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木川 裕一郎

木川 裕一郎 【略歴

倒産と法

木川 裕一郎/中央大学法学部教授
専門分野 倒産処理法

 債務者が倒産すると、利害関係を有する権利者は、こぞって債務者から満足を受けようとしますが、諸利害関係を公平に調整しなければなりません。他方で、債務者には、債権者の利益を制限しながらも、リスタートの機会を与え、生活や事業を再建してあげることが要請されます。倒産処理法という分野は、債務者と債権者の利益を調節するだけではなく、様々な内容を持った権利がどのように扱われるべきかを明らかにしなければならないので、非常に厄介な領域です。講義は、他の法律関係分野に関する知識を補充・確認しながら進めていかなければなりません。常に、学生の顔色を見ながら授業を進めています。

1.倒産法という分野

 倒産に至った場合に、その処理方法として、現に存在する財産を債権者などに分配することを目的とした、いわゆる解体型の法的手続と、現に存在する財産ではなく、その財産を運用して得た利益を将来にわたり債権者などに分配してゆく、いわゆる再建型の法的手続があります。これらの手続では、発生原因や内容の異なる様々な権利が公平・平等に取り扱われなければなりません。権利を公平・平等に取扱い、同時に債務者の更生を実現する法的な手続を研究するのが「倒産処理法」という分野です。

 法律を知っていれば、当事者や社会に起こる紛争をすべて解決できるかというと、そうは簡単にはいきません。当事者に合意があれば、その合意どおりに権利義務関係が発生するというのが原則なので、具体的場面で発生した権利義務関係が、すでに存在する法律で規定されている権利義務関係と同じなのか否かを判断することが非常に難しいケースも出てきます。にもかかわらず、社会では、経済発展とともに、常に、新たな態様の法律関係や新たな価値を対象とした法律関係などが出現します。一旦、倒産となると、そのような権利も含めて、すべての法律関係または権利関係を倒産手続で調整しなければなりません。しかも、解釈が確定するまで倒産処理を待ってもらうこともできません。その意味で、倒産処理法の分野は、極めてエキサイティングで、かつ難しい分野であると言われます。

2.権利の実現と倒産

 例えば、100万円を請求する権利があっても、100万円を実際に受け取ることができなければ、権利として認めても意味がありません。そこで、例えば、債務者である相手方が100万円を支払ってくれない場合には、法的な手続で100万円の価値を債務者から強制的に取り上げ、債権者に引き渡すことができるようになっています。その費用は、債務者が負担することになりますから、100万円の利益を確保できることになります。ところが、債務者が倒産状態であると、100万円および手続の費用を債務者の財産から取り上げることはできません。その意味で、倒産状態における債務者財産の分配のためのルールが必要となってくるのですが、もっと重要なのは、倒産状態に陥らないようにする仕組みを通じて可能な限り100万円を確保できるようにすることです。それは、一見すると個人や法人が利潤を確保する仕組みの問題で、経営学や経済学の範疇に属するように思われますが、実は、権利を定めることが法の役割であるとすれば、その権利に見合う利益を確保させる仕組みを用意することも法の役割であると言わなければなりません。倒産処理法の分野の周辺領域の問題ではありますが、倒産を法的に回避する法的仕組みに関する議論も重要になってきます。

3.倒産回避のための法制度

 ところが、会社の経営が悪化しつつある場合に、我が国の法制度は倒産回避に十分に配慮していません。

 会社に対する主要な利害関係人は、その会社の実質的な所有者である株主のほか、会社と取引をしている債権者です。会社が倒産すると、会社に対する債権者が不利益を被るだけではなく、株主の利益は実質ゼロとなってしまいます。すなわち、会社と取引関係にある債権者は株主の利益分配請求権に優先することになっていますから、会社財産の状況が積極財産に比べ、債務など消極財産より少なくなった時点で(これを法律の世界では「債務超過」といいます)、債権者への弁済をした後に株主に分配する利益はなくなります。しかし、現行会社法では、債務超過となって株主権の価値がゼロとなった後も、倒産するか否かに直結する経営判断は、株主(経営者陣)のもとに置かれたままです。その結果として、株主の利害はもはやないにもかかわらず、経営陣がその判断で経営を継続すれば、債務超過がさらに進行し、ますます債権者の権利が害される可能性があります。

 こういった場合に、債権者が有する100万円の権利が実現されるように、利害関係を有する債権者自身が会社経営をコントロールできれば、債務超過の進行を防止することができるはずですが、現行会社法はそのような仕組みをもっていません。

