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教育一覧

長谷川 聰哲

長谷川 聰哲 【略歴

国境を越えた教育現場の演出

長谷川 聰哲/中央大学経済学部教授
専門分野 国際経済政策、マクロ動学型産業連関分析

国際経済のゼミナールが海外で学ぶこと

北京大学経済学院・王大樹教授と長谷川ゼミナールの学生

 年末に近づくと、演習生を引率して海外研修に出かける。昨年までは、訪問先の北京大学(北京)と復旦大学(上海)の経済学院がパートナーとして、一年おきに研修の主な企画となる学生研究討論会のホストを務めてもらってきた。研修には現地の日系企業などを訪問して、その活動を演習生に見学してもらうことも加えきた。

 それぞれの大学で指導するパートナーの教授は、いずれも私と長い交流をしてきた間柄で、指導する学生を海外の学生と交流させることが意義あるものと同調し、学生同士が共同で英語の論文を準備して発表、討論しあう企画を演出する。今年度の海外研修は、タイ・バンコク市のチュラロンコン大学経済学部との間で行うことにした。チュラロンコン大学経済学部は、学部の行事として、両大学の学生による学術シンポジウムを開催するホストを務めてくれることになった。

万里の長城登頂

 私のゼミナールでは、グローバル化が進む国際社会の中での産業の構造やその競争力の変化などに焦点を当て、市場のメカニズムや枠組に関する国際経済の理論や政策を学ぶことをテーマとしている。多摩キャンパスで学んでもらう国際経済の理論や実証分析は、社会活動の実体験に乏しい学生諸君にとっては、所詮、教室内で学ぶ知識にすぎない。

 このところ、にわかにグローバル人材の育成をどのように達成できるのかというテーマがようやく社会的、国家的な課題になってきたが、国境を越えた視野で、経済活動に何が起こっているか、学習の対象とする世界を肌で感じさせたいとの思いや、同じ学生である他の国の大学で、どのような意識の中で学んでいるかを知ってもらうことが、私の演習の学生に対する教育の狙いである。

海外の学生との共同シンポジウムから触れ合う学習

 この数年、学生諸君が取り組んできた共同シンポジウムのテーマは以下の通りである。

「アジア市場の統合と企業のグローバル・フラグメンテーション」(復旦大学2010年)
「東アジアの経済発展の為の制度的枠組み構築と相互協力」(北京大学2011年)
「東アジア地域における国境を越えた産業の相互依存」(チュラロンコン大学2012年)

タイ・ヤマハ・モーター訪問時の記念撮影

 こうした共通テーマの下に、それぞれの大学の学生は2編の論文を準備し、発表する。私が毎年指導する学生にとって、英語で論文を準備し、発表、討論することは、初めての学生たちばかりである。その上、国際経済の問題のとらえ方、経済学としての分析方法、学術的な論文をどう書き上げるのか、統計データをどう収拾・整理するのか、そして、先行学術研究などを駆使して実証する手法など、何から何まで初めてずくめの学生である。共同でプロジェクトを進め、結果を出していくことなどにも経験がほとんどない。大学生活の中でアルバイトやサークル活動を優先する学生は、この段階で指導を拒否する者もでる。教室で教わることだけで、大学の教育が充分だと思い込んでいるらしい。これが日本の大学の教育の現状なのかと溜息が出ることもある。

 ある年、北京の滞在先のホテルに、国務院の局長が訪ねて来てくれたことがある。私の学生の一人がパジャマと部屋履きスリッパで朝食にロビーに姿を現したのを目聡く見つけ、「今年もベビー・シッターですね」と、そこまで指導しなければならない私に同情してくれたものである。真冬に秋の服装で参加し、高熱を出し緊急入院する学生、ホテルの部屋で器物を壊してしまうことなど、社会との接点で、問題が生じた場合にどのように対処しなければならないのか、研修を運営することも重要な学習の一環だと学生には説明する。

チュラロンコン大学との学生シンポジウムの風景

 中国の大学では、学生たちはキャンパス内の寮生活が基本である。私が北京大学や清華大学などで客員教授として滞在する中で、学生の日常の生活に触れてきた。早朝からキャンパスのそこかしこで、声をあげて英語の朗読にいそしむ学生、夕食を餐庁(レストラン)で我々教師と一緒していたと思うと、その後は、十一時までは図書館での学習だという生活パターンが、一年を通しての光景である。実社会から隔絶された生活をしているかと思いきや、一方で、「六、七割の学生はインターネットで株取引をしていますよ」と、学生たちが説明してくれるほど、実社会に厳しく触れる側面もある。

 今年度もまもなく、20名の学生を引率し、バンコクでの研修を迎えた。双方の学生が苦労してまとめ上げた論文を発表し、精一杯のボキャブラリーを駆使して討論が行われた。討論会の終了後の夕食会で学生諸君の見せる満足げな眼差しは、叱咤してきた教師の最大の喜びに代わる瞬間である。研修は、同世代の学生たちが、同じテーマで、同じ問題への解決する過程を、同じ場所で同じ時間を共有した貴重な体験への満足感を生む。

