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高橋 雅足

高橋 雅足 【略歴

介護実習で何を学ぶか

高橋 雅足/中央大学経済学部教授
専門分野 スポーツ医学、高齢者福祉、障がい者スポーツ

1.はじめに

 地球温暖化のせいなのだろうか、ここ数年酷暑が続き、熱中症で救急搬送される高齢者が相次いでいる。平成25年8月9日、総務省消防庁は、全国で7月中に熱中症で搬送された人が2万3699人に上ったと発表した。2008年の調査開始以来、7月としては過去最多であり、これまでの最高数は平成24年の2万1082人であった。65歳以上が1万1420人で、搬送者の約半数を占めていた。死者は27人であった。8月13日夜には、東京都江戸川区のアパートで、熱中症と見られる老夫婦の遺体が見つかった(毎日新聞 平成25年8月14日より引用)。人間は高齢になるほど、皮膚が温度を感じにくくなり、汗をかくまでの時間もかかり、身体に熱がたまりやすい。また、認知機能の低下がある場合にはエアコン操作すら困難になる。このような理由から高齢者だけの世帯では、衣服の調整や冷房の利用が遅れ熱中症が重症化しやすいので注意が必要である。その他にも、認知症を抱えた老々介護の事例など高齢者を取り巻く深刻な事件が日常的に報じられている。

 日本人の平均寿命は、2010年の時点で、男性は79.59歳、女性は86.44歳であり、社会の高齢化が急速に進んでいる。さらに核家族化が進み、高齢者と家族や地域社会の関係も変化が見られる。かつてのわが国では、高齢者は三世代同居の形態が多かったのであるが、現在では高齢者の一人暮らしが急増しており、なかでも75歳以上の後期高齢者の独居が増加している。65歳から74歳までの前期高齢者は元気で生活が自立できている人が多いが、後期高齢者になると急激に体力が衰えてくる。体力の衰えだけでなく認知症になる割合も増加し、介護が必要な高齢者は2030年には約421万人(男性141万人、女性280万人)に上ると推計されている。これらの統計は近い将来、介護が必要な高齢者が急激に増加し深刻な社会問題となることを意味している。

 高齢者に対する介護の問題は、年金や医療とならび重要な国家的課題であり、制度の充実はもちろん必要であるが、私達にとって他人ごとではないことを理解し、皆で支え合おうという認識を全ての国民が持つことがさらに重要であると思われる。ここでは、中央大学経済学部で展開されている「介護実習」について実態を報告するとともに、福祉教育について若干の考察を加える。

2.介護実習の紹介

 中央大学経済学部には「介護実習」という授業科目がある。この科目は経済学部独自のものであり、中央大学の他学部のカリキュラムにはない。平成8年に著者が本学に赴任して開講した。以来、多くの学生が「介護実習」を学び、社会に出ている。これまで、女子ばかりでなく、多数の男子学生も受講している。「介護実習」は、「健康・スポーツ実習」のカリキュラムに含まれる選択科目の一つである。週に1コマの座学で介護基礎学を前期に学び、夏休みの期間中に介護体験を行うというプログラムである。日野市にある特別養護老人ホームに通いながら実習を5日間行う。実習では利用者の方々の話し相手や介護職員の手伝い等を行う。食事や排泄の介助といった本格的な介護は行わない。食事の配膳や下膳、掃除、利用者の入浴後の整容、洗濯物の整理、シーツ交換等の手伝いが主な仕事の内容である。また、利用者の前で一芸を披露する日もある。敬老会の手伝いをすることもある。さらに、5日間のうち1日はデイサービス部門で近隣のお年寄りと一緒にレクリエーションを楽しむ機会がある。履修生が多い場合は、2つのグループに分け、前半のグループは8月の夏祭りの時期に実習を行い、後半は9月の敬老会に合わせ実習を行い、その準備の手伝いや当日は大勢の車椅子の入所者の移動を手伝う。そして、毎日その日の実習で学んだことや疑問点などを日誌の形で記録させている。その日誌は介護スタッフにも目を通してもらい助言や指導をいただいている。また、実習前に立てた課題やテーマなどの学習の目標が達成できたか、反省点や今後の自分なりの課題など、5日間を通したレポートの提出を義務付けている。

