特集

少子化対策と共生社会

「中央大学×大手町アカデミア」第5回

宮本 太郎(みやもと たろう)/中央大学法学部教授
専門分野 福祉政治論
山崎 史郎(やまさき しろう)さん/内閣官房参与
専門分野 社会保障、人口問題

chuo_20231116_topimg.jpg 中央大学が培ってきた「価値ある知」を社会還元する連携講座「中央大学×大手町アカデミア」が10月19日にオンラインで開催されました。第5回となる今回のテーマは「少子化対策と共生社会」です。日本はいま非常に早いスピードで少子化が進み、人口減少が加速している流れに対し、どのような対策を講じ、どのような社会をつくっていくべきかを考えました。講座では、福祉政治論を専門とする中央大学法学部教授の宮本太郎氏と、政府の少子化対策で大きな役割を果たす内閣官房参与の山崎史郎氏がそれぞれ講演し、特別対談しました。

人口減少と少子化対策-ミュルダール構想の意義

 最初に「人口減少と少子化対策-ミュルダール構想の意義」と題して講演した山崎氏は、人口減少は労働力減少にとどまらず、消費者減少とマーケット縮小をもたらすと指摘しました。日本はその進み方が急速で果てしないことが問題で、対策は減少のスピードを緩和、安定させること、そのためには出生率(2022年で過去最低1.26)の向上を図るしかないと語りました。

 出生率向上策として、結婚支援へ所得向上・雇用確保、働き方を変えないでいい仕事と子育ての両立支援――などを挙げました。政府は「異次元の少子化対策」を打ち出しているが、目新しいことをやるのではなく、必要なことを2030年をめどに一気に全部やるということ。社会や職場の意識改革も必要で、父親も地域も社会全体で子育てを支えていく方向性こそ「地域共生社会」に通ずるとしました。また、出生率が上がっているスウェーデンやドイツなどの家族政策の公的社会支出がGDP比3%超(日本1.95%)であることも留意点として紹介しました。

 「ミュルダール構想」に触れ、1930年代にスウェーデンで出生率を巡る政策論争が起きた時、ミュルダール夫妻(ともにノーベル賞受賞者)が、すべての子どもの出産・育児を国が支援する普遍的家族政策と、子どもに向けた「未来への投資」を提唱し主導したとし、その考え方は今の日本にも生かせると述べました。

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少子化対策から共生社会ビジョンへ

 続いて宮本氏が「少子化対策から共生社会ビジョンへ」というテーマで講演。人口減少は地方を衰退させ、大都市の過密を深刻化し、世代間の支え合いも1対1の「肩車型」よりも「重量挙げ型」になるおそれがあると指摘しました。日本の少子化は、晩婚・未婚化(婚姻率の低下)と少産・非産化(有配偶出生率低下)という2つの要因があり、労働市場での①時短②賃上げ、社会保障での③現金給付(児童手当等)④サービス給付(保育支援等)を提起。婚姻率アップに賃上げが不可欠であり、有配偶出生率に時短や現金・サービス給付が重要としました。

 出生率引き上げに成功してきたスウェーデンは、すべての国民に出産手当を給付し、同一労働同一賃金と保育士1人に子ども5人の政策を、80年前からやってきたと紹介しました。消費税アップで「保育の質」を上げ、国民に税金を"第2の財布"と実感させたと述べました。自助でもなく、福祉依存でもない、人々がつながり支え合いながら、幸福を追求することを公的に支援する――そんな共生社会づくりを主導したのが、ミュルダール夫妻の考え方だと語りました。

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女性のポジション...少子化対策の一丁目一番地

 この後、宮本氏が問題を提起する形で山崎氏と対談しました。まず宮本氏が、結婚したくてもできないとか、今の年収では子どもを持てないなどの若い世代に政府への不満、批判がある一方、議論が負担や財源など目の前の問題になりがちで、「未来への投資」の視点が必要と述べました。山崎氏は子育て世帯にとって負担にはリターンがあり、時間はかかるが必ず戻ること、拠出(負担)と給付のネットでプラスになる投資であると考えて欲しいと力説しました。また、政策は国民とのキャッチボールであり、この問題の対策はとにかく前に進めていくことが大切だと強調しました。

 宮本氏が晩婚・未婚化対策としての労働時間の短縮や賃上げで「企業の協力」が欠かせないとしたのに対し、山崎氏は子育てが企業の問題であるという発想がなかったのではないか、子どもの誕生は消費を高め、未来の消費者でもあることを、企業はよく考えるべきだと述べました。さらに「女性のポジション」について、宮本氏が育児と仕事の両立というが、女性だけが忙しくなっていると指摘したのに対し、山崎氏は、それは「少子化対策の一丁目一番地」の問題であり、そのことをよく話せば分かってくれる男性や経営者は多い。日本社会は分かれば早いので、企業などはトップダウンでやるとか、対応のスピードアップが必要と話しました。

 また、「共生社会づくり」について、公的支援や財源確保の問題に加え、山崎氏は地域や職場で自分からつながりをつくる心の持ちようが大事と説き、宮本氏は押しつけられた共生でないこと、家族や職場、サードプレイス(カフェや公園など心地よい居場所)でつながり直せる、つながりを再チャレンジできることが大事になるとまとめました。

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 最後にオンラインでQ&Aが行われ、「これまでの少子化対策の成果は」「『全世代型社会保障』とは何か」などの多くの質問が寄せられ、講師がそれぞれ意見を述べ、回答しました。

※2023年10月16日に開催した「中央大学×大手町アカデミア第5回 特別対談 少子化対策と共生社会」の動画はこちら。

宮本 太郎(みやもと たろう)/中央大学法学部教授
専門分野 福祉政治論

中央大学法学部教授。北海道大学名誉教授。福祉政治論専攻。1958年東京都生まれ。中央大学大学院法学研究科博士課程修了。内閣府参与、総務省顧問、社会保障審議会委員、社会保障制度改革国民会議委員、男女共同参画会議議員など歴任。『月刊福祉』編集委員長。

単著に『共生保障 「支え合い」の戦略』(岩波新書)、『生活保障 排除しない社会へ』(岩波新書)、『貧困・育児・介護の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(朝日選書)、『福祉国家という戦略 スウェーデンモデルの政治経済学』(法律文化社)など。

山崎 史郎(やまさき しろう)さん/内閣官房参与
専門分野 社会保障、人口問題

東大法卒。厚生省(現厚生労働者)入省。同省高齢者介護対策本部次長、内閣府政策統括官、総理秘書官、厚労省社会・援護局長、地方創生総括官を歴任。介護保険制度の立案から施行まで関わったほか、生活困窮者支援、少子化対策、地方創生などを担当。2018年7月から駐リトアニア特命全権大使を務め、リトアニア政府から功績により外交スター勲章を授与。2022年1月から現職。国際医療福祉大学人口戦略研究所長、日本医療大学客員教授を務める。

著書は「人口戦略法案―人口減少を止める方策はあるのか」(2021年、日本経済新聞出版)など。