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小口 好昭

小口 好昭 【略歴

マクロ会計論のすすめ

小口 好昭/中央大学経済学部教授
専門分野 会計学

1.ミクロ会計とマクロ会計

 中央大学経済学部は、経済学部としては全国でも珍しいほど会計関連科目が充実しています。その理由の一つは、公認会計士や税理士試験のための基礎学力を養成するためです。過去3年間に、公認会計士にそれぞれ20名、28名、25名が合格しており、しかも現役合格が多いという特色があります。国家試験に対応する会計科目は、下図に示したミクロ会計に属する科目群です。ミクロ会計とは、企業や自治体など、社会を構成する個別の経済主体に係わる会計の分野です。

 さらに経済学部は、図のマクロ会計という分野を教授するマクロ会計論という科目を設置しています。この科目は、おそらく全国でもわが経済学部だけでしょう。筆者自身は、学部で財務会計論とマクロ会計論を、大学院でマクロ会計論を担当しています。

 会計学の対象を、ミクロ会計とマクロ会計という2つの大きな分野として捉える考え方は、本学経済学部が永年にわたって育ててきた学風です。この伝統は、マクロ会計が持っている高い教育上の価値に注目した教育・研究活動から生まれてきたのです。以下で、マクロ会計論という科目がどのような内容で、学生諸君にとってどのような意義があるのかを紹介しましょう。

2.マクロ会計とは何か?

 マクロ会計論の講義内容を紹介する前に、先ず、筆者が考えているマクロ会計という分野について簡単に述べておきます。マクロ会計は、一国全体や特定の地域を会計単位とし、その空間内での経済活動や自然環境の状態を会計の方法をもちいて数量化する分野です。筆者は、水資源の持続可能な開発に役立つ水資源会計を研究課題の一つにしていますが、この場合の会計単位は河川の流域全体です。ライン川、ドナウ川、メコン川のような国際河川の流域は複数の国に及んでいますから、この場合の特定地域は一国よりも広くなります。

 図のように、マクロ会計は2つのグループに分けることができます。1つは、国民所得会計から国民貸借対照表までの5つからなるコア・システムのグループです。国民所得会計は、イギリスの経済学者ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)で築いたマクロ経済学と密接に結びついています。国民所得会計の開拓者には、ケインズの他にイギリスのヒックスやストーン、ノルウェーのフリッシュ、アメリカのクズネッツなどのノーベル経済学賞受賞者がいます。ヒックスは、『経済の社会的構造:経済学入門』(1942年)という著書で、この会計システムに対して「社会会計」という名称を与えました。なぜなら、企業活動を対象とする企業会計と同様に、それは国民経済全体あるいは社会全体についての会計だからです。

 国際連合は、加盟各国が社会会計あるいは国民所得会計を作成するよう要請し、そのための国際標準体系として「A System of National Accounts(国民勘定体系:SNA)」を1953年に公刊しました。他方、1940年代以降、産業連関表、国際収支表、マネーフロー表、国民貸借対照表といった重要なマクロ会計システムが次々と開発されたため、SNAを中心にしてこれらのシステムを統合することが必要になりました。国連は、世界銀行などの国際機関と連携して1968年と1993年にSNAの改訂を行い、壮大な統合体系を作り上げました。現在、国連加盟国は93年SNAに基づいてマクロ経済データを作成しています。わが国では、SNAを国民経済計算と呼び、内閣府経済社会総合研究所が年次や四半期毎のSNAデータを公表しています。

 SNAは、経済の健康診断や経済政策に不可欠な情報源です。2007年に改正されたわが国の統計法は、国勢統計と並んでSNAを基幹統計に位置づけました。新しい経済環境に対応するため、SNAは2008年に改訂され、目下、各国は新しいSNAに対応するための作業を進めています。

 マクロ会計のもう1つのグループには、水、森林、土地などの自然資源の持続可能な開発にかかわる自然資源会計や、マクロ環境会計が含まれます。これらは貨幣単位とキログラムなどの物量単位によってSNAでは提供できない情報を作成しており、SNAを補完するサテライト(衛星)勘定といわれています。国連が開発を進めている環境・経済統合勘定(SEEA)や、オランダが開発したNAMEAと呼ばれる体系が代表的なマクロ環境会計です。

3.マクロ会計論の講義がめざすこと

 さて、マクロ会計論の講義では、授業のテーマとして、「国際連合の国民経済計算(SNA)を学ぶ」を掲げ、次の3つを講義目標にしています。

  1. マクロ経済学の基礎概念である所得、消費、投資、貯蓄、国際収支などの集計量がどのように推計されているかを理解し、経済理論への理解を深めること。
  2. 国内外の経済動向を理論的・数量的に理解することにより、時事問題に対する関心と理解を深めること。
  3. 福祉、環境問題に対するマクロ会計の新しい取り組みを学修し、社会問題への関心を高めること。

