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教育一覧

早川 宏子

早川 宏子 【略歴

スポーツ科学

早川 宏子/中央大学商学部教授
専門分野 スポーツ文化論、スポーツビジネス論

 スポーツの祭典オリンピックも終わりを迎え、ようやく落ち着ける平常が戻ってきたところです。私は商学部でスポーツに関わる授業を担当しています。総合人間科目としてのスポーツ科学(講義)と、専門演習、そして「健康スポーツ」(実技)テニスの実例を紹介しながら、スポーツ科学教育について論じてみようと思います。

1)「スポーツ科学」の授業

 スポーツ科学は講義科目で、『現代スポーツ論』、『スポーツビジネス』、『プロスポーツ・マネジメント』の3コマを担当しています。

 『現代スポーツ論』は、「スポーツとは何か」を近代スポーツの誕生からその特徴について考えます。産業革命後(19世紀)のイギリスで、地主階級であったジェントルマンは工業を起こし、富を蓄積します。彼ら振興ブルジョワジーは自分たちが社交で行っていたスポーツを組織しルールを定め、仲間で楽しむ形(様式)を作りました。スポーツを「自由」、「平等」、「公正」なものに作り上げました。しかしその一方で彼らは単純労働者や農業従事者など下層市民を排除するために「アマチュアリズム」という精神を強調し、金銭や地位・名誉を求める者(労働者たち)をスポーツ競技から締め出したのです。やがてこのスポーツはオリンピックで世界に広がります。

 オリンピックは長いこと「アマチュア」であることが義務づけられ、日本のスポーツもこの思想の下でスポーツを営んできました。したがってスポーツ実施に際し「お金」を問題にすることはタブーでした。「スポーツをビジネスの対象にするなんて好きではない」という意見が聞こえてきそうです。

 近代スポーツ誕生からすでに年が経過し、スポーツは大きな変化を見せてきました。FIFAのワールドカップやオリンピックのような大型イベントから地域のイベントに至るまで、スポーツをするにはお金がかかります。

 今日スポーツは、このスポーツとお金の関係について経済や経営の側面で考える必要がでてきたのです。そこで『スポーツビジネス』と『プロスポーツ・マネジメント』の講義を商学部に設置しました。この分野での学外専門家や経営学の教員にもゲストスピーカーとして登場して頂き、ホットな話を聞くことでスポーツビジネスやスポーツマネジメントへの関心が高まっています。

・オリンピック選手が受講していた

 『スポーツビジネス』の授業で、「ロンドンへ行くので試験と追試を受けることができません、どうしたら良いでしょうか」と尋ねてきた学生がいました。そこで授業終了時に「オリンピックに行く人、前に出てきてください!」というと、8号館大教室の上部から走り降りてきてくれたのは陸上部の館野哲也君でした。マイクを渡すと、「陸上部で400メートル・ハードルのプレイをしている館野哲也です。今度ロンドン・オリンピックに行くことになりました。自分の記録はそう悪くないといってくださる方がいます。ロンドンでは精一杯頑張りたいと思います」としっかりした口調で教室の皆に語ってくれました。満場の拍手が起こりました。“がんばれー!”という盛大な拍手でした。

 今回のオリンピックに中央大学から現役と卒業生合わせて5人の選手が選ばれましたから、ロンドン大会の応援には一層気合が入りました。スポーツはこれだけ多くの人の関心を集める力があります。自信に満ちたキラキラ光る館野選手の目を見ながら、誰もが彼を誇りに感じたひとときでした。ロンドンへ出発する前に彼から教員室のメールボックスへレポートが届いていました。

 学生時代に何かに思い切り打ち込む、本分である学びに対しても決して疎かにしないという態度に、輝いて生きる若者の素晴らしさを感じました。

2)専門演習(ゼミ)『スポーツ産業論』

4年3年ゼミ生のコンパ

 ゼミではスポーツが大好きな3、4年生が、12名ずつ所属しています。スポーツに関することを研究するのだから、単にスポーツが好きというだけではだめで、スポーツを考えることが課題です。また、書物だけでも生きたスポーツを理解できません。学外での調査としてFIFAのオフィシャルパートナー権(2期340億円)を獲得したSONYのブランド推進局(秦英之氏)を訪ねました。またオシムジャパンのコーチを務めた大熊清氏(中大卒)に講演に来ていただき、スポーツのコーチや経営者の方々の話を聞いて視野を広げています。

 また他大学生とのゼミ交流を行って、互いに学び合っています。立命館大学、一橋大学、福島大学などと12月に合同合宿を行い、研究を発表し合います。

 最終的には卒業研究として研究論文を書き上げて、卒論発表会で先輩や外部の方々にも来ていただき評価を仰いでいます。ゼミ生にとって大学での学びの総集編です。テーマ設定から資料・調査など論理的に文章を書き上げる為に多くの時間とエネルギーを費やし、時に根を上げることもあります。しかしその苦闘の末に書き上げた際には達成感・満足感で自信に満ちています。