 このプログラムの意義は、主に二つある。一つは共生社会の実現を目指すノーマライゼーションの考えを学ぶことである。共生とは蟻とアブラムシ(アリマキ)の関係のように互いに助け合う関係のことである。人は誰でもいつかは高齢期を迎える。しだいに歩けなくなり、動作も遅くなり、ときには一人で食事ができなくなったり、排泄ができなくなったりすることもある。こうした事態には、若い者が主体となり社会全体で支えあわなければならない。実際に福祉施設に入所している高齢者の生活に接することで、高齢化社会の現実についてぼんやりしていたものがはっきり見えてくるのではないだろうか。

 第二の目的は高齢者介護の基礎的知識を学ぶことである。特に認知症についての最近の知見について理解を深めることである。認知症は様々な原因によって起こる、記憶力や判断力が低下した状態であり、軽度認知障害、アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症などがある。それぞれ認知症の原因となる病気によって症状や治療法に違いがある。なかには、治療すれば、認知症が治ることがあるものもある。従って、認知症ではないかと疑われる場合は早めに病院で診察を受けることが大切である。しかしながら、一般的には認知症に対して誤った考え方がしばしば見られる。また、健康管理という意味で医学知識も浅く広く学ぶ必要がある。高齢者の病気の現れ方には若者とは異なる場合が多いのである。一例を挙げれば、胸が強烈に痛くなり、胸を押さえてうずくまってしまうというのが一般的な心筋梗塞の病状であるが、高齢者では必ずしもそうではない。何となく胃が重い、左肩がこるという症状で病院へ行くと、実は心筋梗塞であったという症例がある。

 私はすべての学生に老人医療や福祉に対して関心を持って欲しいと思っている。このプログラムは、世代間の交流が少ない現代社会において、学生が高齢者と交流する機会を創出している。介護実習後には、「一生の財産となる貴重な体験でした。また、機会があったら、このような体験をしてみたいと思います。」といった感想も寄せられている。

3.福祉教育に対する考察

 このような活動を大学で単位認定科目として認めるには異論もあり、これに関しては主に二つの課題について検討する必要がある。一つはボランティア活動に大学で単位を認定することが妥当であるかという問題である。「大学はボランティア養成所ではなく、もっと大切な学ぶべきことがあるだろう。」などの反対意見を聞く。このような意見を主張する人は必ずしも少なくないが、今後ますます加速する超高齢化社会の財政的問題の深刻さを理解していないか、この国の収入を上げる方法を誰かが発見し、何とかなると思っている楽観主義者であろう。今後も増え続ける膨大な財政赤字に対して、消費税率の引き上げは避けて通れない政策であろうが、福祉教育を展開しボランティア活動を広めることも重要な政策の一つと思われる。わが国の社会福祉施設は介護保険制度のもとで運営されているが、仕事の割に給料が安いため介護職の人材確保は容易でなく、そのような経営努力をしていてもなお財政状態は厳しく、寄付やボランティアのマンパワーに頼っている現状である。世界に先駆けて介護保険を実現したオランダも、財政赤字に苦しんでおり、親類や友人、近隣の人が高齢者ケアを行う非公的ケア活動を国の政策として広めようとしている。ようやくわが国でもボランティア学習の重要性が広く認識されてきており、平成3年の大学設置基準の大綱化により、大学教育は全面的に大学の自主性・自律性に基づくものとなり、大学においてもボランティア学習が展開されるようになった。文部科学省の発表によれば、平成20年度にボランティア活動に関する授業科目を開設している大学数は、社会福祉に関する活動(老人や障がい者などに対する介護、身のまわりの世話、給食、保育など)に関連して、国立31校(37.8%)、公立11校(15.1%)、私立161校(28.3%)、合計203校(28.1%)に上っている。大学数は国立82、公立73、私立568、合計723校での調査であり、私立には放送大学1が含まれている。わが国でも地域コミュニティーで高齢者を支え合うという文化はもとより見られたが、今後は国の政策の一つとして、ボランティア学習がさらに広く展開されることが予想される。

