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教育一覧

早田 幸政

早田 幸政 【略歴

大学の教育研究の自由と市場原理

早田 幸政/中央大学理工学部教授
専門分野 高等教育論、大学評価制度、教育法

1.「教育を受ける権利」の社会的変容

 日本国憲法26条は、教育権の保障と普通教育の義務化を定めています。この規定は、教育の機会均等を実現するための配慮を国に要求したものとするのが伝統的理解でした。そして、近年、子どもの学習権に対応させ、国は教育条件の整備をする一方で、親から教育を行う権能を付託された教師は、子どもの発達段階に応じ、教職者としての合理的判断に基づき教育を展開する権利が保障されている、という主張がなされるようになりました。このように、教育権は社会権的側面と精神的自由権的側面といった2面的性格を持つと考えられるようになったのです。

 しかしながら、その後、その考え方を大きく転換させるような方向性が打ち出されました。そうした背景には、閉鎖的な学校体質を払しょくし、保護者や地域の声に耳を傾けながら有為な成果を挙げることを求める世論の高まりが挙げられます。今日、学校の運営をマネジメントの視点から再定義し、これを「学校経営」と呼ぶようなっています。法制度的にも、学校教育法等が、校長のリーダーシップを発揮させるための制度措置を講じたり、「学校評価」の実施を各学校に義務付けたりしています。

2.「大学教育にアクセス」するとは、いかなる権利なのか

 大学教育は、義務教育ではありません。しかし、大学教育が公教育の重要な一翼を担っている以上、学習者がこれにアクセスできるよう最善の努力を払うことが国の責務です。また、「学問の自由」を保障する憲法23条の趣旨は、大学における教育研究活動に直接投影されるとするのが一般の憲法学説です。そうした意味から、大学教育を受ける側、提供する側の双方において、それが社会権的保障と精神的自由権的保障の対象となるはずのものでした。しかしながら、グローバル化の進展は、大学教育のそうした人権としての性格に大きな見直しを迫っています。

3.「大学世界ランキング」の効用

 昨今の政権は、タイムズ社やQA社などが公表する「大学世界ランキング」にとても敏感です。そうしたランキングが、我が国大学の教育研究力の現状を示す指標として認識されるにとどまらず、国力や社会的活力を象徴したものとして理解されることに理由の一端があります。事実、大学世界ランキングは、留学生の進学動向に大きな影響を与えるほか、移民政策や外国人就労者受入れ政策にリンクさせる国もあるようです。一方で、こうしたランキングは、偏った指標に基づいて序列化されたにすぎないので心配には及ばない、との意見もあります。それにしても、表1,2に示されるように、「大学世界ランキング」にとどまらず、アジア圏での我が国大学の順位には厳しいものがあります。

<2014年世界大学ランキングに見るアジア大学のランキング>

[Times Higher Education版]

アジア順位 世界順位 大学名 国(地域)名
23 東京大学 日本
26 シンガポール国立大学 シンガポール
43 香港大学 香港
44 ソウル国立大学 韓国
45 北京大学 中国
50 清華大学 中国
52 京都大学 日本
56 コリア理工大学(KAIST) 韓国
57 香港科学技術大学(HKUST) 香港
10 60 浦項工科大学校 韓国

[Quacquarelli Symonds(QS)版]

アジア順位 世界順位 大学名 国(地域)名
22 シンガポール国立大学 シンガポール
28 香港大学 香港
31 東京大学 日本
31 ソウル国立大学 韓国
36 京都大学 日本
39 南洋理工大学 シンガポール
40 香港理工大学(PolyU) 香港
46 香港中文大学 香港
47 筑波大学 日本
10 51 コリア理工大学(KAIST) 韓国

4.大学教育は、「サービス」か

 「大学世界ランキング」は、大学教育に内在する人権的側面にさほど影響を及ぼすものではありません。ところが、グローバル化の進展に伴い、大学教育が国境の壁を越えて自由に流通している現状は、伝統的な人権観に見直しを迫る大きな契機となっています。

