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教育一覧

露木 恵美子

露木 恵美子 【略歴

「学びの場」としてのビジネススクール

露木 恵美子/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 組織論、戦略論、起業論

 専門職大学院である戦略経営研究科(以下、CBS)は、企業と社会が求める「戦略思考」と「戦略実践」のできる人材、すなわち「戦略経営プロフェッショナル」の育成を目的に、2008年に設立されたビジネススクールである。今年で5周年を迎え、修了生も280名を超えた。後楽園キャンパスに、平日の夜と土日の昼間、たくさんのビジネスパーソンが通ってくる。全員が社会人で平均年齢37.8才の彼ら/彼女らの「学びの場」としてのビジネススクールを紹介しよう。

<授業風景1:講義>

 CBSの講義は90分×2コマ×8回のミニセメスター制である。1回が180分と長いように思えるが、グループ討議-発表-解説-全体討議をすべて行うには180分でも時間が足りないくらいである。私が担当する「組織行動論」の講義の様子を例に挙げてみよう。

① 事前課題

学生には1週間前にリーディングの課題が与えられる。文献を読んで、与えられた課題に沿って講義の前日までにミニレポートを提出する。これは平日フルタイムで働いている社会人にはかなりきついようだが、全員が事前に準備をしてきていることで、授業当日の討議の質が上がる効果がある。

② グループ討議

授業内(時には授業外)で、事前課題についてグループ討議を行う。グループは毎回違うメンバーになるように配慮し、さまざまな職業的バックグラウンドをもつ学生が意見を戦わせる機会をつくる。事前討議をすることで、自分だけで考えていた解釈やさまざまな疑問が、集団の中で洗練され明確になる。異なる業界や組織にいるだけで、ひとつの現象や表現に対して異なる解釈になることも多く、学生同士の気づきの場となっている。

③ 発表

グループごとにディスカッションした内容を発表し合う。同じテーマについて、全グループが発表することもあれば、一冊のテキストを、担当を分けて発表する場合もある。いずれにしても、他者の意見を聞くことで、さらに深い気づきや知識の整理になる。

④ 解説

講師による解説は、通常の講義の部分である。実はこれに当てる時間はかなり短い。1回の授業で30分以内である。討議や発表の中で、学生が見落としているところ、解釈が曖昧なところなどを集中的に解説する。

⑤ 全体討議

講師による解説を受けて、受講者全体での討議を行う。グループディスカッションで腑に落ちなかったところ、解説の中で疑問に思ったところなど、受講者が思い思いに発言する。第1回目の授業で、全員が発言することが授業の質を上げることを説明し、最初は個人を指名したりしながら積極的な発言を促すことで、徐々に発言頻度があがり、全体討議が可能になる。

⑥ ミニットペーパー(授業アンケート)の活用

CBSでは授業アンケートの活用が進んでいるが、私の担当する授業では、毎回授業アンケートを取って、学生の理解度をチェックしている。授業中に質問できなかったこと、授業の改善希望などを書いて授業の最後に提出してもらう。複数の学生に共通する質問や疑問は次回の授業で説明し、個別の場合はメール等で解説をしてフォローする。このプロセスを積み上げていくことで、最終的な授業満足度を高めることができる。

⑦ その他の工夫

以上が、一般的な180分の講義の流れだが、これ以外にも特定のテーマに関するディベートや、グループディスカッションの途中で新しい教材を唐突に提供し、合意形成のプロセスの変化を実際に体験する授業など、各回ごとに趣向を凝らした形式を取り入れ、多様な学びの場を演出している。また、ケーススタディ分析に取り上げた企業の方を招聘しての全体討議なども、書かれていることと実際の運用の違いなどを実感することができ好評である。

<授業風景2:プロジェクト研究>

 2年目から全員必修なのが「プロジェクト研究」である。学部でいうところのゼミナールに近い内容である。今年度、私が担当するプロジェクト研究では、「さんりくプロジェクト」と銘打って、東日本大震災で被災にあった地域で活動する方々の事業支援を目的にプロジェクト研究を行っている。

