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教育一覧

谷下 雅義

谷下 雅義 【略歴

「さんさんびと」南三陸町の人々から学ぶ

谷下 雅義/中央大学理工学部教授
専門分野 都市工学、空間計量分析

はじめに

 大地そのものを揺るがし、人のすべての営みを消滅させた津波。「残された地域資源を発見・再評価し、環境保全・地域と観光の振興を図るエコツーリズムのお手伝いをしよう」と環境FLP谷下ゼミでは、2012年3月より宮城県南三陸町をフィールドとして活動を行っている。

 現地で私たちが出会ったのは、「津波を憎んでいる」とは決して語らない漁師の皆さん。名人や達人とは決して名乗らないが、美味しい野菜や加工品をつくる農家の方々。自然・歴史文化を大切にしてきたコミュニティ(集落)の維持再生のために、利害が対立する難しい問題に対して、じっと意見を確認し、粘り強く時間をかけて話し合う姿であった。

 繰り返し訪問することを通じて、強い刺激を受けた学生たちは、ゼミ活動を超えて、自分たちで「さんさんびと」という組織を立ち上げ、この夏、南三陸学生エコツアーを開催した。本稿では、この「さんさんびと」に込めた学生の想いと学生エコツアーについて紹介する。

「さんさんびと」誕生への想い【樋口葵(法学部3年)】

 2012年8月、私は初めて南三陸を訪れた。すでに被災してから1年半が経っていて、ほぼがれきの撤去は済み、被災地の田畑や宅地の表面は一面夏草に覆われていた。そして津波の被害を受けなかった山の地域は、日本のどこにでもある田舎の風景と何ら変わりなく感じた。これが私の南三陸に対する最初の印象だった。そのときは、その後、自分が南三陸の魅力に引き込まれ、これほど南三陸を好きになるとは、そして「さんさんびと」という組織を立ち上げることになるとは思いもしなかった。

 その転機となったのは、2013年3月の3度目の訪問であった。私はその訪問で初めて、少しずつではあるが復興へと進む南三陸の移り変わる風景に自ら気づくことができた。また、たびたび活動をともにする地元の人々との再会に、初めて懐かしさを覚えた。そして何より、私たちの訪問に対して、まるで自分の身内が遊びに来たかのように喜んでくださる地元の「ひと」にうれしさを感じた。毎回ジョークを挟みながらトークをしてくださる地元のガイドさん(阿部勝善さん)や、「いつでも寄っていき」(山内太一さん)、「何で私の家に泊まってくれないの?」(山内登美子さん)と気軽に声をかけてくださる地元の皆さん。南三陸には温かくて個性豊かな「ひと」がたくさんいらっしゃることにようやく気が付いた。南三陸が第二の故郷のように思えたのだ。そこから次第に、私は南三陸の「ひと」の魅力にとりつかれ、気がつくとこれまでに7回も訪問していた。

 「さんさんびと」は、そのような魅力あふれる南三陸をより多くの人に伝えたい、知ってもらいたいという想いから立ち上げた組織である。「さんさんびと」の「さんさん」は、「サンサンと輝く太陽のように、笑顔とパワーに満ちた南サン(三)陸の商店街にしたい」という意味の“さんさん商店街”(2012年2月に南三陸町の志津川地区にオープンした仮設商店街)、“校舎の宿さんさん館”(廃校になった小学校を改装した体験・宿泊施設)など南三陸の随所に使われていることからもじり、「びと」は南三陸の魅力ある「ひと」を表している。何度も足を運んでいる私たちにできることは、情報を発信し、魅力を伝えることである。その第一弾として、東京に暮らす学生が南三陸を訪れる「きっかけ」を作ろうと考え、この夏、南三陸学生エコツアーを企画し、実施した。

南三陸学生エコツアー【小池洋平(経済学部3年)】

 今回ターゲットにしたのは主に中央大学の学生である。チラシ(図)やFacebookなどを使って宣伝を行い、最終的に他大学の学生もあわせ11名の参加者が集まった。南三陸の魅力を少しでも伝え、ファンになってほしいとの思いから考えたことは以下の2点である。まず、ツアーでは「何をするか」ではなく、どんな「人」に会ってもらうかということに主眼をおいたことである。もう一つは、町に降った雨がすべて志津川湾および伊里前湾に流れる森里川海の連関がわかりやすい南三陸の海と山の両方を知ってもらおうということである。

