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教育一覧

田中 拓男

田中 拓男 【略歴

ゼミのアクティブ・ラーニング(AL)のすすめ

田中 拓男/中央大学名誉教授
専門分野 国際経済学、開発経済学、国際経営論

はじめに

 近年、日本の教育改革の中で学修者の能動的主体的な学習方法であるアクティブ・ラーニング(以下ALと表示)がもっとも革新的な優れた試みとして広く注目されている。田中ゼミナールでは、30数年にわたって国際問題に関して学生の主体的な実践的チーム学習を積み重ねてきた。毎年5、6のチームに分かれて世界各地で現地調査を行い、その創造的な研究成果を外部に発表して、数々の優秀賞など高い評価を受けた。田中ゼミの所属する「FLP国際協力」でこの実践的なALは、文科省の「GP(優れた取組)」として採択されたが、最近、ゼミのALに関する豊かなノウハウや体験をまとめて『アクティブ・ラーニング 創造力を育む「実践的チーム学習」のすすめ』(PLATINUME ZONE出版、Amazon販売、2015)を上梓した。課題基盤型ALの体系的な学習活動においては、長期にわたるチーム学習活動の中でしばしば様々の困難な問題に直面し、当初の学習計画が挫折するか、予期した成果をあげられないという危険性が伴っている。本書は、実践的チーム学習の各段階別にALの進め方やその過程で生じる問題の解決策を非常に具体的に細かく紹介している。これからも多くのゼミナール(特にFLPゼミ)でALを積極的に導入していくと思われるが、私の豊富な指導経験と学習ノウハウを手頃なガイドとして役立てていただければ幸甚である。

(1)ゼミのアクティブ・ラーニング(AL)

 伝統的に大学の授業は、教師から学生への一方向的な講義を中心に展開してきた。ALは学生自身による能動的主体的な学習活動であり、教師は、妊婦を助ける産婆(助産師)のように、常時すぐ側にいて学生と緊密な対話を繰り返しながら、専門的な立場から学生チームの活動に対して具体的な助言誘導をしていくことになる。ALは、教師の役割を根本的に大きく変えるものであり、慣れない教師や学生にとってその導入に相当強い抵抗を感じる学習手法かもしれない。

 田中ゼミナールの手法は「深いAL(deep active learning)」である。しばしば学生が自分で能動的主体的に動き回る学習活動はなんでもALと考えられているが、ゼミのALは、チームの課題に対して研究目標と作業工程を設定し、海外などでの現地調査をベースにして最終的に「サムシング・ニュー(something new)」の研究成果を公表するという、「課題基盤型の深いAL」と呼ばれるものである。

 ゼミでは、ALを行うことで関連分野の専門的知識の習得に加えて、普遍的な「人材基礎力」という学生の能力の育成を目指している。未来社会に生きる若者に強く求められている普遍的な能力の「人材基礎力」は、ヘッドワーク、ハートワーク、フットワーク、ネットワークの力である(その内容に関しては前述書参照)。大学教育でこれらの普遍的能力を育成するには、教室での一方向的な授業だけでは極めて不十分な教育成果にとどまり、よくマネージされた小規模組織で学生自身による実践的な活動が不可欠になる。学生が自分で強い問題意識を持って様々な現実の課題に挑戦し、深く考えながら問題解決策を探るという実践的な学習体験を深めていくと、その学習過程で学生の脳内の神経ネットワークが十分に鍛えられ、拡充強化されていく。その時、将来の社会でまったく新しい様々な課題に直面してもこの強化拡充された神経ネットワークの働きのお陰で、その現場に即した有効な新しい解決策を考え創造するという能力が大きくなっている。創造的にものを考えるための脳内ネットワークの鍛錬強化こそ、大学の人材育成の基本目標と考えられる。

(2)ALの体制・環境の整備に向けて

 ゼミでALをうまく展開していくためには、その学習活動を支えるような環境・体制の整備や、参加者の慎重な心構え・姿勢が強く求められる。

【学習の「場」の確保】 チームの学生たちが、日頃からいつでも自由に集まって打ち合わせをしたり、十分に議論のできるような共通の「場」がALにとって不可欠になる。経済学部では、ゼミそれぞれに独自のゼミ室が与えられており、学生は毎日大学に来ればそこに集まり自由にALを行うことができた。図書館でも、ALに必要な文献資料の整備に加えて、学生チームが常時自由に使える「ラーニングコモン」室の設置などが必要になる。