① 「さんりくプロジェクト」の概要

さんりくプロジェクトとは、「三陸産業新興支援プロジェクト」の通称である。私が専門とする組織論や起業論の枠組みを基盤として、他の専門分野の教員や修了生等の研究協力者も加えて、実務に資するビジネススクールの特徴ある活動のひとつと位置づけている。具体的には、さんりく地域における事業化活動に対して、専門的知識やネットワークの提供を目的として、現地に通いながら支援を希望する方々と連携して活動を行っている。

② プロ研生の取り組み

プロジェクトを企画するのが教員なら、プロジェクトを運営するのは学生である。今年度のプロ研生は、税理士、食品メーカーの研究員、事業継承者、経営企画コンサルタント、人事教育担当者など多彩であり、それぞれの分野の専門家の集団である。それに法律の専門家や修了生も加わり、事業支援のドリームチームを形成している。メンバーは、現地の状況を把握しながら、適切なアドバイスを行ったり、必要なデータを蓄積・分析したり、時には要望に応じて、他の地域の実地調査や資材の手配、マーケティング支援なども行っている。

距離が離れている分、現場の動きについていくのが難しいと感じることも多く、4月にタスクごとに作ったチームも再編を余儀なくされたが、そういった現場の変化のスピードの早さを体感しながら、柔軟にプロジェクト運営していくことそのものが、大きな学びにつながっている。

③ 現地での活動

8月末には、現地での活動として陸前高田市広田湾に合宿に行った。広田湾は、品質の高いワカメ、牡蠣、ホタテの産地であるが、ホタテに関しては、昨年の東日本大震災の1年前に起こったチリ津波から換算して約2年半にわたり養殖漁業が行えなくなり、今年の7月11日にようやく再出荷がはじまった。合宿では、震災で資材や船を流されてしまい、残された船で共同作業を行うホタテ漁師さんたちの仕事を手伝いに行った。

ホタテの作業は、朝6時半の出荷に合わせて、午前0時ごろから開始される。船がもどってくる午前2時ごろから、ホタテ貝についた付着物を取り除き、選別して出荷に備える「朝出し」といわれる作業が行われる。それにCBSの7名が参加した。

<社会人の学びの場としてのビジネススクール>

 ビジネススクールに来てホタテの「朝出し」作業を手伝う意味とは何か? それは、実務にとって最も大切な「現場・現実・現物」を理解するためである。頭でわかることと、体感することとは、全く違うことである。とかく「MBAは頭でっかち」と言われがちであるが、CBSでは、この「現場・現実・現物」を体験してもらうべく、企業からのゲストスピーカーの招聘のみならず、企業訪問や海外研修なども積極的に行っている。ホタテの「朝出し」作業も、広義でいえば実務研修といえなくもないだろう。単に経験するだけではなく、そのプロセスが組み込まれている流通システムや、日本の漁業の現状にも思いをはせて、それを組織論や起業論と結びつけて解釈する。それが本当の理論と実践の融合ではないかと、私は考えている。

*CBSでの参加型授業の取り組みは、アエラの2012.7月30日号で「日本のサンデルを探せ」という記事に取り上げられた。
*大学院での教育内容については、日経BPムック「大学・大学院ガイド」2012919号記事を参照にされたい。

露木 恵美子(つゆき えみこ)/中央大学大学院戦略経営研究科教授
専門分野 組織論、戦略論、起業論
神奈川県出身
1991年 中央大学大学院文学研究科社会学専攻 博士前期課程修了。
2003年 国立北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学研究科 博士後期課程修了。
博士(知識科学)。専門は組織論、戦略論、起業論。
修士課程を修了してから産業用機械メーカーに7年間勤務したのち、JAISTに社会人大学院生として入学。知識経営論の野中郁次郎氏に師事。2003年~2007年、(独)産業技術総合研究所ベンチャー開発戦略研究センター研究員。2005年~2011年、明星大学経済学部経営学科准教授。同大学で起業チャレンジプログラムなどのPBLカリキュラムの設計・運営を担当。2011年4月に中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)着任。
著書(共著)に、『知識経営実践論』、『アカデミック・イノベーション』、『ハイテク・スタートアップの経営戦略』等。