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トップ>教育>夏本番です! 水泳のすすめ。

教育一覧

高橋 雄介

高橋 雄介 【略歴

夏本番です! 水泳のすすめ。

高橋 雄介/中央大学理工学部准教授
専門分野 コーチング・競泳のトレーニングプログラム

【はじめに】

 大学で教鞭をとりつつ、水泳指導を行っています。大好きな水泳に携わりながら生きていくことができ、本当に幸せに感じています。大好きな水泳が、苦しく感じる時期もありましたし、自分という人間が崩壊するくらい辛いこともありました。色々な経験ができたのも、水泳に携わり続けてきたからだと、今は素直に思えます。暑い日が続いています。日本の夏に水泳のすすめです。

【ストレス耐性もアップ! <日常ラクラクどこでもトレーニング>】

 満員電車、締切、ノルマ、部下や上司とのコミュニケーション、数え上げればきりがないくらい、今の世の中を生きていくのは大変です。私は合宿などで年に数回、海外へ行くことがあるのですが、帰国するといつも「日本人は本当に忙しそうだな」と感じます。かくいう私も、毎朝4時過ぎには起きて、プールで朝練をやり、午前中に授業をし、またプールに戻って6時間くらい午後練習、帰宅するのは10時半から11時。そして、また翌朝4時に起きて朝練。こんな生活を、もう20年近くも続けています。よく「忙しそうですね」と言われることがあります。でも、全くそうは感じないんです。「いえ、楽しいですよ。忙しいとは思ってません」そう素直に言えるようになりました。

誰でも1km泳げる! がんばらないクロール

 一つの楽しみ方、それは「どこでもトレーニング」です。私は満員電車で座ることができない時間を、トレーニングに使っています。これが、水泳にとって中々いいトレーニングになるのです。電車の中だと、周囲の人が自分の予想以上に色々な動きをします。突然発車した重力の移動についていけず転びそうになる方もいます。自分の予想しない負荷が突然かかり、それに対応するだけで、水泳中の筋力を鍛えることができます。水泳は水の中というある種の無重力状態のような環境であり、バランス能力が要求されるのです。今一番のマイブームは、つり革を持つ手と反対側の脚だけで立ってバランスを取る、というトレーニングです。対角線上のバランスは、まさにクロールの手足のタイミングと同じなんです。こうすることで、多少なりともエネルギーを消費させることになりますし、移動という毎日必ず過ごさなければならない時間が筋力トレーニングにもなります。“ちりも積もれば山となる。”「どこでもトレーニング」はまさにこの言葉が当てはまります。一朝一夕で引き締まった体を手に入れることは、不可能です。体を引き締めるためには、エネルギーを消費させることで脂肪を燃焼させ、同時に筋肉を刺激することで筋肉を太くする、この二つの刺激が加わることで引き締まった体を手に入れることができるのです。

【プールでウキウキ<人はなぜ浮くのか>】

 水の中では、体を浮かせようとする浮力と、体を沈ませようとする重力の二つの力が発生します。筋肉質で体脂肪が見るからに少ない人、たとえばボディビルダーのような体型の人は水に浮きづらく、逆に脂肪が多くついたような体型の人は水に浮きやすい、そんなイメージではありませんか? これは正解です。理由は単純です。筋肉は水に沈み、脂肪は水に浮くからです。もう少し説明しましょう。

 水の比重を1としたとき、筋肉は約1.065、これに対して脂肪は0.931です。つまり、脂肪が多ければ多いほど水に浮きやすくなるという通説は事実なのです。しかし、一般的な体の組成を見ると、筋肉が約40%、脂肪が約10~20%、骨が約20%、そしてその他で28%となります。骨は比重がとても高く、2.092と言われています。これらを計算すると、男性で1.27、女性で1.25となり、いずれも沈んでしまいます。でも、大丈夫。あなたは浮くことができるはずです。なぜなら、ヒトはだれもが肺という浮き袋を持っているからです。深呼吸をするように大きく息を吸い込むことで、たいていのヒトは比重が1よりも低い数値となるため、浮くことができるのです。

 泳ぎたいのに泳げない、浮きたいのに浮けない。そんな場合は、まずは全身の筋肉をリラックスさせ、思い切り肺に空気をためてみてください。肺があなたの浮き袋となって体をやさしく浮かせてくれるでしょう。

【驚くべき水のパワー<水圧でむくみ解消>】

 「耳抜き」という言葉をご存知ですか。スキューバダイビングをやる上で、必ず覚えなくてはならない技術の一つです。たとえば飛行機の離陸時、車や電車がトンネルに入った時などに耳に違和感を経験したことはありませんか。水中を含めてこうした耳に感じる違和感は、鼓膜にかかる圧力が原因なのです。たとえば、0.3気圧上がるためには、地上では約3000mの高度に相当します。しかし、水中ではたったの3mで0.3気圧もの圧力差が生じるんです。陸上にいればなかなか体感することはありませんが、水中だと比較的簡単に大きな圧力差を体感してしまう可能性があるということです。だから、スキューバダイビングをやるには専門的な知識や技術を身につけるための資格が必要になるのです。

 ご婦人を指導させていただいている時に、「みなさん、今みなさんの脚は確実に細くなってるんですよ。そしてくびれもできているんです」などと言って場を盛り上げることをよくやります。そうです。これは水圧の力なんです。どのくらいの力かと言いますと、水深1mでは体表面積1㎡あたり約1トンの圧力が加わります。そして、平均的な日本人女性の体表面積を見てみると1.5㎡になりますので、なんと1.5トンもの圧力を全身で受けていることになるのです。これだけの圧力で体を抑えられれば、当然色々な影響をうけます。