 討論会を前後して訪問する企業では、学生が厳しい社会の中でのかかわりを実感させられる一瞬である。数千名を越える従業員が働く日系企業工場での社長の説明を受け、学生の質問に答えて対応してくれる企業人と国境を超えたビジネスの展開に、学生たちの目は輝く。こうした風景を演出することが、私のやるべき仕事の一つだと言い聞かせている。

企業視察から学生が学ぶこととは

Canon(Suzhou蘇州)Inc訪問時の董事・総経理・石井裕士氏との記念写真

SWFC上海環球金融中心・森ビルで、上海の都市開発の説明を受ける長谷川ゼミ

上海環球金融中心から浦東金融街を臨んで

上海・復旦大学経済学院で開催された学生交流会の参加者による記念写真

 上海での研修に合わせて、国際的な金融・商業センターとして発展を続けている浦東地区の金融街を訪ね、森ビルが開発・運営する東洋一の高さを誇る上海世界金融センターSWFCを見学することも恒例になった。また、上海から少し内陸に入った江蘇省の蘇州市も、古くから栄えた歴史的都市としても魅力的ではあるが、計画的に発展を進めてきた技術開発区には世界中からIT技術の先端的な企業が集中し、新しい都市の躍動的魅力を振り舞いている。

 中国の沿海部だけではなく、内陸部の人材育成事業に5年ほど関わった際に、多くの都市の技術開発区や大学を訪問したことがあった。技術開発区にほど近い地域には、著名な大学がほとんどと言ってよいほど、新キャンパスを設置し、その地域で生じる労働雇用のニーズに応えようとしてきた。

 8000名の従業員を雇用する企業では、その地域で理系の人材を雇用することは、こうした事情から、難しいことではないとCanon(Suzhou蘇州)Incの董事・総経理・石井裕士社長の説明に、学生も多いに納得させられていた。一企業の努力だけではなく、製造や販売などの拠点を立地する地域のサプライ体制がどれほど発達しているかも、学生諸君に興味を持ってもらいたい視点である。今年度訪問したタイ・バンコク市街から遠くないヤマハ・モーターの工場見学でも、多くのサプライ・チェーンがタイの中で発達していることを学ばされた。こうした企業活動を支える現地の雇用される従業員の中から、優秀な幹部社員が成長していることも知らされた。チュラロンコン大学の卒業生でもあったヤマハ・モーターの経営企画担当本部長のチャイデジュ・ナヴィ・ヴィチット(Chaidej Navy-Vichit)氏やそのスタッフの士気の高さにも、感嘆させられた。研修に参加した学生諸君の報告書などからみると、こうした国際的な日系企業の活動の広がりに感動させられるだけでなく、その国で関わる現地の働く人々の責任ある言動に触れ、実社会のグローバルなビジネス展開の意味を理解してもらうことこそ、海外研修の狙いである。

 こうした海外研修から、参加する学生諸君にとって、海外で成功を収めている企業とそれを受け入れる外国の都市の経済基盤を見学し、また、異なる国の社会、異文化の中で生活する学生同士や企業人と接して日本社会との違いを経験、比較研修してもらう当初の研修目的が達成されているのではないかと思っている。このような教育方法は、学生が数年で大学を去っていくとともに、終わってしまうものでは、教育機関としての責任は不十分である。グローバルな人材育成という観点から、継続して学ぶ学生たちが、人と人とが国境を越えて触れ合う場が大切なことを、制度として継続していくことに、私たち教員が責任をもって整えておかなければならないと、常々強く思っている。それを実現していくためにも、国際的な教員レベルでのネットワークも、信頼関係を醸成して築き上げておかなければならないのである。

本稿は『草のみどり』第262号での原稿に大幅に加筆したものです。

長谷川 聰哲(はせがわ・としあき)/中央大学経済学部教授
専門分野 国際経済政策、マクロ動学型産業連関分析
【経歴】
1948年北海道に生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程(国際経済学専攻)修了。
拓殖大学助教授、ハ-バ-ド大学経済学部・同国際問題研究所、ブランダイス大学客員研究員、中華人民共和国陝西財經學院、北京大學、清華大学客員教授を経る。この間、財務省(大蔵省)税関研修所、国際基督教大学、横浜国立大学兼任講師などを歴任。現在:中央大学経済学部教授
【所属学会】
日本国際経済学会、
American Committee on Asian Economic Studies(米国アジア経済研究学会)
環太平洋産業連関分析学会(PAPAIOS)INFORUM(メリーランド大学産業連関予測学会)
国際産業連関分析学会(International Input-Output Association)など
【近年の主な研究業績】
『国際経済学』(共著)、東洋経済新報社、1997年。
『APEC地域主義と世界経済』(共編)中央大学出版部、2001年5月。
C.アーモン著『経済モデルの技法』(共訳著)日本評論社、2002年4月。
『アジア経済のゆくえ』(共著)中央大学出版部、2005年7月。
「グローバル社会の温室効果ガス排出削減の枠組み」『わが国経済の構造変化とCO2排出』第1章、国際貿易投資研究所、2010年3月。
長谷川聰哲編著(2011),『APECの市場統合』(編著)、中央大学出版部、2011年。
長谷川聰哲他(2012),「アジアの産業構造と相互依存」(共著),産業連関、Vol.20,No.1、2012年。