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トップ>教育>政策創造力を養う—「実学」による人材養成の試み—

教育一覧

飯島 大邦

飯島 大邦 【略歴

政策創造力を養う—「実学」による人材養成の試み—

飯島 大邦/中央大学経済学部教授
専門分野 公共経済学、政治経済学

1.はじめに

 2013年11月9日(土)・10日(日)の両日、中央大学多摩キャンパスにおいて、公共選択学会[1]が主催する第16回学生の集いが開催されました。学生の集いには、全国の大学の2年生または3年生がそれぞれチームを結成して参加し、共通のテーマに対して論文作成とプレゼンテーションを行い、参加大学の教員による審査を経て、加藤賞(最優秀賞・優秀賞)が授与されます。本賞は、学部生の研究を奨励することを目的とし、公共選択学会初代会長加藤寛先生を顕彰して設置されたものです。なお、第16回学生の集い3年生の部において、本学総合政策学部横山彰ゼミナールが最優秀賞を受賞し、同2年生の部において、本学経済学部の私のゼミナールが最優秀賞を受賞しました[2]

 この小論では、2013年度加藤賞選考委員会委員長を務めた経験もふまえて、学生の集いの概要およびその効果、学生の集いに向けた私のゼミナールの活動などについて報告します[3]

2.公共選択学会学生の集いの概要およびその効果

 公共選択学会学生の集いの目的は、社会の問題に対して、学生の立場から政策提言をすることにあります。さらにその過程で、論文の作成やプレゼンテーションの技術の向上をめざしています。

 全体のスケジュールとしては、まず、執筆要項[4]にしたがい指定された期日までに論文提出が求められます。学生の集い当日には、プレゼンテーションによる1次審査、1次審査通過チームに対する論文審査という2段階審査を経て、加藤賞が決定されます[5]。すべてのチームが参加する閉会式では、加藤賞受賞チームが表彰され、さらに最優秀賞受賞チームによるプレゼンテーションが行われ、研究成果の共有が図られます。

 ところで、公共選択学会学生の集いと同様の目的をもつ組織として、ISFJ日本政策学生会議やWEST論文研究発表会があります。しかしそれらの組織とは異なり、学生の集いは、共通テーマを設定します。もちろん共通テーマ設定の是非は簡単に結論が出るものではありませんが、共通テーマ設定の最大のメリットは、競争メカニズムによる学生の成長の促進にあります[6]。その具体的な内容については、後述の私のゼミナール活動に関するところで説明します。

 共通テーマの設定に際して、その最終決定権をもつ加藤賞選考委員会委員長として、次の点に留意しました。

  • 参加学生にとって、卒業後も重要なテーマであること。
  • テーマを必要以上に限定することを避け、参加学生自身が考える余地を十分に残しておくこと。

 上記の2つの点に留意して共通テーマを設定することによって、参加学生に対して、競争心をバネにして徹底的に考え抜き、自己を成長させる機会を作り出すことができると思います。

 第16回学生の集いにおいて、2年生および3年生それぞれに対して、以下のような共通テーマを設定しました。

2年生テーマ:
日本経済再生のために、いかなる産業構造を構築すべきか?
3年生テーマ:
日本経済再生のために、いかにマクロ経済政策を運営すべきか?

 参加学生に対しては、このようなテーマの発表にあわせてテーマの解題も示しました[7]。それにしたがい、参加学生は、さまざまなことを考える必要にせまられます。まず、「日本経済再生」とは、何を意味するのかを考える必要があります。さらに2年生テーマについては、どのような産業に注目すべきか、3年生テーマについては、財政政策、金融政策それぞれについてどのように運営すべきかを考える必要にせまられます。

 このような環境の下で、各参加チームは、互いに独自性のある政策提言を行うことを競い合うことになります。さらに、論文作成やプレゼンテーションを通して、説得力のある主張をするにはどのようにすれば良いのかを学びとることができます。

3.公共選択学会学生の集いに向けたゼミナール活動

 公共選択学会学生の集いのテーマおよび解題は、例年、新学期の開始とともに発表されます。それを受けて、私のゼミでは、2年生および3年生それぞれが、夏休み前から論文作成の準備に取りかかります。

 論文作成の準備は、通常通り、テーマの解釈、問題意識の提示、現状分析および政策提言などを考えながら進められます。論文作成にあたり、私は、以下の4つの点をゼミ生たちにアドバイスしています。

