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教育一覧

西村 暢史

西村 暢史 【略歴

演習(ゼミナール)を活かす

西村 暢史/中央大学法学部准教授
専門分野 競争法・消費者法政策・ビジネスと規制

「マインドセット(訳:心のあり方;本書9頁参照)がしなやかになると、夫婦、親子、教師と生徒といった人間関係のあり方が変わってくる。評価する者と評価を下される者という関係から、学ぶ者と学びを助ける者という関係に変わってくるのである。そして、成長という共通の目標をめざすようになるが、成長するためには十分な時間と努力と支えあいがどうしても欠かせない。」

キャロル S.ドゥエック著(今西康子訳)『「やればできる!」の研究
―能力を開花させるマインドセットの力』263頁~264頁(草思社、2008年)
(原著:CAROL S. DWECK, Ph.D., MINDSET: The New Psychology of Success 244 (Ballantine Books, 2008))

1.何を意識した演習(ゼミナール)なのか

 法学部では、3年次以降において専門演習を演習科目として設置しており、現在、筆者は2つの演習(ゼミナール)を担当している。

 固定された参加学生で構成されるゼミナールは週一回のペースで行われる。2つのゼミナールのメンバーは異なっており、また、ゼミナールにおいて取り扱う内容も異なっている。一方は、参加学生がグループを構成してビジネスコンテスト出場に特化したもの(所属学生による紹介として、『草のみどり』第273号12ページ(2014.2)、他方は、参加学生自身が取り組む(企業のビジネス活動に常に関係している)テーマを決定し、実行に移していく内容となっている。

 もっとも、担当教員が考えるゼミナールの枠組みは、2つのゼミナールにおいて共通したものとなっている。常に学生が主役であるゼミナールとなるための基盤形成を念頭に置いたものである。

 第一に、参加学生が、週一回固定されたメンバーで同じ時間を過ごすことの意味、「自分は今なぜこのゼミナールに参加しているのか」という意識の定着である。

 第二に、ゼミナールという集団の中の一人として、「集団の中における個」としての言動を意識する場としてゼミナールを理解することを求めている。参加学生は、集団という複数人数が集まった組織を機能させるために、集まった個の相互関係を理解する必要があることを確認することになる。

 以下は、大学でのゼミナールという提供科目について、ある一教員の「限られた」経験の中での紹介にとどまる。

2.演習(ゼミナール)で何を行うのか

 まず、新年度開始直後に大学内外からの協力を得て、ゼミナールでの参加学生各自が、「自分は残りの大学生活をどうしたいのか、将来どうなりたいのか」、「自分は将来何をしたいのか」を考える起点をゼミナールの時間内において確保している。

 第一に、定期的に中央大学キャリアセンターnew windowの利用を行っている。これは、単に就業に係る意識を持つこと及びその定着を目指した利用では「決して」ない。今後の自分自身を設計するという機会の確保と考えている。

 第二に、最近では、『NAB就業研究所new window』代表の佐々木直人氏の協力を得て、自分自身の設計に係る意識に直接的に働きかける機会を確保している。将来において参加学生がなりたいと考えている自分と現在の自分との間の違いを認識させるのである。このような機会を経ることで、参加学生が今必要となる行動を明確化する作業の必要性を認識し、そのような作業を常に行うという意識を定着させる。

 次いで、参加学生には、学生間における合意に至るまでの手順を体験してもらい、それら体験の蓄積によって体系的な合意形成に係る経験が獲得できる機会を提供している。合意形成のためのテーマとしては、基本的には、参加学生自身が内容等決定することとなる。

 これは、自身の選んだテーマ(大学の講義内容に関わるテーマ、そうではない学生個人の嗜好に基づくテーマ等)をゼミナールにおいて採用してもらうため、すなわち、他者を説得するためには、自分自身のテーマをどれだけ考え抜き、どれだけ理解しているのかという観点が合意形成の前提となっているという理解を求めている。

 以上のような担当教員の意識のもと、一方のビジコンゼミナールでは、できる限り学生が興味を持つようなテーマを最初に与えるが(自分自身が最も成功した≒売れたと考える商品とその理由等)、このテーマも参加学生自身が吟味して実際に取り組むか否かを決定する。これ以降、テーマは参加学生自身が提示し、決定し、実践(成果報告)することとなる(特定の街の「祭り」への出店、特定の業界における特定企業の売上を増大させるための方策の提示、「学生を元気にする商品」の開発等)。いずれのテーマ選びも最終的には本学で開催されているビジネスコンテストである「野島記念Business Awardnew window」に参加することを想定したものとなっている。

