木島 淑孝 【略歴】
木島 淑孝/中央大学経理研究所長・商学部教授
専門分野 会計学(原価計算・管理会計)
「経理」は古典的表現。それを現代風に言い替えれば「会計」。中央大学経理研究所(以下、単に経理研究所という)の歴史は半世紀を優に超える。だからそのまま組織名称に「経理」を使用している。文字通りに言えば、経理研究所は「会計」の研究を行う組織である。
では「会計」って何?「会計? そりゃあ、お金儲けの計算だよ!」そうかい? そうだとしたら、“最高学府”で、それを学問として教授し、学ぶ意味などあるのか? そうじゃない! 会計には、もっと美しいものが潜んでいるのではないか?
会計の枠組は複式簿記。漂流したロビンソン・クルーソーが我に返ってしたことは、なんと簿記。自分が置かれた状況を、客観的に把握するためだった。彼は、自分が置かれている立場を「善い点」と「悪い点」に区分して公平に表記した(岩波文庫『ロビンソン・クルーソー』(上)92~94ページ。)その結果を鳥瞰し、彼は“生きる”ことを想い立つ。そう、それが会計なのだ。ゲーテも、複式簿記を“人間精神のもっとも立破な発明”とした(岩波文庫『ヴィルヘルム・マイステルの徒弟時代』(上)51ページ。)彼らの意識の底には会計の美が意識されている。会計が花開いたのもルネッサンス期の土壌だった。
少し専門的に言い替えれば、ひとつひとつの事実に自己の価値意識を介入させず、別要素によって作成した貸借対照表と損益計算書のそれぞれの貸借差額が見事一致する美しさ、否1円でも不一致があればその鳥瞰図は“誤り”となる、その厳しい美しさが会計には在る。企業に関する唯一無二の言語。それが会計。その原理を学ぶ。学ぶことによって、そういう人間ができ上がるはず。でき上がらねば嘘。その教育の場が、経理研究所。
時代が経理研究所を変えた。30年以上も前、中央大学は神田駿河台から現在の多摩に移った。その際、誰かが経理研究所の研究部門を分離独立させ、これを別組織企業研究所とした。経理研究所は研究部門なしの「研究所」となった。経理研究所の変質つまり新しい経理研究所の展開である。
新しい展開は、社会人教育と目的意識をもつ学生支援を柱とする。前者は、社会人研究会としての「Accounting and Business Forum」、専門講座としての「財務会計講座」、「税務会計講座」、「管理会計講座」をもつ。受講者は企業人、公認会計士、税理士、経営コンサルタント、公務員等である。2011年度からは、特定タイトルを付した「オプション講座」を、3回から5回の連続集中講座として計画する。
各講座の講師は、公認会計士、税理士、経営コンサルタント、弁護士、大学教員など、その道の一流人を招き、講義レベルは大学が開催するという意味で、低めることはない。
ここに学生とは中央大学の学生をいう。なかんずくこの学生は日商簿記検定試験、公認会計士試験、税理士試験を受験し合格することを目標とする者に限定する。在籍学部は問わない。受講者数は年度によって変動はあるが、総勢概数2500~3000名である。
経理研究所は商学部附置と誤解されることがある。教員でもそうした誤解を持つ人もいる。社会人教育からしてもまた学生支援活動からしても、経理研究所は全学的展開の機関であることは容易に理解できる。当研究所は独立採算性を採る学校法人附置の機関である。経理研究所は商学部とは緊密な連携はとるにしてもその従属機関ではない。ちなみに、公認会計士試験合格者は経済学部や法学部、そして理工学部からも輩出している。
学生の質が高く問題意識がそれなりにあるとしても、公認会計士や税理士試験に合格するのは容易ではない。長期戦であるから、途中で疲れてしまう学生もいる。若いから、ふとした誘惑に迷い始める学生もいる。彼らに手を差し伸べるのが経理研究所講師である。
講師は10名いる。すべては本学を卒業した公認会計士。彼らは有名監査法人に勤務し活躍していた人たちである。彼らもかつては経理研究所で勉強し合格した。そこで受けた教育に魅力を持ち続ける。それがゆえに講師として戻り、貢献してくれている。
そうした想いでの日々の指導であるから、受講生には親身になって相談に乗り、叱り、励ます。受講生の個性に基づいて、また抱える問題の違いに応じて、何時でも講師は対応する。春と夏には、毎回300名を超える受講生を富士山の裾野に引率して合宿を行う。
そうした木目の細かい講師の精神は受講者に確実に伝わってくる。だから経理研究所主催の公認会計士試験合格祝賀会の折に見せる合格者たちの講師への感謝の心情と、講師たちの合格者に示す喜びは、完全に一致し、大変な盛り上がりを見せる。
また講師はテキストやWeb資料の作成や必要に応じた修正も積極的に担う。講師の指導の補助としてスタッフが50名いる。スタッフは現役で公認会計士試験に合格した学生である。スタッフも昨日まで自分が受けた恩義を、今度は受講者に返すべく精勤するのである。それが経理研究所の教育陣である。
以上が中央大学経理研究所の全容である。もう一度確認しておきたい。経理研究所は大学附置の組織として、全学的活動を展開する機関であって、決して商学部の下部組織ではない。したがってどの学部に所属していようとも、学生は同等の資格で経理研究所を利用できる。
また、経理研究所の活動は受験指導だけがすべてではない。学生についていえば、他大学学生との差別化を図ることが視野にある。他方、経理研究所の教育対象者は学生だけではない。中央大学以外の大学卒業者も非大卒者も含む。そうした方々との交渉が、中央大学の社会への直接的な利益還元の窓口としての経理研究所の役割であると確信する。
経理研究所は、社会人受講者としての実務家には「真に美しい会計とは何か」を伝え、それを実践で役立たせてもらう。学生には、会計に潜む「美」を理解させ、その「美」に酔わせながら、高潔な公認会計士、あるべき税理士、有能な企業人を育てる。それに専心することが、我々の責務であると考える。