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トップ>教育>中央大学の被災地ボランティア「冬ボラ」報告 --入門編を越えて継続へ--

教育一覧

中澤 秀雄

中澤 秀雄 【略歴

中央大学の被災地ボランティア「冬ボラ」報告
--入門編を越えて継続へ--

中澤 秀雄/中央大学法学部教授
専門分野 政治社会学・地域社会学 他

もう入門編ではない(中澤秀雄)

 阪神・淡路大震災後にボランティアのまとめ役として活躍した故・草地賢一は「日本にはボランティア論入門しかない」と嘆いた。1995年の阪神には発災後2ヶ月で百万人以上が参集したが、瓦礫撤去・遺品捜索・仮設住宅建設というレスキュー段階が終わると潮が引くように人数が減ってしまったのである。むしろ、そこからの時期が本番ではないのか、というのが草地の思いだった。じっさい、その後の10年間で仮設住宅・復興住宅での孤独死は600件近くに上ったと言われる。発災後半年間に誰もが助け合う「ユートピア期」を過ぎると、被災地外からの関心も低下する中で「幻滅期」に入り、狭い仮設家屋の中で閉じこもった人々のアルコール依存や鬱症状が増加する。遊び場がなくトラウマを抱えた子どもの心情も鬱屈する。いわゆる「心のケア」が必要なのだが、それはカウンセラーがふんぞり返って話を聞くということでなく、ボランティア一人一人が自分の無力さをかみしめながら被災者と肩を並べ、一緒に泣き笑うことでしか達成できない。被災地に組織的・継続的に入り、「また来ました。あなたの気持ちを理解できるはずはないけれど、でもあなたの気持ちを分かりたい私がここにいます」と言い続けなければならない。活動の中で、自分には助力できないニーズを発見したら、それを何とかして専門家や政治行政につながなければならない。後者の機能を代弁・弁護(advocacy)という。改めて確認したいのだが、弁護士とはadvocateする人たちのことである。こうして被災地は法学部生にとって生きた法律を学ぶ場であり、総合政策学部生にとって政策が立ち上がる現場を目撃するところであり、文学部生にとって人間を再発見する機会であり、商・経済学部生にとっては地域経済の仕組みを教えてくれる教師である。だから被災地支援は大学の社会的責務でもあるが、それ以上に大学本来の機能である教育にとっても被災地を看過することは大きな損失である。私達の理念に賛同してくれた学生のべ40名と教職員6名が、12月23日から1月9日まで5クールに分けて気仙沼に入り、面瀬仮設住宅や他の仮設の支援、そして尚残る瓦礫の撤去・側溝清掃作業にあたった。以下、この「冬ボラ」(http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/news/contents_j.html?suffix=k&topics=15830新規ウインドウ)の報告を、参加した教員のリレー執筆形式でお届けする。

問われる絆(都留康子)

都留 康子

 私の生まれ故郷である仙台から気仙沼へバスで揺られること3時間、その復興の落差は想像以上に大きい。仙台の丘から見える海は、こんなに近かっただろうか。それでも、仙台近郊の街は明りを取り戻し、繁華街の国分町はある種の復興景気、市内では「この程度の災害で良かった」という声さえ聞かれる。

 しかし、気仙沼の風景は全く違う。まだまだ残る瓦礫、陸に上がったまま放置された船、暗がりの中海辺の夜道を走る車は心もとない。私が学生を引率した仮設の子供たちは人懐っこいし、聞きわけがいい。避難所で我慢することをすでに体感したからだろうか。集会所に集う大人たちも表面的には明るくとも、津波の恐怖と将来の住処への不安が顔をのぞかせる。

 震災後の被災地、東北、否、日本を結んだ“絆”の響きは美しい。しかし、これから先、“絆”が単なる災害ユートピアではないとするなら、我々はこの震災を記憶し続けることはもちろん、可視化できる地域間の復興落差ととともに、被災地の人々の間に生じる心理的な落差、おそらく復興とともに生じるであろう不公平感とも向きあわなければならないであろう。息の長い活動が求められているのであり、一人でも多くの学生に現実を知って欲しいと思う。

災害看護の一端にふれて(鈴木博人)

