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教育一覧

飯島 大邦

飯島 大邦 【略歴

公共選択のすすめ-学際的教育の試み-

飯島 大邦/中央大学経済学部准教授
専門分野 経済理論 公共経済学

1.公共選択とは

 公共選択は、政党政治や官僚制度など政治学における問題、および政治メカニズムと経済メカニズムが関係する問題への経済学の応用である。後者の問題は、どのような経済政策を実施する場合にも必ず政治家が関与することを考慮すると、その適用範囲は広範囲にわたる。

 公共選択の古典的著作は、1960年代を中心に発表され、社会における決定の問題を論じたBuchanan and Tullock(1962)、政党政治を論じたDowns(1957)、利益集団を論じたOlson(1965)、官僚制を論じたNiskanen(1971)などがある。これらの研究を出発点として、公共選択の研究は、多方面にわたって精力的に展開されている。

 公共選択は、現実の経済政策にも影響を与えてきた。例えば、1970年代に発表されたBuchanan and Wagner(1977)において、ケインズ主義的財政政策は、現実の民主主義社会において、政府を肥大化させ財政赤字を恒常化させるという主張を展開し、学界内外から大きな反響を得た。その結果、各国は財政規律を守るためにさまざな試みをしてきている。さらに公共選択の考え方は、さまざまな利害が関係する規制に対する改革、中央と地方が関係する地方分権の問題など、1980年代以降さまざまな経済政策の問題に示唆を与えている。

2.大学のカリキュラムにおける公共選択

 なぜ経済学を政治学へ応用できるのか? 経済学部へ進学する多くの者が、経済学によって学ぶことができると期待するものは、政治学が主として研究対象とするものではなく、景気、財政、金融、国際貿易などである。しかし、それらは経済学が研究の対象とすることができるものであって、経済学の原理ではない。

 経済学の政治への応用を可能にする原理は、「方法論的個人主義」、「合理的経済人」、「交換としての政治」である※1。これらをまとめて簡単に述べれば、次のようになる。社会におけるいかなる決定を考える場合にも、個々人の意思決定を出発点に考える。個々人は、政治的状況の下で合理的に意思決定する、つまり人々の間で合意の対象となる選択肢のなかから、便益から費用を控除した純便益を最大化するようなものを選択する。さらに個々人の意思決定の結果が、一定のルール(例えば、多数決ルールなど)にしたがって集計されて、社会全体の意思決定が導かれる。このような政治プロセスの捉え方は、経済学における市場取引の捉え方と類似している。なぜならば、経済学において、消費者や企業は、純便益を最大化するように、市場において財を取引すると想定されているからである。

 このように公共選択は経済学の政治学への応用ではあるが、一部の大学を除くと、多くの大学の経済学部において「公共選択」という講義科目が設置されていないのが現状である。ただし公共選択は、講義科目として設置されていない場合でも、関連科目である経済政策論、財政学、公共経済学などの講義において、一部分が紹介される場合もある。また本学総合政策学部のように、1990年代以降創設されている政策系学部において、「公共選択」という講義科目が設置されている場合もある。

※1 投票者の非合理性について論じられることがあるが、それに対する公共選択の立場からの見解としては、Caplan(2007)の主張が参考になる。

3.学部学生が考える「政権交代」について

 2010年11月6日、7日両日にわたって、高崎経済大学において、公共選択学会が主催する学生の集いが開催された。学生の集いは、1998年より毎年11月に開催され、さまざまな大学の経済学部または政策系学部において、公共選択を研究テーマとするゼミナールに所属する2年生および3年生のうち約300名が参加している。またこれまでの参加者のなかから、研究者になる者も多くいる。

 学生の集いでは、毎年、公共選択学会会長により、2年生、3年生それぞれに対して、時代状況を考慮して重要と考えられる共通論題が与えられる。学生たちは、共通論題に対して、A4サイズ40頁以内で論文を事前に提出し、学生の集い当日には、論文に基づいて20分以内のプレゼンテーションを行うことになっている。審査は、論文およびプレゼンテーションに基づいて、十数名の学会員によって厳正になされている。

 2010年の3年生に対する共通論題は「政権交代は、政策変化・制度改革につながるか?」であった。2009年夏の衆議院議員総選挙の結果を受けて、民主党政権が成立し、鳩山・菅政権において政策決定手法や政策の変更が試みられているが、それらを学生たちがどのように評価するかを問うことがねらいであった。この難しい共通論題に対して、学生たちは、それぞれに独自の切り口で分析を試みたが、結果として私のゼミ生のチームを含めた3チームが入賞を果たした。そこで以下において、簡単に入賞チームの主張を紹介する。

 青山学院大学経済学部西川雅史ゼミナールの主張:共通論題解釈にあたり、時代状況を「地域格差社会」と認識し、GIS(地理情報システム)を用いて、とりわけ医療サービスと金融サービスの偏在性に注目し、分析を試みている。その結果、民主党のマニフェストに基づいて政策を実行しても、医療サービスについては、その偏在性が自民党政権時代と比べて改善されるわけではなく、一方金融サービスについては、民主党政権による郵政見直し法案によって、その偏在性が自民党政権時代と比べて改善されるという結論を導いている。以上より、政権交代によって実現した民主党政権は、必ずしもすべての分野において政策変化や制度変化をもたらすものではないという結論を得ている。