4.債務超過に対する債権者の無関心

 それどころか、我が国の債権者は、債務超過に無関心であるところに問題があります。債務超過は、我が国の大企業にはそれほど多いわけではありませんが、企業の大部分を占める中小企業では、その規模が小さいほど債務超過企業が多いというのが実態です。また、日本企業は自己資本率が非常に低いと指摘されることもあります。このような状況は、先進国では非常にまれです。私が債権者の無関心の原因として法制度上最も注目しているのが、我が国の税制です。例えば、我が国では、破産手続や再建型手続で免責・免除の対象となった債権をその100%の金額で無償消却し、企業の収益から控除することを認めたうえで課税がなされます。無償消却による利益があまりにも大きいために、債権者には、権利行使を通じて少しでも多くの満足を得ようとするインセンティブは働きません。しかも、この法制を採用した結果、権利の実現により満足を得ようとする期待は低下し、実現できそうな取引相手を選択する必要もなくなります。

 そのような状況が国内問題にとどまっている限り、それぞれの企業がギブアンドテイクで、共存共栄することはあるいは可能とも考えられますが、100%の償却を認めていない国家に本拠を置く企業は、決して財産的基礎の薄弱な日本企業と取引をしようとは考えません。また、我が国では、各種倒産手続が行われても、債権者はほとんど手続に参加して来ないといった事態を前提に、倒産手続における債権者の手続保障を法規定により後退させるといった弊害まで出てきています。

 そこで、債権者の権利行使に関するインセンティブを回復させるために、償却率を大幅に低下させるという方法が考えられます。しかし、そうすると、中小企業は、取引相手の財産状況を綿密に調査しなければならず、これにつき費用負担を覚悟しなければならなくなり、やはり国際競争力にはマイナスです。

5.経営陣による倒産回避と債務超過増大防止義務

 そこで、運悪く倒産に至った場合に対処するために、その際に適切な企業行動を確保するような方向での法整備が必要だと考えています。

 第1に、債務超過が近づきつつある場合に、株主を中心とした出資者の利益を保護するために、倒産状態に至ることを避けるために、企業が第三者機関の協力を得て経営をリスケジュール(いわゆる「リスケ」)をするための倒産回避手続を設けることです。このような手続を導入している先進国も実際に見られるところであり、そこでは、信頼できる法的機関のもとで安価・迅速にプレ再建の効果が上がっていると報告されています。

 第2に、取締役など経営陣が債務超過の事実を確認したときに、すみやかにリスケをおこない債務超過を解消するか、または現状での解消が不可能であると判断したときには、直ちに再建型の法的倒産処理手続(民事再生手続や会社更生手続)または清算手続(破産手続や特別清算など)を申し立てるべき義務を課することです。この義務は、いわゆる「倒産手続申立義務」といわれています。実は、この義務は、我が国の旧商法に「破産申立義務」という形で規定されていたのですが、我が国で再建型の「和議手続」が制定されたときに、立法の過誤により、昭和13年改正で削除されてしまいました。我が国の自己資本率低下の礎は、このときに作られたと言えます。これに対して、我が国倒産法の系譜であるドイツ法やオーストリア法では、同じく和議手続が導入されたときに、「破産または和議を申し立てる義務」に改正され、現在まで維持されています。こういった法制が復活すれば、義務違反により生じた債務超過増大分は経営者の個人責任となります。債権者の権利実現の利益を重視するならば、一定の悪質なケースにおいては刑罰をリンクさせることも考えられます。そうすれば、債務超過の進行を食い止めることが可能になり、現状のような、いざ企業が倒産に至ると、配当率(または弁済率)が数パーセントに過ぎないといった事態を防止でき、再建の可能性は格段に高まるだけではなく、日本企業の国際競争力強化にもつながるでしょう。

6.おわりに

 学生にとっては、倒産処理法の周辺部分にまで目を向けるとき、権利実現に対する予測可能性を高め、倒産を回避させるためにはどうしたらいいかを考えるいい機会になるでしょう。また、一見すると、倒産処理法の分野は手続規定の並んだ無味乾燥な分野であるように思いますが、民事法の各分野を一生懸命に勉強してきた学生にとっては、すべての知識が役立つ、とても楽しい学問分野といえます。

木川 裕一郎(きがわ・ゆういちろう)/中央大学法学部教授
専門分野 倒産処理法
1958年茅ヶ崎市生まれ。1981年中央大学法学部卒。法学博士。2009年より中央大学法学部通信教育課程部長。主要な研究業績として、単著『ドイツ倒産法研究序説』(1999・成文堂)、共著『ロースクール倒産法』(2005・有斐閣)ほか。