 たとえば、営業まわりや立ち仕事の連続で脚がパンパンにむくんでしまうことってありますよね。こうなってしまうと、足の疲れが抜けなかったり、朝はいたブーツが脱ぎづらかったり、一生懸命自分でマッサージしてもなかなか治らなかったり、と大変なことの連鎖反応が起きますね。しかし、このような状態で水中ウォーキングをすると…まるでウソみたいにむくみが取れるんです。これはなぜかといいますと、すべて水圧の力です。水深1m程度のプールに入るだけで、水がやさしくあなたの脚を包み込み自然とマッサージをしてくれるのです。その状態でウォーキングを行うことで、水圧によるマッサージと脚の筋肉のポンプ作用(生理学的用語では静脈還流といいます)で脚にたまっている体液や不要物を心臓へ送り返しやすくなるのです。さらに、静脈還流が促進されることによって、心臓へもどる血液の量が増えるということは、一回当たりの拍動(一回拍出量といいます)で全身へ送り出せる血液の量も増えることになります。一回拍出量が増えれば、心拍数は減少することは想像できるでしょう。どのくらいの減少かと言いますと、例えば水深1m程度のプールであれば、一分間あたり約10拍減ります。つまり、心臓への負担がかなり軽減されることになります。逆に注意していただきたいのが、陸上で測定した心拍数をそのまま水中で当てはめようとすると、一分間あたり10拍増えることになるため非常に負荷が大きくなってしまいますので、これは覚えておいてください。

 水圧の力を感じるもう一つの方法として、肩までプールに浸かった状態で呼吸をしてみる、ということも挙げられます。息を吐くのは楽になりますが息を吸うのがかなりつらくなります。これは、水圧によって肺が圧迫されているためです。陸上では何気なくやっている呼吸でも、水中に入って圧力のかかった状態で行うと、こんなに違うんだ、と驚くことでしょう。このような理由から、水中で運動をすると呼吸筋を積極的に鍛えることにもつながるんです。水泳選手の胸囲が大きいのは、単に大胸筋や広背筋といった大きな筋肉が肥大しているだけではなく、呼吸筋などの筋肉が発達しているから、というのも理由の一つなのです。

 いかがですか。高いお金を払ってマッサージを受けに行くのもいいですが、プールでエネルギーを積極的に消費しながら、つまりダイエットや引き締まった体を身につけながらマッサージを受けるのも悪くないと思いますよ。ぜひ試してみてください。

【泳ぎは進化する<フラットスイム理論>】

 体にとって、優しく、そして効果的な負荷をかけることができることはなんとなくご理解いただけましたでしょうか。私自身、水にそんな素晴らしさがある、なんて全く考えずにただただ泳ぎ続けてきた時もありました。でも、今は、少しでも水の中の素晴らしさを一人でも多くの方々にお伝えしたい、そういう気持ちでいっぱいです。

 少し前までは常識と言われていたことが、今は時代遅れの非常識、こういうことって、水泳だけでなく、日常的にも色々な場面で見られますよね。もしかしたら、私のお話に「そんなわけがないだろう!」と、ご立腹の方もいらっしゃるかもしれません。最初はそれでも構いません。ただ、一つの考え方としてフラットスイム理論があるということを少しでも知っていただければ幸いです。そして、だまされたと思って、ぜひ試しにフラットスイムを体感していただきたいのです。

 これまでに数えきれないくらい多くの試行錯誤を繰り返し、ようやく見えてきた新しい考え方、それがこのフラットスイム理論です。何のことはない、ただ泳ぐときに水面に対して平らになりましょうね、それだけです。浮くことの気持ちよさを味わえば、きっともっと泳ぎたくなります。もっと泳ぐようになれば、体力や筋力が付き、気が付けばたるんでいたはずの体が引き締まったり、日常生活を精力的に送ったりできるようになるでしょう。人間不思議なもので、何か一つ、自信を持てることが出てくると、自然と他のこともうまく回り始めるものです。フラットスイムでハッピーに、クロールで人生に充実感を、そんな風になっていただければ、私はこの上なく幸せです。

【お知らせ】
執筆者監修の教養番組「知の回廊」(「個を生かすチーム作り」(第7回))新規ウインドウ

・NHK くらしのパートナー(チャレンジ!ホビー)
「かっこいいクロールで かっこいい体に!」(全4回)
放送日…7/4,11,18,25(月)/再放送…7/11,18,25,8/1(月)

高橋 雄介(たかはし・ゆうすけ)/中央大学理工学部准教授
専門分野 コーチング・競泳のトレーニングプログラム
東京都出身。1962年生まれ。中央大学理工学部准教授。
日本体育協会公認水泳上級(マスター)コーチ。日本水泳連盟競泳委員。JOC強化スタッフ。現役時代はバタフライの選手として活躍する。
米国アラバマ州立大学にコーチ留学し、最新の科学的トレーニングを学ぶ。1991年より中央大学水泳部のコーチに就任。同部は94年の日本学生選手権で初優勝し、その後監督として史上初の11連覇を成し遂げる。数多くの日本新記録を樹立。オリンピックメダリストの育成指導を行う。一方、一般スイマーのための水泳教室も開催する。
【研究テーマ】
•コーチング
•競泳のトレーニングプログラム