 2泊3日のツアー初日は、間伐とブルーベリーの移植に分かれてお手伝いをした。間伐では地元の阿部勝善さん、菅原正徳さんにガイドしていただき、間伐を行う意味やチェーンソーを使った木の切り方について学んだ。木の倒れる瞬間の衝撃は貴重な体験となった。ブルーベリーの移植では、山内太一さんにお世話になり、栽培の難しさや加工品の可能性などについて教えていただいた。2日目は午前中に漁業体験を行い、南三陸での養殖について学んだ。津波のあと牡蠣やホタテの成長が早く、以前の3分の1の日数で収穫できる大きさになるというお話を聞いた後、「ほったて小屋」というお店でホタテをいただいた。午後は山の整備と「おもちゃの図書館」のボランティアに分かれて活動した。山の整備では、ホテル観洋の裏山「海のみえるやすらぎの森」の整備をさんさんびとのスタッフがガイドする形で行った。夜は山内登美子さんのお宅に民泊させていただき、さんさん商店街で行われた八幡川かがりまつり復興市を見学した。雨で延期になっていた花火も見ることができた。最終日の午前中は、阿部勝善さんに山の神平地区をガイドしてもらい、2時間ほど散策をした(写真)。ジョークも交えながら、伝説の残る「巨石」、地区で一番大きなお宅や勝善さんのお宅にお邪魔させていただいた。勝善さんのお宅では、畑で採れた2種類のトウモロコシをいただいた。また、今年から始めたという無農薬の田んぼも見せていただいた。

 事後のアンケートではほぼ全員が南三陸に魅力を感じ、もう一度この学生ツアーに参加したいと回答してくれた。「南三陸の方ともっと交流してみたい」「じっくりとこの町で生活してみたい」と答えた参加者もいた。

 しかしながら反省点も少なくない。参加者への連絡が遅くなったこと、体験や場所についての説明が足りなかったことなど不十分な点が多くあった。 

 これらの反省を踏まえ、南三陸の皆さんの協力も得ながら、現在第2回南三陸学生エコツアーを企画している。その他にも、日本エコツーリズム協会学生大会での発表やインターネットを利用した情報発信なども行って、より多くの人々に南三陸の魅力を伝え、持続可能な地域づくりのお手伝いをしていきたいと考えている。

おわりに

 学生たちは、同じ地域を何度も訪問し、地域の方々との交流を重ね、一緒に地域が抱える広い意味での環境問題について考えている。普段、教室や狭いコミュニティの中だけで行動している学生たちは、現場でのさまざまな体験またインターネットで検索しても簡単に答えが得られない問題に取り組むことで、新しい価値観に出会い、視野を拡げて考えることができるようになる。FLPのゼミ活動が進路や就職活動を考える上でも有益な学びの場となっていると確信している。

 南三陸でのゼミ活動のもう一つの特徴は、高峰博保さん(法)、志賀秀一さん(経)、西城幸江さん(商)ら卒業生のサポートを得ていることである。中央大学がまだ十分活用していないのは、国内外で活躍する先輩方の力である。今後、卒業生と学生が一緒に活動できるフィールドが広がっていくことを期待したい。こうした新しい学びのためには、教員・事務のスタッフの体制、交通費や宿泊費などの支援、単位認定などの制度の検討も必要である。

 最後になりましたが、この活動には南三陸町観光協会や宮城大学復興ステーションの鈴木様ら多くの南三陸町の方々のご協力をいただいている。記して謝意を表します。

参考URL(アクセス日はいずれも2013年10月22日)
谷下 雅義(たにした・まさよし)/中央大学理工学部教授
専門分野 都市工学、空間計量分析
石川県出身。1967年生まれ。
1992年東京大学大学院工学系研究科博士課程中途退学 博士(工学)
東京大学助手、東京大学大学院工学系研究科専任講師、中央大学理工学部専任講師・助教授・准教授を経て2008年より現職。
専門:都市工学、空間計量分析
現在の研究課題:自動車の外部費用と関連税制、地区計画・建築協定が不動産市場に及ぼす影響、歩行空間の生理的評価、公的空間のマネジメント組織など。