  • 論文の骨格についてフローチャートを作成して、チームメンバー間での認識の共有化を図り、さらに論文の趣旨の説明を受ける者に対してわかりやすさを確保すること。
  • 論文の基礎となる価値基準の整合性を保つことに対して十分に配慮して、それを明確にすること。
  • 政策提言にあたっては、その技術的および政治的な実現可能性を考慮すること。
  • 論文の「純粋な」貢献部分を明確にすること。具体的には、分析に用いた(数理的または記述的)モデル、または政策パッケージに対してオリジナルの名称をつけて、それを論文タイトルに反映すること。

 上記以外に私がすることは、ときどき論文作成の進捗状況を聞いて、学生たちが疑問をもっている部分、または彼らが見落としている部分に関する文献を紹介するくらいです。それ以上のことはしません。なぜならば、それ以上のことをすれば、学生自身が考え抜くことをやめてしまう可能性が高まるからです。

 さらにゼミ運営において、次の2つの点を心がけています。一つは、ゼミ学生の「囲い込み」をしないことです。例えば、論文のテーマに関係する分野を専門にする先生方に、積極的に話を聞きに行くようにアドバイスしています。もう一つは、ゼミ学生に対して「上からの目線」で指導をしないことです。つまり、教員と学生の間に成立する、教え、教えられる関係を固定的であるとは考えないことです。実際、私が知らないことを学生が調べてくることもありますので、教員が学生に教えられることもあることを十分に認識しておくことは重要であると思います。このような2つの点に留意することによって、学生たちは、いっそう積極的に考え抜くようになると思います。

 このように論文を執筆し、それにもとづきプレゼンテーション用のパワーポイントスライドを作成して、5年間ほど連続して公共選択学会学生の集いに参加することによって、競争メカニズムの効果がゼミ活動にあらわれてきました。「競争」には、competitionという側面とemulationという側面がありますが、ここで主に関係するのはemulationという側面です[8]。つまり、学生の集いの入賞チームの成果を模倣することからはじめて、それを凌ぐようなものを作り上げることをめざすようになりました。このような学生の活動の便宜をはかるように、論文については、過去の公共選択学会学生の集いのホームページからすべての論文が自由に閲覧できるようになっておりますし、プレゼンテーションについては、先に述べたように閉会式において最優秀賞チームのプレゼンテーションが行われます。

 競争メカニズムの効果は、ゼミ生の横のつながりだけではなく、縦のつながりの強化にもあらわれます。具体的には、公共選択学会学生の集いを経験した4年生たちが、後輩である2年生および3年生のチームを入賞させたいという気持ちから、論文やプレゼンテーションの細かな指導をするようになりました。さらに縦のつながりは、ゼミのOBとのつながりの強化にも及んでいます。例えば、OBも論文の指導にあたるときもあり、またゼミの現役生とOBとの懇親会では、学生の集いが共通の話題の一つとなり、ゼミ組織の強化にも役立っています。

 公共選択学会学生の集いに参加することによる副次的効果もあります。特に、2年次より上限を57,600字とする論文作成を経験することにより、論文執筆に対してある程度自信を持ち、その結果、学外の機関が主催する懸賞論文に応募する学生もいます。そのなかには、入賞する学生もいます。

 このように競争メカニズムはプラスの効果をもたらしますが、とりわけ競争のemulationという側面については、一般的に妬みという懸念すべきこともあります。しかし、公共選択学会学生の集いは、(個人間ではなく)さまざまな大学のチーム間の競争であり、さらに2年生および3年生における期間限定の競争であることから、競争メカニズムにおけるマイナスの効果は、発生しづらいと言えます。

4.今後の課題

 公共選択学会学生の集いというプログラムの位置づけを考えるにあたり、基礎教育→「課題解決型」プログラム→「課題発見・解決型」プログラムという関係を考えることが有用であると思います。「課題発見・解決型」プログラムは、課題の発見からその解決策の模索までを含むプログラムで、「課題解決型」プログラムは、提示された課題に対して解決策を模索するプログラムです。学生の集いというプログラムは、「課題解決型」プログラムであると見なすことができます。

 ところで現代の社会においては、「課題解決型」プログラムよりは「課題発見・解決型」プログラムの方が必要とされていると思います。したがって、学生の集いというプログラムは、限界もあると言わざるを得ないと思います。しかし、基礎教育を修得してからすぐに「課題発見・解決型」プログラムに取り組むよりは、「課題解決型」プログラムを経験してから「課題発見・解決型」プログラムに取り組む方が、より高い課題発見力が身につくと思います。なぜならば、課題を発見するには、物事を見る枠組みを持っていることが必要であり、「課題解決型」プログラムである学生の集いを経験することによって、社会を見る枠組みをもつことができるからです。ゆえに、学生の集いを経験した学生に対して、「課題解決型」プログラムの限界も示した上で、その経験によって蓄積したものをふまえて課題発見力を養うように、これまで以上に促す必要があると考えます。

