特集

気候変動と持続可能社会

「中央大学×大手町アカデミア」第2回

ホーテス・シュテファン/中央大学理工学部教授
専門分野 景観生態学
小島 千枝(こじま ちえ)/中央大学法学部教授
専門分野 国際法学

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 中央大学が、長い歴史の中で培ってきた「価値ある知」を社会に発信する講座「中央大学×大手町アカデミア」の第2回が、2月2日にオンラインで開催されました。今回のテーマは「気候変動の先の未来を創造する ―科学政策インターフェイスが生み出す社会の持続可能性―」。ホーテス・シュテファン/理工学部教授と小島千枝/法学部教授が登壇し、プレゼンテーションとディスカッションを行いました。

人新世を生きるための知識・知恵を求めて

 最初に、理工学部人間理工学科のホーテス・シュテファン教授が「人新世を生きるための知識・知恵を求めて」というタイトルでプレゼンテーションを行いました。

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 人新世というのは、近年、科学者たちの間で使われるようになった言葉です。人類が炭素や窒素の循環を大きく変え、その結果、地球のエネルギー収支に影響が出て、地球の環境が変わっています。産業革命以降のこの時代を新しい地質年代と捉え、人新世と呼んでいるのです。

 人類がもたらした地球環境の変化は急激で、中でも地球温暖化や生物多様性の減少など、早急な対応が求められる事象がたくさんあります。多くの科学者が調査・研究を進めていますが、それだけではなく、その結果を各国の政策決定者につなげ、また国際社会でも話し合って持続可能社会を作っていかなければなりません。

 気候変動に関しては、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により1988年に設立された政府間組織IPCC(気候変動に関する政府間パネル)があり、現在195の国と地域が参加しています。そして2012年にはIPCCの生物多様性版ともいえるIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)が組織されました。

 科学者は、多くのデータを集め、観察と実験を積み重ね、持続可能なのかそうでないのかを正確に予測する必要があります。ホーテス教授は、そうして得られたより多くの科学的情報を、科学インターフェイスとして政策に反映させることが重要だと考えています。

国際海洋法と科学のインターフェイス

 続いて法学部の小島千枝教授が「国際海洋法と科学のインターフェイス-持続可能な海洋の利用に向けてー」と題したプレゼンテーションを行いました。

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 小島教授の専門は国際海洋法です。海洋法は、国際法の中でも古くからある分野ですが、これまでは海域制度に基づく航行や天然資源(鉱物・生物)の探査や利用に関する取り決めを中心に発展してきました。気候変動や生態系の破壊というボーダーレスな問題が出てきた今、既存の海洋法のルールが変化にどこまで対応できるのかという新しい挑戦を受けています。

 1982年に国連で採択され、1994年に発効した「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)は、海の憲法ともいわれ、現在の海洋法秩序の基盤となる重要な条約です。同条約の第12部には、海洋環境の保護・保全に関する国家の一般的義務が含まれていますが、海洋環境の汚染についての義務が中心となっており、気候変動に起因して生じている海洋生態系減少といった環境問題について対処できるような具体的な規定がありません。

 しかしながら、前文には海洋環境の研究と保護・保全の促進が述べられており、また本文では排他的経済水域や公海において「入手することのできる最良の科学的根拠」を考慮した海洋生物資源の保存管理措置が必要であることが明記されています。

 気候変動枠組条約などの多数国間条約の多くは、内部に科学分野の補助機関を設置していますが、国連海洋法条約にはそうした機関はありません。その代わり、締約国に科学的データの提供・交換する義務や関連する国際機関との協力義務を課しています。これまでの海洋に関する科学的知見の所在の偏りを反省し、知見を社会的利益のために応用するとともに、先住民や地域の知識を含む広い意味での海洋科学を広く国内的・国際的なレベルで共有することが今、求められています。

 海洋が気候変動から受けている各種影響への対処が急務となっている今日、国連海洋法条約は、「生きている文書」(living instrument)として新たな知見を取り入れつつ、履行条約を通じた新しいルールの形成や既存のルールの柔軟な解釈・適用を通じて成長していくことが望まれます。

環境のルール作り、コミュニティの住民の参加を

 最後に、両氏でのトークセッションが行われました。ホーテス教授は、最近の調査研究の手法が科学技術の進歩によって変化してきていること、データが非常に豊富に得られるようになっていることを説明するとともに、その中から信頼性の高いデータを集めることの重要性について触れました。

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 利害関係や経済や社会の問題が絡んでくる場合、政策決定者にとって都合のいい情報であったり悪い情報であったり、という場面が出てきます。ホーテス教授は、科学者は実際に政策を作る過程からはある程度距離を取って存在するべきだと言います。科学者はその時点での科学的知見を元に正しい情報を提供することに徹することが望ましいからです。

 小島教授は、たとえば排他的経済水域内の資源はその国の主権の範囲で決めてよいということになっているけれども、自然界の現象は人間が決めた境界線で分けられないが故に国家間協力が必要になると言います。近年は科学的アプローチを採用して海洋資源の調査を行ない、魚種別、海域別に管理をする協力体制はできてきているものの、各国の利益に基づいた政治的対立がある場合は難しい問題になってしまうことがあります。

 国際法は、国家間協力の仕組みを決めたり、国家に対して生物資源保存の措置を義務づけたりするところまでが役割で、実際にこうした義務をどのように履行していくのかは各国の国内法や政策によって決まります。小島教授は、国や自治体が海洋の持続的利用に関するルールを作るプロセスを構築して科学的知見を収集・共有し、実際に現地に住んでいるコミュニティの人々がステークホルダー(利害関係者)としてこのプロセスに参加していくことが望ましいと言います。気候変動はすべての人のすべての活動が関わる問題であり、法律を実施するプロセスにも各アクターが率先して関与することが重要になるとのことです。

※2023年2月2日に開催した中央大学×大手町アカデミア第2回気候変動の先の未来を創造する ―科学政策インターフェイスが生み出す社会の持続可能性―」の動画はこちら。

ホーテス・シュテファン/中央大学理工学部教授
専門分野 景観生態学

ドイツ・ゲッティンゲン市出身。高校時代に日本に留学。ドイツ・マールブルグ市フィリップス大学で生物学と地理学を専攻。修士・博士課程において、北海道の湿原植生の変遷に関する研究を実施。2004年にドイツ・レーゲンスブルグ大学で博士(理学)取得。東京大学大学院農学生命科学研究科特任研究員、ドイツ・ギーセン市ユストゥス・リービッヒ大学研究員、ドイツ・マールブルグ市フィリップス大学研究員を経て、2019年に中央大学理工学部人間総合理工学科に着任。

研究分野は社会生態系(Social-ecological systems)で、湿地生態系や里地里山の研究結果を踏まえて、生態学の観点から科学―政策インターフェイスに貢献している。

小島 千枝(こじま ちえ)/中央大学法学部教授
専門分野 国際法学

広島市出身。中央大学法学部国際企業関係法学科卒業後、同大学大学院法学研究科にて国際公法を専攻。2002年に中央大学大学院法学研究科国際企業関係法専攻博士後期課程を修了し、博士(法学)取得。イェール大学ロースクールより2004年にLL.M.取得、2010年にJ.S.D.取得。2005年よりヨーロッパに渡り、国際司法裁判所研修生、マックス・プランク比較公法国際法研究所上級研究員、世界海事大学助教授を経て、2013年に帰国。武蔵野大学法学部教授を経て、2019年より現職。

研究分野は国際海洋法で、主に環境海洋の保護・保全、海洋と人権、海洋安全保障に関するテーマで業績がある。