 二つ目の検討するべき課題は、福祉教育とボランティア学習の違いを理解し、福祉教育の理論的根拠を検討することである。

 福祉教育の概念を説明したものとして、全国社会福祉協議会福祉教育研究委員会(1983年9月)は、「福祉教育とは、憲法13条、25条等に規定された人権を前提にして成り立つ平和と民主主義社会を作りあげるために、歴史的にも、社会的にも疎外されてきた、社会福祉問題を素材として学習することであり、それらとの切り結びを通して社会福祉制度、活動への関心と理解をすすめ、自らの人間形成を図りつつ社会福祉サービスを受給している人々を、社会から、地域から疎外することなく、共に手をたずさえて豊かに生きていく力、社会福祉問題を解決する実践力を身につけることを目的に行なわれる意図的活動といえる。」と規定している。つまり、福祉教育はノーマライゼーション思想の具現化をめざして、国民が社会福祉問題への理解と関心を深め、問題解決のための実践力を身につけるための教育活動である(福祉教育の理論と実践―新たな展開を求めてー、阪野貢編著、相川書房、2000年より引用)。一方、ボランティア学習の概念は、静岡県教育委員会の『ボランティア学習の手引、1996年』から引用すると、「ボランティア学習とは、学習者がボランティア活動を通して、人としての生き方を学ぶとともに、その活動が明るく住み良い生活環境、特に潤いのある地域を作っていく体験的な学習であるといえる。そしてそれはまた、現代社会の求める重要な三つの役割を担っている。その一つは学習者の人間形成であり、もう一つは、生活上の課題に取り組むボランティア活動であり、あとの一つは、潤いのある住み良い地域社会づくりである。」と説明されている。ボランティア学習はこれまで、小学生、中学生、高校生を対象に展開されてきており、「ボランティア体験活動」を通して様々な社会的問題に関心を持つような人材を育成することに重点をおいているといえる。ボランティア学習の対象は、社会福祉問題、文化・スポーツ活動、自然の保護、環境問題などと多様な分野にわたるが、福祉教育の学習の素材は高齢者や障がい者などの弱者または少数者であり、福祉社会の創造や福祉のまちづくりなどである。以上のことから、福祉教育は、ノーマライゼーション思想の具現化をめざして、社会福祉問題解決のための知識と実践力を身につけるための重要な学問であるといえる。超高齢化社会を迎えるにあたり、わが国の膨大な借金と急増する高齢者の社会補償費をどうするのか、全ての国民が避けて通れない問題であり、ボランティア学習を含む福祉教育は高等教育の場で基礎的教養として保証されるべきであると考える。

4.結び

 中央大学経済学部で展開されている「介護実習」の実態の紹介と福祉教育について若干の考察を加えた。わが国では介護保険制度が整っているが、高齢化が進む中で給付は増え続け、財政赤字が予想される。このような状況の中で、この「介護実習」を体験した学生の中から、公的なケアを補う「マントルゾルフ」活動などのボランティア活動を行う若者が多く生まれることを期待している。

高橋 雅足(たかはし・まさたる)/中央大学経済学部教授
専門分野 スポーツ医学、高齢者福祉、障がい者スポーツ
群馬県出身。1946年生まれ。1970年群馬大学医学部卒業。
1970年東京大学医学部整形外科学教室入局。医学博士(東京大学)。
せんぽ東京高輪病院整形外科部長を経て、1996年より現職。
2007年カリフォルニア州立大学心理学教室客員研究員
日本障がい者スポーツ協会公認障がい者スポーツ医であり、現在の研究課題は、障がい者スポーツのクラス分けである。主な著書には、共著「整形・形成外科診療Q&A」六法出版社、1989年、共著「臨床整形外科手術全書」金原出版、1991年などがある。