【小規模チーム編成と組織のマネジメント】 ALでは、よい学習チームを編成できれば大きなチーム成果が期待できる。まず、ゼミのスタート時に十分時間をかけて4〜6人のメンバーの選抜・組み合わせ、および、研究課題の設定の作業を行う。その際、チームの活動の成果として何か新しいものを生み出そうとすると、思考方法が同じようなタイプ(金太郎飴)の親しい仲間だけを集めるのではなく、「FLP」のように専門・専攻や環境の異なる多様な異分子をチームの中に取り込むことも非常に効果的なやり方である。多数のチームを編成していくには、参加者全員に自分のやりたいことを強く押し通す自我と、仲間との協調を重視する協調心との間で適切なバランスを取ることが強く求められる。

【教師のコーチングとサポーター組織】 学生の自主的な活動を支えるための教師や外部からのファシリテーター・サポーターの役割は非常に重要である。担当教師やファシリエーターは、常時学生との対話相談を通じてチームのやる気を刺激・維持し、学生に”任せて任せず”という積極的な「産婆流教師」のコーチングを展開していかなければならない。自身でALを体験したゼミ先輩たちによるチームの相談指導(半学半教)は学生のやる気を支えるのに非常に効果的である。外部の専門家や研究課題に密接な関係者の助言や指導は、ALでは特に重要である。関係者はみな多忙な人々であるが、アポをとって直に会って話を伺い、貴重な暗黙知の情報を収集すると、その情報を非常に効果的に研究成果に活かせることができる。

【チーム活動を支える学生の心の豊かさ】 ALは、本来自主的主体的な学習活動であるため参加する学生には、心の持ち方・取り組む姿勢などの面で様々なことが厳しく求められる。ただ漫然と仲間とのAL活動に参加するのではなく、その活動の中でハートワークなど自分の心の修練を積み重ねていくべきである。

 田中ゼミでは、国際経済の実践的な学習に関して非常に強いモチベーションを持つ学生たちに恵まれていたが、それでも長期にわたるAL活動でしばしば難しい壁に直面すると、チームのモチベーションが大幅に低下して挫折の危険に瀕することもあった。1年間にわたる厳しいALを成功させるためには、全員がそれぞれよく自立したセルフコントロール(自己抑制)と強い決断・意志を発揮しながら、チーム全体としてリーダーを中心に高い学習モチベーションを維持し続けることが不可欠であるが、そのために様々な工夫と知恵を働かせていかなければならない。活動の途中で研究成果の達成状況を確認し、その確かな自信と喜びの上に自分を励ましながら次の作業工程に進むという「マイルストーン作戦」は、課題基盤型ALでは有効な戦術になる。

 ALにおいて緊密なチームワークを保持するには、情報基盤の整備とチーム内情報共有化を進め、その上で常時親密なコミュニケーションを深めていくことが重要になる。その際、チーム全員に仲間への思いやりの心とチームへの貢献心が豊かに育ってくると、チームのために何でも率先して引き受けるという「責任無限定」の良いチームワークが十分に機能するようになる。それが長期の厳しいALを支えることになるが、その過程で学生のハートワークが鍛えられている。

(3)アクティブ・ラーニング(AL)の学習プロセス

 ALでは、次のような段階を追って学習活動を展開していく。

【「研究計画書」と「作業工程表」の作成】 長期の研究活動では、AL全体を見通した上でのチーム活動のガイドとして「研究計画書」と「作業工程表」の作成が、チーム活動の当初のもっとも重要な課題になる。十分に時間をとり、(合宿などで)担当教師と繰り返し対話しながら学生独自の計画を立案する。チームとしての問題意識、さらに、研究の最終目標や課題解決策などに関しておおよその展望や仮説などが具体的に示されると、それを土台にして調査作業の具体的な工程を組みあげていくことになる。特に海外調査では、訪問インタビューなどの相手の都合もあり、途中で柔軟に作業工程を練り直すことも必要になる。