 他方のゼミナールは、現時点では、ビジネスコンテストのように可視化できる最終目標としてのイベントをもってはいない。その意味では、常に「今後の進路(やりたいこと)を考える」、そして、「その進路(やりたいこと)を目指して現時点ですべきことはなにか」という意識を合意形成時には参加学生間で確認することを求めている。しかしながら、将来のために現時点ですべきことの明確化は極めて困難である。そのために、実際に進路(やりたいこと)を徹底的に「調べることで理解する」という作業を、現実の企業の具体的取り組みの理解というテーマに置き換えて行っている場合が多い。たとえば、特定の企業や特定の産業に関する歴史の一定期間を抽出し、IR等資料を利活用することで、現時点での企業行動の具体的成果とそれに至るまでの企業の具体的取り組みとの関係を他者に説明するのである。

3.演習(ゼミナール)の成立に関する障害

 繰り返しになるが、ゼミナールで取り扱うテーマ選定は、原則として参加学生の提案と学生間の合意により決定される。これまでも、参加学生間でのゼミナール活動に対する意思や認識、思いの違いにより集団が分裂、意見がまとまらない等の状態は頻繁に発生している。たとえば、熱心にゼミナールにコミットする学生、どうゼミナールの運営に関わればよいのか躊躇し発言しない学生、学生間で単に楽しみたい学生、自分だけをより鍛えたい学生といった状況である。担当教員自身は、このような状況の発生は望ましいと考えている。その上で合意の手順や合意に至らない状況を体験し、経験として蓄積してもらいたいと考えている。したがって、担当教員は、様々なゼミナール運営上の相談や連絡等は受けるが、参加学生の大部分が全くコミットしなくなった等の特段の事情が発生しない限り、担当教員自身からは積極的には合意過程には関わらない(釘原直樹『人はなぜ集団になると怠けるのか―「社会的手抜き」の心理学』(中公新書、2013年))。担当教員のこのスタンスは、ゼミナール開始時及び定期的に参加学生に伝えているところである。

 また、合意に達しない、他のグループと比べて成果物はおろか話し合いもできないといった「失敗」も体験する機会も当然に生じる。成果物を極めて短時間において仕上げるという課題をあえて設定しているためである。このような「失敗」から、「もし自分が同じような状況に今後直面した場合どうするか」、「この失敗を自分はどのように克服すれば、自分だけでなく、周りの人と伴により良い状況を今後作り出せるか」といった将来に向けた気持ちのコントロールを常に意識してもらうようにしている(キャロル S.ドゥエック著(今西康子訳)『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』265頁(草思社、2008年))。

4.演習(ゼミナール)で何が得られるのか

 これまでのゼミナールにおける成果としては、以下のようなものが確認される。

 ビジコンゼミナールでは、最近の成果としては、学内ビジネスコンテスト「野島記念アワード」において、2011年度準優勝(オーディエンス賞も同時受賞)、2012年度優勝(優勝チームは全国起業家選手権に出場し、再度優秀な成績を収めた)、2013年度準優勝と一定の「結果」が見える形で確認できる。もちろん、このような「結果」によって成果をすべて客観的に示すことはできない。また、このような成果が出ずに卒業する学生も多い。もう一方のゼミナールでは、ゼミナール内での学修をこれまで重視してきており、その成果は個々の学生の判断に頼るしかない。もちろん、このような「結果」が客観的に可視化できないということも、「結果」を評価する際に困難を生じさせる。

 しかしながら、これらのゼミナールの成果は、学生間の合意形成を前提とすることで生じる様々な「失敗」への向き合い方、「失敗」に対する考え方を個々の学生に定着させることであると考えている。

 今後、ゼミナールでは、積極的に学外の様々な集団との関係の構築も視野にいれつつ計画を練っている。学内での専門的学問による知的刺激とは異なる刺激を参加学生は受けることを期待している。

 様々な場面で「失敗」を数多く蓄積しながらも、一つのテーマをやりきるという継続した取り組みこそが、他の先生方の担当されているゼミナール同様、私自身が担当するゼミナールの特徴であると言える。

西村 暢史(にしむら のぶふみ)/中央大学法学部准教授
専門分野 競争法・消費者法政策・ビジネスと規制
神戸市出身、1974年生まれ、1997年関西学院大学法学部卒業、1999年神戸大学大学院法学研究科博士前期課程修了、2002年富山大学経済学部専任講師、助教授、准教授を経て2010年より現職。現在の研究課題は、企業のビジネス活動と法の関係を「競争」を軸とした分析、特に、競争法執行の説得的な運用解釈、情報通信分野における法規制について検討を行っている。主要論文として、「法7条の2第1項における『当該商品又は役務』の起点と現在」(根岸古希『競争法の理論と課題』所収)、「欧州情報通信規制の競争法的思考」(比較法雑誌)等がある。