 また基礎教育のさらなる充実は、「課題解決型」プログラムである学生の集いには欠かすことができません。つまり、現状分析にもとづき、実行可能性が高い政策提言をするには、経済理論や実証分析を十分に修得することが必要となります。しかし、経済学分野の基礎教育に含まれている内容は、以前と比べると量は増え質も高くなっています。そのため、多くの学生たちが経済学分野の基礎科目を十分に修得できていないという状況があり、それに対する対策がさまざまな大学でとられています。本学経済学部では、2014年4月よりはじまる「中央大学教育力向上推進事業」において、経済学基礎科目の教育の充実に対する取組が実行されます。今後は、この事業の構想段階から関係している一人として、この事業の成果を活用する一つの試みとして、公共選択学会学生の集いも位置づけていきたいと思います。

5.おわりに

 この小論で紹介した、競争的状況の下で「切磋琢磨」する仕組みは、さまざまなものに応用することができると思います。例えば、多くの大学において、学生の能力を高めるさまざまなプログラムが設けられています。しかし、そのようなプログラムのなかには、一部の学生しか関心を示さないケースも見られます。その原因の一つとして、プログラム本体の設計とあわせて、学生のモチベーションを高めるシステムが構築されていないことが考えられます。学生のモチベーションを高めるシステムの一つとして、この「切磋琢磨」する仕組みを応用することができると思います。

 ところで、経済学は、法学、政治学、社会学、哲学、心理学などと連携して、学際的研究が展開されています。公共選択は、そのような学際的研究分野の一つであり、さらに現実の政策立案にも影響を与えてきた、政策系の基本分野の一つです[9]。このような公共選択を学んで、学生の立場から政策提言を試みる学生の集いは、本学の建学の精神である、科学としての「実学」を重視して「實地應用ノ素ヲ養フ」ことに沿うものだと思います。今後も、この小論で紹介した取組を続けて、「実学」を修得した人材を輩出していきたいと思います。

  1. ^ 公共選択学会は、1996年に設立されました。2014年3月時点の会長は、小林良彰先生(慶應義塾大学法学部教授、日本学術会議副会長)です。
  2. ^ http://www.chuo-u.ac.jp/academics/faculties/news/2013/12/11216/新規ウィンドウ
  3. ^ この小論で報告する取組は、私が学部と大学院時代を過ごした「実学」を重視する2つの大学においてご指導していただいた丸尾直美先生と加藤寛先生、ならびに両先生の経済政策論ゼミの関係者の方々からご教示頂いたことに依拠しています。また、公共選択学会学生の集いの評価に関する記述は、あくまでも私の個人的見解であり、学会の公式見解ではないことをあらかじめお断りします。
  4. ^ http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~iijima/PC2013/guide.html新規ウィンドウ
  5. ^ http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~iijima/PC2013/valuation.html新規ウィンドウ
  6. ^ 学生の集いにおける競争メカニズムの導入は、慶應義塾大学経済学部加藤寛研究会(ゼミナール)の経験に基づいています。加藤寛研究会のシステムについては、次の著書があります。河合篤男(2007)『切磋琢磨 慶應義塾・加藤寛ゼミに学ぶ人材育成』生産性出版
  7. ^ http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~iijima/PC2013/theme.html新規ウィンドウ
  8. ^ 競争については、中央大学商学部井上義朗教授による以下の著書があります。
    井上義朗(2014)「二つの『競争』—競争観をめぐる現代経済思想」講談社現代新書
  9. ^ 私が編集委員長を務めた、公共選択学会誌『公共選択』第61号(2014年3月発行)には、公共選択の創始者であり、1986年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ブキャナン先生の追悼特集があります。その追悼特集に収録された論文をお読み頂くと、公共選択の基本的な考え方をご理解頂けると思います。
飯島 大邦(いいじま・ひろくに)/中央大学経済学部教授
専門分野 公共経済学、政治経済学
東京都出身。1964年生まれ。1987年中央大学経済学部卒業。1993年慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。同年中央大学経済学部助手。その後、助教授、准教授を経て、2013年より現職。現在、日本経済政策学会本部幹事、日本計画行政学会理事、公共選択学会幹事、政策研究フォーラム評議員などを務める。著書に『公共経済学』(共著、1998年、東洋経済新報社)、『ポスト福祉国家の総合政策』(共編著、2001年、ミネルヴァ書房)、『テキストブック公共選択』(共著、2013年、勁草書房)他、翻訳書にミューラー著『公共選択論』(共訳、1993年、有斐閣)、フェルドマン/セラーノ著『厚生経済学と社会選択論』(共訳、2009年、シーエーピー出版)、カプラン著『選挙の経済学』(共訳、2009年、日経BP社)他がある。