鈴木 博人

 クリスマス寒波の襲来と共に気仙沼に入った第1クール5名の学生は、日本赤十字看護大学の学生・院生と一緒にクリスマス会の開催、家庭訪問等を行った。災害看護の実習として中越地震の経験も積んだ方もいる看護大の方々との活動は、看護記録を書かせてもらったり、家庭訪問に同行したりときわめて有意義であった。看護の専門家と行動を共にできた経験から得たものは大きい。その中の一つに、ボランティアで支援に入るということは、現地での自らの生活を、食料もごみ処理も燃料も何もかも自分たちで何とかしなくてはならないということである。災害派遣のノウハウをもたない中大としては、まずは現場に入る学生が現地で送る生活を支援する態勢を早急に整えなくてはならない。そうでなければ、大学として何かをやったとはいえないのだということを痛感した。

無力と微力(宮丸裕二)

宮丸 裕二 

 現地では学生と共にガレキの積もったドブの掃除、津波に流され各地で収拾された写真の洗浄作業、そして小学生の宿題の手伝いを1日ずつ担当した。作業としてなかなか酷だったのは、ビニールに貼り付いた写真を引きはがして洗い流すことだった。与えられた指示に従って作業をしていると、ゴミや汚れがきれいに落ちてくれる場合もあるが、場合によってはさっきまで鮮明に写っていた部分が、洗い流すことで水に溶けて像を失ってしまう。産まれて間もない赤ん坊を写した恐らくこの世で一枚だけしか存在しない写真を、自分の指でこの世から消してしまう作業のようにも思えてくるのである。果たしてそれでいいのだろうか。それでいいのだと指導の方は言ってくれる。放置すれば全て台無しになる写真の、一部だけでも残せたのだから、行った作業には価値がある。引いては、被災地でのボランティア全体にも同じ姿勢でのぞむよりほかない。満点からは遠いし、無理とも思われるほど気の長くなるような作業ばかりだが、やらないよりは価値があろう。そうした意味でどこまでも「試み」としてのボランティアであるが、今後も学生を中心としたこの活動を微力ながら支援したい。

Come Back in Two Years' Time(小室夕里)

小室 夕里 

 「俺たち海に出られないことには話にならないからよ。」

 北は函館、南は九州から船を集めてきた。何が欲しいかと聞かれ、カッパが欲しいと答えると普通の雨合羽が届いて困った。海に出るためのカッパと長靴、手袋-地元ではホームセンターでも簡単に手に入った-が入手できなかった。本来、ワカメ漁は一人一艘で行うものだが、今年は二、三人で乗っている。活動最終日の朝、地元の漁師さんから伺った。

 「先生、穴子漁見たことある?」

 ワカメ採りを他の人たちに任せて船を走らせてくれる。黒く細長い筒を黙々と海から引き上げる若い漁師。逆さまにした筒の先から穴子が踊り出てくる。

「この辺りは海がきれいだから下を見てごらん。」

 透明度の高い紺色の海にいつまでも見とれていると、「たまに人いっから、気をつけなよ。」「この辺りから湾に向かって津波が押し寄せたんだよ。」

 「先生、あと二年経ったらまた来てよ。あと二年経ったらさ、美味しいもんたくさん食べさせてあげられっからよ、二年経ったら来てよ。」幾人もの方がそうおっしゃった。

 そして、学生に向かっては「ボランティアもいいけどよ、ちゃんと勉強しろよ。」

 波路上漁港、きっと二年待つことなく足を運んでしまうだろう。

今後の展開(中澤秀雄)

 今回の「冬ボラ」は、学生部や学部長会議、多くの教職員の皆さんのご理解とご支援の上に成立している。関係者のご尽力に改めて謝意を表する。仙台周辺の自治体では災害ボラセンが次々に解散していき(念のためであるが、被害の大きかった石巻・南三陸・気仙沼・陸前高田等では活動が続いている)、個人資格でのボランティア参加が難しくなる中、理念・拠点・組織・資源を持つ大学がボランティアを送り続ける必要性はますます高まっている。1月28日(土)午後には早稲田大学にて東京六大学のボランティア報告会が開催される。先進的な他大学にも刺激をもらいつつ、出遅れた感のある中央大学もまた、意識の高い学生たちとともに気仙沼での活動を続けていきたい新規ウインドウ。学生の交通費を少しでも賄うため、読者の皆さんのからのカンパ(支援金)を頂ければ大変ありがたい。以下の振込先への寄付を募集しておりますので、よろしくお願い申し上げます。また教職員で趣旨に賛同下さる方は、是非、中澤まで(nakazawa@tamacc.その先は大学共通アドレス)ご連絡下さい。