 大学教育を自国のほか他国の学習者にまで拡大して提供する者の中には、営利目的で「劣悪な教育」を提供したり、高額な価格で「偽学位」を売りつけるケースまで出てきました。そこで、WTOは、1995年に「サービス貿易に関する一般協定」を発効させ、大学教育を自由貿易の対象となる「サービス」と位置付け、大学教育への良好な投資環境を整備し戦略的投資を誘因することを企図しました。この段階で、グローバルに展開する大学教育の経済的自由保障を認めた上で、これを国際的枠組みによる規制対象としたのです。

5.大学教育の国際的通用力とは何か

 先述の「大学世界ランキング」も大学の国際通用力を示すツールの一つと言えます。

 しかし、今、世界とりわけ欧州域では、人やモノが国境を越えて往来する状況の中で、大学教育の質保証が喫緊の課題となっています。同域の様々な国の学生が、国境を越え他国の大学・大学院へ進学・転学する動きが加速する中、米国への留学生流出に歯止めをかけEU圏の経済的優位性を盤石なものにするため、大学の質保証システム構築の動きが加速化したのです。つまり、学生の国家間、大学間移動を円滑に進めていくために、自国の大学で取得した単位や学位が他国の大学でも等価的価値をもつような大学教育保証システムが国家横断的に整備されようとしているのです。

 1999年6月、欧州各国の教育担当大臣が署名・採択した「ボローニャ宣言」、そしてボローニャ・プロセスを経てその構築を目前に控えている「欧州高等教育圏」こそが、欧州全域に通用する大学教育質保証の枠組みなのです。

6.大学は、市場原理にどう向かい合えばいいのか

 大学教育をグローバルな局面から見れば、WTOによってそれは「サービス」と位置付けられ、その提供は、先進各国の間において戦略的投資の目玉の一つとなっています。

 我が国大学は、そうした国際的潮流とは無関係な立ち位置にあるようにも見えます。しかしながら、「大学世界ランキング」の結果に拠るまでもなく、国際的に見て我が国大学が総じて退潮局面に向かっていることは明らかです。

 既に、グローバルに展開する相当数の我が国企業が、国籍の如何を問わず、技術革新を牽引し経営体質強化に資することのできる人材発掘に力を入れています。政府も、優秀な外国人留学生を我が国のすぐれた大学に呼び込み、日本の社会の発展や経済の活性化に貢献させるための人材育成策を講じつつあります。

 「大学の自治」の伝統の下、教育研究の自由の保障に支えられ公教育機関としての責務を果たすというこれまでの「大学像」は、グローバルな市場原理の嵐が大学教育までをも席捲する中で大きな揺らぎを呈しています。

 我が国大学が憲法によって享受してきた精神的自由権的権利、社会権的権利は今後とも、保障されなければなりません。同時に、大学は、経済活動の自由に基礎づけられた市場競争原理の荒波に抗うことはもはや困難であり、自大学のアイデンティティを一層高めるための努力も必要です。そのために、大学が「高等教育機関」であることの自覚を前提に、大学のミッションを見失うことなく、社会・経済の推移や転変する学習者の需要に機敏に対応できる意思決定システムを構築することが重要です。同時に、大学の「生命線」である自立性を基礎に、教育研究活動の有効性を自らの責任で検証できるような系統的かつ組織的な「内部質保証」の仕掛けを学内に確立することが求められるでしょう。

早田 幸政(はやた・ゆきまさ) /中央大学理工学部教授
専門分野 高等教育論、大学評価制度、教育法
1977年、中央大学法学部法律学科卒業、1980年、同大学大学院法学研究科博士(前期)課程修了、地方自治総合研究所常任研究員を経て、1985年、大学基準協会に入局、2001年より大学評価・研究部部長、2003年、金沢大学大学教育開発・支援センター教授、2008年より大阪大学大学教育実践センター教授、2012年より評価・情報分析室教授、2014年より現職。金沢大学客員教授も兼任。 社会的活動として、中央教育審議会大学分科会専門委員、文部科学省「先導的大学改革推進委託事業」選定委員会委員(現職)、日弁連法務研究財団法科大学院評価委員会幹事(現職)、大学基準協会「高等教育のあり方研究会・内部質保証のあり方に関する調査 研究部会」部会長(現職)、日本高等教育評価機構「評価システム改善検討委員会委員(現職)、等を歴任。