 講義は、経済学部に設置されているマクロ経済学など理論科目との関連を念頭におき、SNAそのものの解説ではなく、それが生みだすさまざまな経済指標の意味を理解することによって、マクロの経済循環を公式統計のデータを利用して把握できるようにすることを第1目標にしています。マクロ経済指標を理解することによって経済理論の理解が深まり、それがさらにマクロ会計への興味をかき立てる好循環を期待しています。幸い、経済学部生の多くは、簿記論や財務会計論を履修していますので、SNAの勘定体系を理解することにさほどの困難は感じないようです。

 第2に、授業では、ほぼ毎回、直近の時事ニュースを取り上げ、学修内容が国内外の経済動向や学生諸君の日常生活にどのように係わっているかを示すことにしています。例えば、今年は、東日本大震災が経常収支に赤字基調をもたらし、それが財政赤字のファイナンスにどのような影響を及ぼすかを論じた3編の論文を取り上げました。

 また、もっともポピュラーなGDP(国内総生産)一つをとっても、多くの話題があります。昨年、中国のGDPがわが国を追い越して世界第2位になりました。反面、経済格差や環境悪化が激化し各地で暴動が起こっています。では、GDPの成長は人々の生活を向上させるものではなく、わが国でも1970年代に騒がれたように「くたばれGDP」であり、無用の長物なのでしょうか。ある国ではGDPにかわる国民総幸福量の開発が試みられています。スティグリッツやアマルティア・センといったノーベル経済学賞受賞者も、新しい幸福度指標を提案しています。このようにGDPの話題から、貧困や飢餓の克服を中心課題にしたアマルティア・センの経済学や「人間の安全保障」という新しい考え方に学生諸君の関心を高めることも、マクロ会計論の大きな目標です。

 以上の2点は、主としてコア・システムにかかわる講義内容ですが、講義目標の第3は、サテライト・システムとしてのマクロ会計に係わっています。これらは、コア・システムほど確立しておらず、開発途上といったところです。しかし、21世紀の重要課題である水資源の持続的開発や森林保全、生物多様性の保全など、マクロ会計が挑戦している課題はたくさんあります。マクロ環境会計としてのSEEAやNAMEAはその成果です。経済学部には公共・環境経済学科が設置され、環境問題に関心の高い学生諸君が多いので、マクロ会計論が彼らの学修に有益となるように考えています。

4.学部から大学院まで一貫してマクロ会計の教育・研究が可能な経済学部

 筆者は、ミクロ会計とマクロ会計に共通する基礎理論の研究と、それに基づいたマクロ会計としての水資源会計、土地会計および環境会計などの研究を行っています。会計学といえばミクロ会計あるいは企業会計だけに限定する考え方が一般的です。しかし、マクロ会計を教育・研究に含めることによって会計学のフロンティアは大きく広がり、学生諸君の知的好奇心を高めることができます。ミクロ会計とマクロ会計両方の複眼思考で経済・社会・自然環境を考えるという発想を生かして自由に教育・研究ができるのは、経済学部という知的環境によるものだと思っています。学部から大学院まで一貫してミクロ会計とマクロ会計を研究し、博士学位が取得できる中央大学経済学部に、一人でも多くの学生諸君が関心を持ってくれることを期待しています。

小口 好昭(こぐち・よしあき)/中央大学経済学部教授
専門分野 会計学
栃木県出身。1948年生まれ。1970年中央大学経済学部卒業。1976年中央大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得。中央大学経済学部助手、講師、助教授を経て1987年より現職。現在の研究課題は、ミクロ会計とマクロ会計に共通する基礎理論の研究と、マクロ会計としての水資源会計、土地会計および環境会計など。主要論文・編著書に「会計概念フレームワークの検討―ミクロ会計・メソ会計・マクロ会計の視点から」『会計』(森山書店、2010年)、”Accounting publications and research in twentieth-century Japan,” (Co-author, Richard Mattessich), in Two Hundred Years of Accounting Research, Mattessich, R., ed. Routledge, 2008、『会計領域の拡大と会計概念フレームワーク』(共編者、河野正男、中央大学出版部、2010年)、『ミクロ環境会計とマクロ環境会計』(中央大学出版部、2002年)などがある。翻訳には、デニス・シュマント=ベッセラ著『文字はこうして生まれた』(共訳者、中田一郎、岩波書店、2008年)などがある。