 最後に、仮設住宅に入居している夫婦から頂いたお手紙を、名前を伏せて紹介する。「89歳、86歳を越えた現在、千年に一度の大震災にあったのは本当にいとをしい。でも仮設住宅にくる友からの電話又訪れる人達それぞれが私共に生きる力を与えてくれます。死にたいと思ったことも何度もありましたね。バカだった...日本全国の皆様よりのご支援と情に励まされ あの日が一日一日遠ざかり行く様になり感謝感謝で幸福に過ごしております。ありがとうございます。中央大学の先生、学生さんの優しさとご厚情で楽しく過ごしましたことは人生の一ページです。これからは泣きごとは言わないで前進して老後を二人で仲よく暮したいと思っております。よい夢をみて…[中略] 皆様のご健康を祈る。中央大の皆様へ」

※支援金の振込先 郵便局振替口座 00160-3-449355(加入者名)中央大学ボランティアネットワーク
※気仙沼での中央大学の活動の一部は、以下のTV番組で紹介されました。
(1) 2012/1/7放送 TBC東北放送「絆みやぎ」(http://www.tbc-sendai.co.jp/kizuna/新規ウインドウ)にて気仙沼災害VCで中大生が受けたインタビューが放送されました (2) 2012/1/17放送 NHK全国ネット「おはよう日本」で面瀬仮設の活動が紹介されました
※福原学長の新年祝賀会年頭挨拶でも冬ボラへの言及をいただきました

『2011冬ボラ』活動の様子

『2011冬ボラ』活動の様子

中澤 秀雄(なかざわ・ひでお)/中央大学法学部教授
専門分野 政治社会学・地域社会学
東京都出身。1994年東京大学卒。2001年東京大学から博士(社会学)の学位を取得。札幌学院大学社会情報学部講師、千葉大学文学部准教授を経て2009年から現職。日本社会学会、地域社会学会等に所属。主著は新潟県の原発問題を扱った『住民投票運動とローカルレジーム』(ハーベスト社)や廃棄物・原子力・環境文化等のテーマを幅広く扱った『環境の社会学』(共著、有斐閣)など。前者により第5回日本社会学会奨励賞、第32回東京市政調査会藤田賞などを受賞。
鈴木 博人(すずき・ひろひと)/中央大学法学部教授
専門分野 家族法・児童福祉法
中央大学法学部法律学科卒業。中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。茨城大学助教授を経て2002年より現職。また、中央大学大学院法務研究科教授、ミュンスター大学客員教授を歴任。
研究テーマは、親子福祉法の日本とドイツの比較法研究。家族法、とりわけ親子法分野の諸制度を児童福祉制度との連携を企図した総合的な制度として構築することを提案している。代表的な著作に『子どもの福祉と共同親権 別居・離婚に伴う親権・監護法制の比較法研究』(共著/日本加除出版)
都留 康子(つる・やすこ)/中央大学法学部教授
専門分野 国際政治学・平和学
仙台市出身。1997年東京大学法学政治学研究科博士後期課程単位取得退学。東京学芸大学講師、准教授経て、2011年より現職。
日本国際政治学会、国際法学会、日本平和学会等に所属。
小室 夕里(こむろ・ゆり)/中央大学法学部准教授
専門分野 応用言語学・英語辞書学
1993年日本女子大学文学部卒業。2009年英国エクセター大学から博士(辞書学)の学位を取得。2005年より中央大学法学部専任講師、2007年より現職。欧州辞書学会、アジア辞書学会などに所属。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』などの執筆に関わる。
宮丸 裕二(みやまる・ゆうじ)/中央大学法学部准教授
専門分野 英国文学・文化
1971年生まれ。神奈川県出身。1995年慶應義塾大学文学部卒業。2005年より中央大学法学部専任講師、助教授を経て、現職。専門分野は英国文学・文化。特に19世紀英国の小説文学・伝記文学・自伝文学を研究対象としている。