特集

「東日本大震災に想う」― 学生へのメッセージ ―

今、何ができるか

 東日本一帯が未曾有の大災害に見舞われ、いま日本は戦後最大の国難に直面しています。20数年来、アメリカに住む姪っ子が「アメリカでは連日、"日本沈没"かのように報道されている」と心配して電話してきましたが、アメリカの報道は決して大袈裟ではないと思います。

 実質GDPにおける被災地のシェアは13%、直接被害額は政府試算で16兆円から最大25兆円にのぼるとされています。復興には推計30兆円もの財政出動が不可欠との予測もあります。円高・株安・金利低下で生産への悪影響は必至で、加えて福島原発の活動停止による電力供給不足が企業の生産を下押しし、雇用環境にも影響がでることが避けられません。

 戦後日本は、国民の英知と努力で、10年強で見事、経済復興を成し遂げました。いままた被災地の復興に向けて日本の底力を発揮するときといえます。別の言い方をすれば、私達一人ひとりが、社会に自らの力でできることをひとつひとつ行っていくことが求められていると思います。

 みなさんも大地震発生以来、連日報道される被災地の甚大な被害を目の当たりにし、そして親類・縁者の安否がいまなお不明ななかで、劣悪な環境での生活を強いられながらも、忍耐強く懸命に生き抜こうとしている被災者の方々をみて、自分に何ができるかを自問自答していることでしょう。私もその一人です。

 何かせずにはいられない。でも一体何ができるのだろうか。被災地の惨状を見聞きすればするほど、非力な自分にもどかしい思いが募ります。

 「急がない」「控えめに」という地震支援もあります―と、石油連盟が新聞に掲載した「緊急のお願い」にうなずきながら、当座、私にできることといえば、義援金や節電であり、また不要不急の買いだめやマイカー利用をしないことだと考え、そう心がけています。

 徐々にではありますが、被災地への救援態勢が改善しつつあり、個人での物資の救援もできるようになりつつあります。落ち着いてくれば、ボランティアの受け入れ態勢も整い、学生ボランティアの活動の場も拡大してくると思います。ただ、60数歳のわが身を振り返れば、身体を使っての支援は限られています。

 そこで妻と2人で何ができるかを話し合い、いろいろ考えた末にたどり着いたのが被災者ホームステイでした。被災者をわが家にお迎えしようというわけです。被災地を離れ、首都圏にも多くの被災者が避難されてきており、私が住む中野区にも福島県南相馬市、いわき市の被災者が一時的に避難されてきています。

 中野区防災センターに問い合わせたところ、被災者の方々が現在の避難所に居られるのは3月末までということでしたので、その後の受け入れを申し出て、ホームステイの登録をしました。希望される被災者家族がいたら、仮設住宅建設など地元に帰る環境が整うまで、生活していただけるように今、そのための準備をはじめました。

 大学周辺の八王子や高尾、調布(味の素スタジアム)などでも被災者の避難所が開設されています。手近な所でも、支援することができそうです。東日本復興への道のりは長くなると思いますが、私達個々の小さな力の集積が、いずれは被災地を再興し、国難を乗り切ることができると信じたいと思います。

ピンチをチャンスに

 大学では卒業式が中止になり、入学式もまた取りやめになりました。異例の事態といえます。授業にも影響が出てきそうです。また就職活動に入った新4年生のみなさんには、採用活動を1カ月ほど先送りする企業が出てくるなど、就活にも影響が出てきました。気ぜわしさが一段と増し、焦りも募ってピンチと思われるかもしれませんが、むしろこの事態をチャンスと考えてみてはいかがでしょうか。

 なぜなら、立ち止まって考える時間が生まれ、「職業」について真摯に向き合い、考える好機を得たと思えるからです。

 未曾有の大震災に対する救援・復興支援活動は、社会にあるさまざまな職業を生きた教材として示しています。被災地は、水道、電気、ガス、通信などのライフラインが壊滅的打撃を受け、さらに道路、鉄道などの交通網が寸断されて、食糧、燃料など生活必需物資の物流が機能マヒに陥りました。救援には自衛隊、消防、警察はじめ、多くの企業・事業所、商工業者、NPOらが結集しました。他方、市町村や県の地方自治体と国の役割、そして国民の安全と安心を守る政治の在り方もクローズアップされています。