 合同合宿と卒論発表会が、竹の節目のような区切りとインパクトを与えてくれるようです。

立命館大学へ合同合宿

立命館大学にて、早川ゼミ集合

立命館大学にて、リクレーション

ゼミ生たち、京都散策

3)健康スポーツ(実技)科目の「半期定時+集中コース:テニス」について

 この授業は春学期キャンパスでテニス技術の基本を学び、夏期合宿4泊5日でゲームなど総合学習を行います。今年は山梨県北杜市小淵沢町で行いました。宿の前はテニスコートと牧草地が広がり、夜は満天の星という環境でした。民宿は自然食で、普段食事は1日1回だけだという学生も1日3回の自然食に、合宿が終わるころには身体が中からきれいになるような爽やかな感じがするといっていました。夜中でも好きな時にコンビニへ行く、生活リズムが崩れた学生たちにとって、「合宿」は生活リズムを立て直す最高の機会でした。

シーズンコース1

シーズンコース2

シーズンコース3

シーズンコース4

・楽しさから、健康を得る

 スポーツ嫌いになってしまった学生たちも授業を受けてきます。本当は運動神経や運動能力が劣っているのではなく、これまで上手くできない、させてもらえなかった、実は両親や祖母が「それは危ないからダメ」と危険そうな場面を全て取り上げてきた。友達と一緒に新しい動き(遊び)に挑戦した経験がないから遊び方も知らない。環境がそうさせてきただけで、運動は苦手だという人はみんなで楽しむことを経験してこなかったのです。この授業ではゲームができるようにテニスの技術を学び合うことを目標にします。フォームはともかく、ボールを打ち返すことができれば楽しさが実感でき、あとは必死でテニスにのめり込んでいきます。心地よい汗とともに当然爽快な気分になります。健康のために、あるいは体力をつけるためにスポーツをするのではなく、スポーツの面白さを追及する、すなわち楽しい文化を追及する過程で、健康や体力が得られると考えます。

・仲間とともに上達することで、自分に自信を持つ

シーズンコース5

 自分は運動オンチだと決めつけている人は、自信をもつ必要があります。これから学ぼうとする種目の技術についてまず考えます。テニスの場合は、①ラケット面の角度と振りの関係、そしてボールコンタクト点、②身体全体を使った効率の良い動き、③リズム、の3点が動作の基本となります。技術を獲得するためには次に何が必要になるかを見通せると上達の早道となります。

 今回の合宿に運動部(体育連盟運動部:以下体連)の選手も参加しました(フェンシング部の4年生と2年生、拳法部の4年生、ソフトテニス部の4年生)。彼らは前期の授業をリーグ戦や大学選手権大会で休みがちでしたから、ソフトテニスの選手以外は硬式テニスがほとんど初心者です。しかし彼らはスポーツを上達するための筋道はすでに知っています。仲間を励まし練習を盛り上げることもベテランでした。ボールを走って集めているのには驚きです。ある種目でトップに上り詰めた経験は、新しい種目でも全体が見通せるようです。他にはテニスサークルに所属する1年生たちがいました。コーチに硬式テニス部員1人(とほか女性が2人)をお願いしました。サークルの学生たちはワンランク上のテニスを目指し、コーチをまねてラケットの振り抜きを早くする努力をしていました。

 人はみなスポーツを生活の中に取り入れる権利を持っています(スポーツ権:スポーツ基本法2011)。新しいスポーツに取り組むときにはその種目の技術をおさえる必要があります。一緒に練習する仲間がいると技術を確認し合うことができるために一層楽しくなります。

・自然の中での合宿が、仲間の絆を深める。

 高原の強い日差しの下で汗を飛ばしながら仲間とプレイをする、夜は満天の星の下あるいは部屋で仲間と語らうという経験は、一人ひとりに大きな世界を取り込むことができる力をもたらすようです。閉講式のあとで「合宿でこんなに良い仲間ができるのだから、『春学期定時+合宿』の授業ではなく、『合宿+秋学期定時』という授業にすべきです」と授業形態に注文を出してくる学生がいました。合宿授業によって、体連選手と一般学生の垣根を越え学年をも越えて、楽しい仲間づくりが可能になるようです。

 パラリンピックの開幕も近づいてきており、スポーツ科学に関する研究・教育に従事する者として今後もスポーツのすばらしさを学生に伝えつつ、スポーツ科学の社会に果たす役割に注目していきたいと思います。

早川 宏子(はやかわ ひろこ)/ 中央大学商学部教授
専門分野 スポーツ文化論、スポーツビジネス論
東京都出身
1967年3月 東京教育大学体育学部健康学科卒業
1972年3月 東京教育大学体育学研究科修士課程運動学卒業
1973年4月 中央大学商学部専任講師就任
1988年4月(至1989年3月)パリ第Ⅴ大学UFR-STAPS客員研究員
1997年4月(至1998年3月)パリ第Ⅴ大学UFR-STAPS客員研究員
*UFR-STAPSとは、「身体・スポーツ活動科学技術教育研究単位」で、体育教員の免許がとれるコースです。

所属学会  :体育学会、日本産業スポーツ学会所属
研究テーマ :スポーツ文化論、日仏スポーツ比較、メガスポーツイベントなど。