特集

これからのAI社会に求められるもの

「中央大学×大手町アカデミア」第1回

酒折 文武(さかおり ふみたけ)/中央大学理工学部准教授
専門分野 統計科学
岩隈 道洋(いわくま みちひろ)/中央大学国際情報学部教授
専門分野 公法、情報法、宗教法、比較法学

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 中央大学が長い歴史の中で培ってきた「価値ある知」を社会に発信する講座「中央大学×大手町アカデミア」が9月21日にオンラインで開催され、多くの視聴者が参加しました。第1回となる今回のテーマは「AI・データサイエンスとELSI」。ELSI(エルシー)とは「Ethical,Legal and Social Implications」の略。倫理的、法的、社会的な課題とその取り組みを指す言葉であり、これからのAI社会において、その必要性が注目されている考え方です。

 中央大学は2020年に「AI・データサイエンスセンター」、21年に「ELSIセンター」を設立しています。同講座では各センターから、統計科学やスポーツのデータ解析を専門とする酒折文武・理工学部准教授と、公法・情報法を専門とする岩隈道洋・国際情報学部教授が講師として登壇し、プレゼンテーションとトークセッションを行いました。

AI・データサイエンスが創造する未来とELSIの役割

 最初にプレゼンテーションを行った酒折准教授はまず、労働人口減、財政負担増といった様々な課題を抱えるこれからの社会におけるAI・データサイエンスの重要性について述べ、自動運転車、無人店舗など、実用化が進むAIの現状を伝えました。また、AIには人間が決めたルールに従って行動するルールベースのAIと、データから自動的に汎用的なルールを見つけ出して、そのルールに沿って行動する機械学習があることを紹介しました。

 データを処理・分析して有用な情報を引き出すための方法論、データサイエンスについても詳しく説明。その具体例として、小売業では、日々の売上額や曜日、天気などのデータをもとにした予測から発注管理や売り場改善が行われていることや、スポーツの現場では、選手のプレー傾向から導き出した予測モデルが、戦術策定やチーム編成に役立てられていることを紹介しました。

 代表的な機械学習である深層学習(ディープラーニング)の手法や理論研究の重要性、内閣府が策定した、人間中心のAI社会のための7つの原則についても触れました。

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 岩隈教授のプレゼンテーションは、ELSIが米国の医学・生命科学の分野で発達してきた経緯についての話から始まりました。米国では政府がこれを認めたことにより、早い段階で公害や薬害が発生したときに関係企業に責任を負わせる仕組みなどが整えられたといいます。

 そのうえで、今後はAI・データサイエンスの開発の分野で重視されていくべきテーマだと述べました。AI・データサイエンスは個人情報やプライバシーを扱い、その情報提供した個人への影響を考える必要があるからです。

 2018~19年に起きたリクナビ事件を例にとり、ELSI的な考え方をさらに詳しく説明。個人情報の同意について説明する際の法的だけでなく、倫理的、社会的責任の重要性を伝えました。こうしたことを理解するうえで助けになる考え方として、米国の法学者、ローレンス・レッシグの「アーキテクチャ」にも触れました。これはインターネット開発者があらかじめサービスに組み込んだ設定や仕様のなかでしか人間は行動できないという考え方です。

 自動運転車や医療AIによる事故が起きたときの賠償責任はどうするかーー。そのために、事故が起きることを前提とした仕組み作りを考える時期に来ているのではないかという話もありました。

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「人間中心のAI社会」にとって大切なこと

 その後、両氏によるトークセッションが行われました。「AIが導きだす結果の妥当性を検証できるのか」というテーマでは、酒折准教授は常に妥当性を求めるのは難しく、その課題を解決する一つのカギは説明可能性だと述べました。AIがなぜその結果を出したのか解釈できるようになれば妥当性の評価もできるといいます。

 岩隈教授は、EUでは人の人生に大きく影響するような決定をAIに任せることを禁止する法律があること、そういう場面には必ず人間が関与する、人間中心主義のAI活用が指向されていることを紹介しました。

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 「人間中心のAI社会」というテーマでは、酒折准教授が就職の採用を行うAIの実用化について極端な例をあげ、本人の希望とは別の企業が向いているからと、勝手にエントリ変更されてしまうとしたらどうするか、と問題提起。結果的にその方がよかったとしても本人の感情はないがしろにされてしまう。人間中心社会では、人間が人間らしく自分で判断したという満足度も考慮しなければならないと伝えました。

 岩隈教授は、人を選別することを目的としたAI・データサイエンスには注意が必要であり、それを採用する企業は、人権の視点を考慮した新たな企業法務を整備していくことが重要と述べました。AIの顔認証について、職場の入退館に使うのはいいが、スーパーに設置されて万引きしそうな人を選別するとなると問題になる。中国ではそれが実用化され、問題行動を起こした過去を持つ人が特急電車に乗れないような仕組みになっている。そういう社会をわれわれが指向するかについて考えないといけないと述べました。

※2022年9月21日に開催した中央大学×大手町アカデミア第1回「AI・データサイエンスが拓く未来とELSIの役割-『人間中心社会』の行方を探る徹底トークセッション-」の動画はこちら。

酒折 文武(さかおり ふみたけ)/中央大学理工学部准教授
専門分野 統計科学

東京都出身。1976年生まれ。
1998年中央大学理工学部数学科卒業。
2000年中央大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。2003年中央大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。
立教大学社会学部助手、中央大学理工学部専任講師などを経て、2009年4月より現職。

岩隈 道洋(いわくま みちひろ)/中央大学国際情報学部教授
専門分野 公法、情報法、宗教法、比較法学

北海道札幌市出身 1974年生まれ。
1997年中央大学法学部卒業。
2001年中央大学大学院法学研究科公法専攻博士前期課程修了。
2004年同大学院国際企業関係法専攻博士後期課程満期退学。
國學院大学法科大学院講師、早稲田大学人間科学部講師、杏林大学総合政策学部教授等を経て2019年より現職。

 現在の研究課題は、医事衛生行政における疾病対策とプライバシー・個人情報保護の問題、非法的規範(職業倫理・情報倫理や宗教など)と法規範の衝突に関する問題、公共図書館における法情報提供の問題などである。本稿関連の業績として「人を対象とする医学系研究における「同意」とプライヴァシー」杏林社会科学研究34(1),(2018)などがある。