 そこでみえたのは、重層的、立体的なネットワーク社会の構図であり、さまざまな職業が有機的に連携してこの社会が成り立っていることを如実に示しています。そして、その救援、復興支援の現場には、プロの職業人の献身的な姿があります。

 被災地の市町村の首長と職員、自衛隊員、消防庁のレスキュー隊員、警察官、医師、看護師、介護士、心理療法士、教師、土木作業員など、数えきれません。被災地を離れても運輸、石油精製、医薬品、食料品はじめさまざまな企業・事業所の職業人が、英知を集めて、救援・支援に努めています。スピーディーな仕事が求められているなか、非常時にはとくに、決断と実行力のあるリーダーの存在が欠かせないことも浮かび上がっています。

 そうした職業魂のあるプロ集団をみるにつけ、あらためて「職業観」について考えさせられます。就職活動にある新4年生のみなさんは、この「職業観」を自らにあらためて問い直す好機ではないかと思うのです。

 「就職」は、文字通り解釈すれば「職に就く」ことです。大企業、有名企業願望は「就社」であり、志向回路が「就職」とは違います。「職業」か「会社」か、どちらかを選択するという問題ではなく、やりたい「職業」があって、つぎに希望する「会社」が出てくるのが理想だと思いますが、いずれにせよ、もし「会社」志向が強いと感じたら、立ち止まって、もう一度、やりたい「職業」について考えてみたらいかがでしょうか。

 そこで自ら掘り起こした職業観は、人と同じ、あるいは横並びではなく、オリジナルなものです。当然、説得力があり、自分の言葉で伝えることができます。就活での面接にも自信をもって臨むことができるでしょう。

 もうひとつ救援・支援にあたる職業人から強く伝わってくるのは、「使命感」です。自分に与えられたつとめを全うする人たちには、心底胸を打たれます。

 大地震発生前でしたが、新聞に、ちょっと気になる記事が載っていました。2月に行われたビジネスパーソンへの「仕事に対する意識調査」(20~59歳の男女800人対象)で、「何のために働いていますか?」の問いに、「生活のため」89・6%、「お金を稼ぐため」72・0%という回答結果が紹介されていました。ついでに「自分を成長させるため」が31・4%、「プライベートを充実させるため」が28・5%でした。

 他方、「人の役に立つため」は15・3%、「社会貢献のため」は13・0%となっていました。

 ちょっとくどくなりますが、職業の3要素は経済性(収入)、社会性(社会に貢献すること)、個人性(人生の目標・生きがい)といわれます。3つの要素のバランスがとれていることが大事だということだと思います。

 それからすると、この意識調査結果は経済性に偏りすぎています。「お金を稼ぐため」を否定するものではありませんが、自分の仕事に社会貢献や生きがいを感じなくなったとき、転職したり、場合によっては思い悩んでノイローゼになった人も見聞きして知っています。

 被災地での救援・支援活動をみる限り、この調査結果は当たっていませんし、見当違いの結果であることは明らかです。被災地で使命感をもって仕事につとめる、たくさんのプロの職業人に、私は日本の底力を見た思いがします。

 みなさんは、どう思われるでしょうか?

 ピンチをチャンスに!「ピンチャン」を胸に、この難局に立ち向かおうではありませんか。

(2011年3月23日、伊藤博記)

伊藤 博(いとう・ひろし)
1948年東京都生まれ。1970年中央大学法学部卒業後、産経新聞社入社。千葉、新潟支局を経て、経済部記者、政治部記者。農林、通産、大蔵、外務、労働各省や首相官邸、自民党、野党各党、衆参両議院などを担当。この間、鈴木善幸農相訪ソの日ソ漁業交渉(1977年)、中曽根康弘首相訪米のレーガン大統領との日米首脳会談(1985年と1986年)はじめ政治、経済、外交、労働問題などを取材。論説委員(1993年~1997年)、社会部多摩支局長、編集局地方部長などを経て、2007年4月から中央大学広報誌『Hakumonちゅうおう』編集長(2008年産経新聞社退社までは出向)。著書に『国鉄のいちばん長い日」(共著、PHP研究所、1987年)、『この子と生きる』(芳賀書店、2001年)。