 青山学院大学経済学部中村まづるゼミナールの主張:共通論題解釈にあたり、政策における方向性の変化および従来のレントシーキング構造を生み出す制度の改革について検討することにし、分析の結果、2009年の政権交代によってはそのような変化や改革を実現できないという結論を得ている。さらに、政権交代によって政策における方向性の変化や従来のレントシーキング構造を生み出す制度の改革を実現するためには選挙制度改革が必要であるとして、現行の小選挙区比例代表並立制から「比例代表中選挙区単記移譲式投票並立制」への変更と、「法定選挙費用と供託金の引き下げ」を提言している。

 中央大学経済学部飯島大邦ゼミナールの主張:共通論題解釈にあたり、政権交代は本来政策変化や制度変化につながるはずであるが、民主党政権樹立による政権交代はそれにつながらなかった理由を「実現可能な政策予測の曖昧さ」と「不完全なブレーンの刷新」の負の循環に求めている。このような問題点を考慮して、政権交代が政策変化や制度変化につながるように、官僚組織や既存のシンクタンクとも異なり、官僚組織に対抗しうる政権与党にとって第2のブレーンの育成のために、公共政策の意思決定モデルとして、新たに市場メカニズムによる政策評価を組み込んだ「空箱モデル」を提言している。

 このように、政権交代に関する問題提起に対して、それぞれ異なる視点から分析がなされ、政策提言がおこなわれている。ここで注目すべきことは、声高に政治主導を訴えて、官僚組織の批判を繰り返すことはせずに、日本の政治や経済の現状を冷静に分析し、その現状の改善のために具体的な制度設計の提言がなされていることである。さらに制度設計にあたっては、関係するさまざまな主体のインセンティブが考慮されていることは、公共選択、さらには経済学の基本に沿ったものであった。

4.「実学」教育のひとつの試みとして

 政治学への経済学の応用である公共選択について論じてきたが、「法と経済学」、「家族の経済学」、「行動経済学」などに見られるように、経済学は、政治学以外に、法律学、社会学、心理学などとも学際的研究が行われている。これらの研究成果をより積極的に学部のカリキュラムに導入することによって、経済学の原理を基礎にして、広い視野から現実の政策課題に対して提言能力を有する人材を養成することは、「実学」教育の一つであると思われる※2

 しかしこのような教育プログラムを、私立文系学部において実現するには障害があることも事実である。例えば、公共選択など学際的な研究をするには、経済学部において基礎科目である経済理論、統計学、計量経済学などをある程度習得することが必要であるが、数理的処理を必要とするこれらの科目は、多くの私立文系学部に在籍する学生諸君に不人気である。したがって、学際研究に対応する応用科目の充実だけではなく、基礎科目の更なる強化と、両者の緊密な連携が欠かせない。

 このように学際的な教育をすることは厳しい状況であるが、私のゼミナールに所属する学生諸君は、他大学の学生諸君との交流を通して、一年一年着実に研究水準の向上に努力しているので、学際的教育を続けようと思う。

※2 川野辺(2009)では、「学士力」や「社会人基礎力」に関連づけて、公共選択の教育プログラムについて論じられている。

参考文献

  • Buchanan, J. M. and G. Tullock(1962), The Calculus of Consent: Logical Foundations of Constitutional Democracy, University of Michigan Press(宇田川璋仁監訳『公共選択の理論 : 合意の経済論理』東洋経済新報社, 1979)
  • Buchanan, J. M. and R. E. Wagner(1977), Democracy in Deficit : The Political Legacy of Lord Keynes, Academic Press(深沢実・菊池威訳『赤字財政の政治経済学 : ケインズの政治的遺産』文真堂, 1979)
  • Caplan, B.(2007), The Myth of the Rational Voter : Why Democracies Choose Bad Policies, Princeton University Press(長峯純一・奥井克美監訳『選挙の経済学』日経BP社, 2009)
  • Downs, A.(1957), An Economic Theory of Democracy, Haper & Row(古田清司監訳『民主主義の経済理論』成文堂, 1980)
  • 川野辺裕幸(2009), 「公共選択の教育プログラム」『公共選択の研究』第53号:5-13頁
  • Niskanen, W. A.(1971), Bureaucracy and Representative Government, Aldine-Atherton
  • Olson, M.(1965), The Logic of Collective Action : Public Goods and the Theory of Groups, Harvard University Press(依田博・森脇俊雅訳『集合行為論 : 公共財と集団理論』ミネルヴァ書房, 1983)

関連リンク

飯島大邦ゼミ(経済学部)が「公共選択学会 第13回学生の集い」にて優秀賞を受賞しました

飯島 大邦(いいじま・ひろくに)/中央大学経済学部准教授
専門分野 経済理論 公共経済学
東京都出身。1964年生まれ。1987年中央大学経済学部卒業。1993年慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。同年中央大学経済学部助手。その後、助教授を経て、2007年より現職。現在、日本経済政策学会本部幹事、日本計画行政学会理事、公共選択学会幹事、『公共選択の研究』編集委員、政策研究フォーラム評議員などを務める。著書に『公共経済学』(共著、1998年、東洋経済新報社)、『ポスト福祉国家の総合政策』(共編著、2001年、ミネルヴァ書房)、『制度改革と経済政策』(共編著、2010年、中央大学出版部)、翻訳書にミューラー著『公共選択論』(共訳、1993年、有斐閣)、フェルドマン/セラーノ著『厚生経済学と社会選択論』(共訳、2009年、シーエーピー出版)、カプラン著『選挙の経済学』(共訳、2009年、日経BP社)他がある。