【知識情報の収集活動】 ALでは、チーム内に蓄積する知識情報の幅と量によって様々な学習活動の内容、さらにサムシング・ニューを生み出すチームの創造力が大きく変わってくるために、幅広い基礎的な知識情報が求められる。ゼミでは、関連文献100点以上の参照を目標にしており、細部まで情報を精査する「虫の目」の考察と、より広く多様な関連分野を視野に入れた鳥瞰的な「鳥の目」の情報収集を行っている。特に重要な基幹的情報については、先行研究の成果をベースにして各チームオリジナルの「教科書」(30ページ位)を作成して正規のゼミの授業で発表し、他のチームとの間で質疑応答しながら課題に関する主要な問題点を深く究明していく。この作業を通じて学生は、基礎的な情報知識を脳内記憶容量へ定着させ、論文執筆に不可欠な論理的な編集力を鍛える。

 創造的な研究活動で一番重要な情報収集手法は、自分の足で実際に現地に出かけ、現場で現物に直に触れることである。FLP田中ゼミのもっとも顕著な特徴と言われるが、毎年各チームが独自の研究計画に沿って世界各地の現場に行き学生自身による現地調査の活動を展開してきた。そこで得た貴重な現場感覚は、後の論文執筆と成果発表の活動でも非常に効果的に生かされている。

【知識情報の分析と創造の活動】 この活動は、課題基盤型のALのもっとも中核的な位置にあり、チーム全体として分析と創造に向けて論理的に深く思考する作業を延々と繰り返す。チーム内の議論には、わいわいがやがやの自由な発想を生かした活発な討論と、一定の結論に収斂させるためのまとめの話し合いとの二つの方法がある。ここでチームの作業の中心は、問題の論理的な因果関係の想定とそれによる課題解決策の提案の仕事である。既存の知識体系の論理的な整理分析の上に、現地調査で得た新しい独自の情報知識を組み合わせて、独自に知識の再編成・再構築をはかる。特にメンバーそれぞれの気づきや思いつきに焦点を当てて繰り返し議論し思考を深める。その過程で、新しい知識の創造に向けた思考のジャンプと創造へのインスピレーションが生まれてくる。チームはそれらをベースに論文内容を推敲し、執筆作業に入る。

【情報知識の発信活動】 ALの目標として、1年間の活動の終わりに公の場で各チームの研究成果を発表することが義務付けられる。発表方法には、チーム論文の執筆、成果のプレゼンテーション、外部チーム間との研究成果をめぐる討論会・ディベートなどがあるが、どの発信方法においても、研究成果のサムシング・ニューを伝えるためには、高度な発信スキルを鍛えることが求められる。田中ゼミでは、チーム論文の執筆では十分時間をかけて繰り返し詳細な添削指導が行われており、また、論文のプレゼンテーションには、教師の演技指導のもとに本番並みの厳しいトレーニングが繰り返されている。

おわりに

 研究成果としてサムシング・ニューに焦点を合わせて発表すると、しばしば非常に高い外部評価が得られた。様々な論文大会で毎年のようにゼミのチームが優秀賞の表彰を受けていた。ALの終わりには全ての学生が、それぞれ自分の1年間のAL活動状況とチームへの貢献状況を振り返って文章にまとめ、自分の能力・適性や特性・長所などの自己認識、および、チームという組織集団における自分の活動を通じた社会認識を具体的に把握するようにしている。それが就職活動などで採用側の企業人事部から高く評価される一つの要因になる。卒業後も高度専門的な分野でいっそうの継続学習に取り組むゼミ卒業生が多く、ALで習得した普遍的な人材基礎力を生かして、企業の中で優れたリーダーとして意欲的な活躍を展開している。この意味で、ALの導入は、未来社会を担う有為な人材育成のための大学教育の再興・活性化にとって中核的な役割を果たしていると考えられる。

田中 拓男(たなか・たくお)/中央大学名誉教授
専門分野 国際経済学、開発経済学、国際経営論
和歌山県出身。1937年生まれ。
1961年慶応義塾大学経済学部卒業。
1963年慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了。
1967年慶応義塾大学経済学研究科博士課程単位取得。
その後、中央大学経済学部助手・専任講師・助教授・教授を経て2002年~2006年中央大学大学院経済学研究科委員長
2008年定年退職、中央大学名誉教授。
著書論文多数。主要著書に『開発論;心の知性 ~社会開発と人間開発』(中央大学出版部、2006年)などがある。