的態度を調べた。顕在的態度は両都市とも福島県産にポジティブだったのに対し、潜在的態度では両都市ともネガティブで、特に福島に近い東京ほどネガティブだった。人間の行動は顕在的態度と乖(かい)離した潜在的態度の影響も受けることが分かった。測定した2017~2018年のデータでもそれは修正されなかった。いったん取り込まれた誤情報を訂正することは難しいと述べました。

 ではどうやって解決するか。有賀さんは研究を踏まえた意見として、国民と福島の接点である消費場面をツールとして利用し、消費者の環境操作で行動変容を促すことを提案しました。具体的には、購入した消費者にポイントなどの報酬を与えてインセンティブとする、つまり外発的動機づけをする。これは即時的効果があるものの、コストがかかるほか、キャンペーンが終われば元に戻る。しかし、メリットはそのデメリットを上回る。消費者は外発的に動機づけられた他者の消費行動を模倣する。「同調」「社会的比較」というが、自発的・持続的な購買につながる可能性がある。行動変容に加え、アクセスしやすいウェブページなどを準備して事実を伝え、誤情報の訂正もついでに行う。外発的動機づけをトリガーにして、消費者の同調や社会的比較の循環を生み出すことで、持続的な購買行動につなげ、さらには差別・偏見の解消を目指す――と力説しました。

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まず行動することから認識を変える

 続くトークセッションは、講演のポイントを整理する形で行われました。「消費者行動が社会の問題を解決する」「研究対象としての消費者行動」など4点が取り上げられ、司会者が有賀さんに質問しながら討論しました。司会者が消費場面を利用した消費者の行動変容について、「人は認識してから行動に移すのでは」としたのに対し、有賀さんは「(消費場面では)まず行動してもらい、認識を変えていくことが大事。個人の認識は一貫性の法則や、社会との同調があいまって長期的な行動変容につながる」と発言、「その意味でマーケティングに関わる人は、消費場面で社会的影響力を持つ可能性がある」としました。また、司会者が消費者行動と企業などのマーケティングとの関係で「消費者が(心理学で)操作されている感じを持ってしまう」と質問したのに対し、有賀さんは「確かにその側面はあるが、同時に買い物を楽しくする役割もある」と述べました。さらに、スマホなどに好みの商品がデジタル表示されることについて「消費生活を豊にしているか」と問うと、「買い物方法の多様化はよいこと。対面での買い物も自分の興味や好みを知り、失敗の経験を持つ大切な場」などと語りました。

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 Q&Aには受講者から多くの質問が寄せられました。悪質商法への注意点を問われた有賀さんは、「過信が禁物。結果を知っている後知恵バイアスがある」。買いたい衝動をどうコントロールするかには、「周りに迷惑かけない程度に楽しめばいい」などと答えました。最後に「心理学の教養で自分や他者の行動を客観視でき、世の中の見方もちょっと変わるかも知れない」と結びました。

有賀 敦紀(ありが あつのり)/中央大学文学部教授
専門分野 認知心理学、消費者心理学

2009年に東京大学大学院人文社会系研究科にて博士(心理学)を取得。2009年から日本学術振興会海外特別研究員としてイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて研究に従事。2011年から立正大学心理学部専任講師、准教授、2016年から広島大学大学院総合科学研究科(のちに人間社会科学研究科)准教授を経て、2022年から現職。

専門は認知心理学、消費者心理学。

最近は認知心理学の視点から消費者被害の分析を行い、それに基づいた消費者教育も行っている。